104 『スロウアーム』
ミナトは、飛んできたハルバードをよけた。
――ハルバードを捨てるとは思わなかったなァ。でも、そんな不意打ち、僕には通じませんよ。《すり抜け》も使いながら、確実によけます。さあ、残った手持ちの武器でなにをしますか?
斬りかかったミナトに、カーメロは左手のナイフで対応しようとしている。そんな挙動が見えるが、ミナトは得体の知れない胸騒ぎがした。カーメロの動きに、疑問符が浮かぶ。
――なんだ? この違和感。左手のナイフを払って、トドメを刺せば僕の勝ち。そのはずなのに……。
そこで、サツキの声がした。
「右手だ! 触れられるな!」
サツキの言葉とカーメロの意図がわかり、ミナトは苦笑した。
――なるほど。でも、遅かった。
気づいたときには、カーメロの右手がミナトに触れていた。
このとき、ミナトはなにをされたわけでもない。仕込まれていた暗器で傷つけられたわけでもなければ、殴られてもいない。触れられたのだ。しかし、ただ触れただけでもない。
「《スタンド・バイ・ミー》、発動だ」
右手で、《スタンド・バイ・ミー》が発動された。
カーメロの右手には投げ飛ばしたはずのハルバードが戻り、しかと握られる。逆に、ミナトはハルバードが飛ばされていたように、ものすごい勢いで場外へと飛ばされていた。
場外へと飛んでゆくハルバードと、舞台にいたミナトが入れ替わったのだった。
空中に現れたミナトは、真下がもう舞台の外だと悟る。
――今からだと、普通戻れない。地面に刀を突き立てて耐えることもできないし、手をかける物もなにもない。普通、舞台に復帰できない。タイミングも完璧だなァ。
カーメロは、ミナトの魔法《すり抜け》の秘密に気づいていた。ミナトの《すり抜け》は、人体をすり抜けることはできない。逆に、ミナトはカーメロにそこまで見抜かれているとは思っていなかった。だから直接ミナトに触れることで発動させた右手の《スタンド・バイ・ミー》は、《すり抜け》に頼ったギリギリの攻防をしていたミナトの虚を衝いた形にもなっていた。
すぐに、カーメロは左手のナイフを場外へと投げ捨てた。
ここでミナトを場外にしても、カーメロにはやるべきことがまだある。
――
立っているのもギリギリに見えるサツキの元へと、カーメロが走ってゆく。
クロノはそれらを熱の入った声で実況した。
「ミナト選手が飛ばされたああああ! 投げられたハルバードは、このための布石だったのだー! まさか、右手でも《スタンド・バイ・ミー》が使われるとだれが予想したでしょうか! コロッセオの試合で、カーメロ選手は右手による《スタンド・バイ・ミー》を見せたことがありません! 驚いたのはワタシだけではないはずだー! 唯一気づいていたと思われるサツキ選手だが、カーメロ選手はそのサツキ選手へと迫る! 恐ろしい戦闘センス! 神算鬼謀! サツキ選手、追い込まれたー! 動くことはできるのか!?」
サツキは、焦点の定まらない目でカーメロを見る。
――もう俺の体力もほとんどない。目も見えなくなってきた。頭も回らなくなってきた。だが、ミナトのおかげで力を溜めさせてもらった。この一撃にすべてを賭ける。
左腕は壊されてしまったし、できることは、右手に溜めた力を解き放ってカーメロにぶつけることだけだ。
これをカーメロに直撃させられるかが課題となるが、サツキはミナトを信じていた。
観客席からは歓声が聞こえる。カーメロがサツキにトドメを刺すところを、今日最大の見せ場であるかのように盛り上がっていた。
カーメロとサツキの距離が近づき、あと五メートルを切る。
ハルバードの圏内に入るまであと少し。
だれもが勝負は決まったと思ったとき、サツキは《緋色ノ魔眼》でミナトの気配を感じ取った。
――いくぞ、ミナト。
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