77 『フライングナイフ』
カーメロは言った。
「キミたちはすぐ、相手を気にする。気が散る。だから……弱いんだ」
咄嗟のことで、サツキは反応が遅れてしまった。
だが、これに対応するには、観察した上で相手の魔法を深く理解し、状況を判断して行動する一連のことが、まばたきをする程度の瞬間的な時間の中で行える必要がある。
――俺は、右耳を斬り落とされている……。痛みが遅れてやってきた。かなり痛い。感じたことのない痛みだ。
さらに、サツキの前方からもナイフが飛んできた。カーメロの左の手のひらから現れたナイフは、サツキのいるほうへと飛び出したのだが、狙いはサツキからズレている。
しかし、カーメロはハルバードをつかみ直し、そのナイフを弾くようにしてサツキに向けて加速させた。
おかげで、左肩を高速のナイフが斬って飛んでいった。
――連続攻撃ッ!?
またさらに、クナイのような針状の暗器と別のナイフも飛んできて、サツキは瞬く間に腕と脚と脇腹など、五カ所から血が噴き出した。
――堪えろ。この痛みなら、まだ大丈夫。すぐ死ぬような傷じゃない。
痛みで思考を失っては崩れる。ここで踏ん張らないと、試合が決まる。だからサツキは必死に思考を巡らせる。カーメロはサツキをじっと見て様子をうかがっているので、その間に状況を整理する。
――カーメロさんの攻撃はこうだ。まず、カーメロさんは左手で俺にナイフを投げた。このとき、そのナイフは《スタンド・バイ・ミー》の対象に選ばれた。これを『ナイフ1』とする。
カーメロの魔法《スタンド・バイ・ミー》は、二つの物の位置を入れ替える魔法だ。つまり、その一つ目の対象が『ナイフ1』になったのだ。
――で、ここからが早業だった。カーメロさんが一瞬だけハルバードを手放し、その隙に右手の袖に隠していたナイフを取り出して、自らの左の手のひらに突き刺し《スタンド・バイ・ミー》を発動させた。このナイフを『ナイフ2』とする。
これを流れるような速さでやったのである。常人ならなにがあったかよく見えなかったことだろう。
――左手に触れることで《スタンド・バイ・ミー》が発動したわけだが、ポイントはナイフの向き。俺に投げた『ナイフ1』は、俺がよけたことで俺の右後方に来た。
位置関係としては、サツキの頭から右後方に拳四つ分ほどだろうか。まだ後方に飛び続けるはずの『ナイフ1』は、そこで消えることになる。代わりに、別の『ナイフ2』が現れたのだ。
――タイミングを合わせて、『ナイフ2』を左手に突き刺した。当然、《スタンド・バイ・ミー》を発動させるから、左の手のひらに接触した瞬間に『ナイフ2』はその場から消え、カーメロさんは無傷。『ナイフ2』は俺の右後方に現れた。しかも、『ナイフ2』の進行方向がやや左前方になるよう工夫されていたから、後ろに向かって飛び続けるはずだった『ナイフ1』とは進行方向が変わる。
ここまでが、サツキが『ナイフ2』によって右耳を斬り落とされるまでの攻撃だった。
その後、『ナイフ1』の攻撃がある。
――そして、カーメロさんの手元に戻った『ナイフ1』だが、これは投げたときの勢いが残っていて、前に飛び出した。ただ、また俺を攻撃するには狙いがズレている。でも、カーメロさんはハルバードで軌道を整えて、『ナイフ1』はまた俺に飛んで来た。俺は、二度目の『ナイフ1』はよけられなかった。
こうして、続く武器の投擲も、痛みと判断の遅れから反応もできず、傷だらけになってしまったのだった。
だが、カーメロは一度攻撃の手を止めた。サツキを観察するように見て、問いかけた。
「まさかとは思うが、これで終わりかい?」
「いや、まさか」
「ならばよいが。ただし、キミは出血多量で死ぬことになる。しっかりと切るところを切ったからね。命の危機まで、あと十分といったところか」
「それだけあれば充分です」
「ほう。そんな口がきけるなら、もう少しだけ戦えるな」
耳が切り落とされて、服も切れて、そこから血が流れるサツキを見て、会場はカーメロの強さに声援を送っていた。
「今日もキレてるぜ、カーメロ!」
「その冷たい瞳もサイコー! カーメロさーん!」
「ルーキーにはまだ早いってこと、教えてやってくれー!」
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