76 『カットオフ』

 カーメロは、手品師が手の中にカードを隠し持つように、左手にナイフを持った。

 だが、サツキはそれを敏感に察知し、カーメロの行動を読んだ。

 少なくとも、カーメロにはそう見えた。


 ――ボクの魔法を、彼らは知っている。前の試合で知っただけか、事前に調べたかはわからない。だが、知っている。その上でのボクの戦術を見抜いたのか……? やはり、目も読みもいい。さすが、ロメオが鍛えた戦士……。さて、タネのわかっている手品ほどつまらないものはない。ナイフはしまって、次だ。


 左手に隠し持ったナイフは、また器用に袖に戻す。


「?」


 サツキは、それも見えていた。


 ――ナイフを戻した。魔力も消えた。《スタンド・バイ・ミー》をやめた?


 実は、サツキはカーメロが思っているほどの読みのよさでナイフに気づいたのではない。

 ただ見えていたことだった。

 サツキの《緋色ノ魔眼》が袖のうちまで透過して視認し、魔力が左手に集まり変質したことを視認したのだ。まさにその魔力が《スタンド・バイ・ミー》を発動するかと思われたとき、魔力反応が消えたのである。

 だが、サツキの目の特性を知らないカーメロには、サツキの読みの力に思えたのだった。

 仕切り直したカーメロに疑問を覚えるサツキだが、それもカーメロが判断したからには理由のあることだと思える。


 ――俺の目に気づいたか。あるいは、俺が視線の動きなどで、見せなくていい警戒を見せてしまったのか。それはわからないが、一つわかるのは、今まで戦っただれより細かく俺を見ていることだ。


 相手の懐に飛び込む大胆さをなくしては、攻撃はなに一つ決まらない。だが、細心の注意を払わなければ、思いも寄らない隙を突かれることだろう。

 カーメロがミナトとは違った攻めにくさをサツキに感じるのと同じかそれ以上に、サツキもなかなか攻めきれずにいた。

 だが、普段から玄内に組み手をしてもらって、考えずとも身体を動かせるようにはなっている。攻める姿勢を保ったまま、サツキはじりじりと相手の攻撃にも耐え、観察をしていた。


「サツキ選手とカーメロ選手は互いに攻める攻める! だが、決め手に欠ける印象だ! 激しさは増すが、クールな二人の闘志と冷静さがぶつかり合う、おもしろいバトルを繰り広げているぞ! それに対して、ミナト選手とスコット選手はなかなかに厳しいー! ミナト選手、早くも一本目の刀を折られてしまったー! これはキツーい!」


 聞こえてきた実況に、サツキは驚いてしまった。


 ――なに!? ミナトの剣が折られただと!?


 だが、当然、サツキはミナトのほうに顔を向けない。目の前の相手から視線を切ったら、そこで切り崩される。こればかりが理由でもなく、サツキは《透過フィルター》で周囲を把握できるからだった。

 レオーネに潜在能力の解放をしてもらう中で、《透過フィルター》によって360度を同時に視認できるように進化していたのである。自身の肉体まで透過できるから背後まで見える。《透過フィルター》を利用したこの360度視認する能力をサツキは《全景観パノラマ》と名づけた。しかしすべてが完璧に見えるわけではない。はっきりと把握できるのは注意を向けた120度くらいの範囲であり、残りは視界の端で見るようなものだ。

 ミナトの様子は視界の端で見る感覚だったが、今よく見てみれば、確かにミナトの刀が折られていた。


 ――ミナトの刀は二つある。折られたのは黒い太刀。あの暴れ馬みたいな刀か。


 名を、『わのあんねい』といった。

 黒い鞘に、黒い柄を持つ、厳かな刀だ。一振りすればなにか一つは斬らずにいられないような気性の激しい刀だと聞いていたが、その刀がなにも斬れずに、折られてしまったということになる。

 あのミナトが斬る力の強いその刀を持ってしても、スコットに傷をつけられなかった。それは、サツキにはかなりの衝撃だった。おそらく、今まで斬れない物などなかったミナトはそれ以上の驚愕に違いない。

 つい、サツキがミナトの心情にまで考えが及んでしまったところで、カーメロが仕掛けた攻撃にサツキは気づき構える。


「キミたちはすぐ、相手を気にする。気が散る。だから……」


 カーメロは、懐からナイフを取り出した。ほんの一秒での早業だが、それは透過しているサツキには見えていた。

 投げられたナイフをよけるのも、《緋色ノ魔眼》で増強された動体視力ならなんてことない。

 しかし、さらに次があった。なにかあることはわかっていながら、ギリギリまでミナトに気を取られていたサツキに、予想も立たない。

 それもそのはずだった。

 また手品のような早業で、今度は右の袖からナイフが飛び出し、ハルバードから手を離すと、ナイフが握られたのだが、そのナイフはサツキを攻撃などしなかったからだ。ナイフは、カーメロの左手を刺そうとしていた。

 理解が追いつかない。


 ――どういう……そうか!


 左手の魔力反応を見て、サツキはようやく理解した。

 ナイフをよけた瞬間から、コンマ数秒で、カーメロの仕掛けたトラップの意図がわかった。

 だが、遅かった。

 サツキの右耳は、すでに斬り落とされていた。


「弱いんだ」

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