105 『フィニッシュブロー』

 この試合中、カーメロはずっとサツキの目の良さを見誤っていた。

 よく見える目には、サツキの読みのよさがあって補完されている。そう思い込んでいた。

 しかし、サツキは《透過フィルター》で物体を透視できるし《緋色ノ魔眼》で魔力反応さえ見分けられる。

 だからカーメロの右手にも《スタンド・バイ・ミー》の魔力反応があり、それが投げられたあとにも、ミナトに触って効果を発動させようとしていることもわかった。

 読みのよいサツキを相手にするには、拳の圏内に入らず、リーチのあるハルバードで薙ぎ飛ばすのが確実。カーメロはそう考え、ハルバードを振りかぶる。


「これで最後だ!」


 同時に、サツキはカーメロに向かって飛び込み、右の手を突き出す構えを見せた。

 カーメロがハルバードでサツキを叩こうとしたとき、それは来た。


「いけ、サツキ!」

「《おうしょう》!」


 突然、ミナトがカーメロの上空に現れ、ハルバードがミナトの刀によって弾かれた。


 ――ミナト、《瞬間移動》で戻ってきてくれると思ってた。


 ミナトの剣はカーメロの握力を超えるパワーだったため、ハルバードはカーメロの手を離れて飛ばされてしまった。


「なにッ!? なぜ、キミが! ぐっ!」


 驚いたときには、サツキの《おうしょう》がカーメロの腹に入っていた。


「はああああああああ!」


 魔力をたっぷりと練り込み、《波動》の力も溜めに溜めて魔力と合わせた、全力の掌底である。


 ――どこまでもまっすぐで力強い。


 そこがロメオに似ている、と思うと、またロメオに敗れたような気になった。

おうしょう》を受けたカーメロは、手のひらが当たってからほんの一瞬だけ時が止まった錯覚を受ける。すると、次の瞬間には、衝撃波が通り抜けて、蓄積されたエネルギーが解き放たれたように、勢いよく吹き飛ばされた。観客席の壁にぶつかり、カーメロの周囲には波状のヒビが入った。

 カーメロは気を失い、目も閉じられていた。

 コロッセオにいただれもが息を呑み、一瞬の沈黙が流れる。

 そして、『司会者』クロノが判定を下した。


「決まったあああああ! 最後の最後に、サツキ選手が決めてくれたー! 《波動》の力をまとった掌底、《おうしょう》が炸裂だー! ルーキーコンビが最強の王者を倒し、決勝進出です! サツキ選手、ミナト選手、おめでとうございます!」


 実況を受け、会場が沸いた。

 サツキとミナトの勝利を祝福する声が降ってくる。


「本当にやっちまいやがった! あのスコットとカーメロを倒したぞ!」

「いいぞサツキ! すげーぞミナト!」

「おめでとう! サツキくんミナトくんサイコー!」

「キャー! すごかったよー!」

「見直したぞ、ルーキーコンビ! おまえらはホンモノだ!」

「愛してるぜ、ミナトォー! スコットの意思を受け継いで勝ち進めよー! ミーナトォー!」


 また、一階の観客席では。

 次の決勝で対戦するかもしれない二組は、それぞれに別の反応を示した。

 前回大会準優勝の『仙龍シェンロンえんは、弟子の『仙龍の爪ドラゴンクローおんに言った。


「ミナトちゃん、本気出しちゃったねえ。ちょっとだけ」

「はい、すごかったです! ……て、え!? ちょっとだけですか? ミナトさんは、手加減してもあの強さってことですか?」

「手加減したわけじゃなかろうよ。でも、もっと本気がありそうって感じだねえ、ボキが見たところだとさ」

「それでもまだ上があるってことですね。ミナトさんの本気って、一体……」


 温韋はごくりとつばを飲む。

 もう一組、ヒヨクとツキヒは素直に祝福していた。


「楽しい試合だった。サツキくん、ミナトくん! おめでとーう!」

「おめ~」


 別の場所では、クコたちもサツキとミナトの勝利を喜び、サツキがあれ以上の怪我を負わなかったことへの安堵で、それぞれが思い思いの反応を見せた。

 クコは「おめでとうございます! サツキ様、ミナトさん」と言って、早くサツキの元に行きたくてそわそわした。

 アキとエミが陽気に「バンザーイ!」と喜ぶのに合わせ、バンジョーも騒いでいたが、ただ賑やかだったのはこの三人くらいのものである。

 シンジは「すごいや、二人共……!」と感激していたが、三人のようには騒がず、気持ちを高ぶらせていた。

 リラとナズナは、


「よかった、勝ったね」

「うん。よかった」


 と喜び以上に安心した。


「本当に勝っちゃうなんて、びっくりだよ」


 放心しかけるアシュリーに、ヒナが言う。


「当然よ、サツキは勝つって言ったんだもん。信じてたんだから」

「サツキさんもミナトさんも、お見事でした。感動しました」


 いつもクールで表情が変わらないチナミだが、それは本心からの言葉だった。

 クコはサツキの元へ駆けつけたい気持ちを抑えて見守る。


 ――頑張りましたね、サツキ様。素晴らしい雄姿に、心打たれました。今にも倒れそうになっているサツキ様を抱きしめてさしあげたいですが、勝手に舞台に上がるわけにもいきませんし、待つしかないですね。


 最後の一撃を放ったことで、サツキは力を使い果たし、倒れそうだった。

 逆に、ミナトは笑顔で手を振っていた。ミナトはふらつくサツキの肩を抱き、ささやいた。


「やったね」

「うむ」

「大丈夫かい?」

「いや。大丈夫じゃないだろ、これは」


 と、サツキは苦笑した。左腕が砕かれて全身の切り傷からは出血多量で今にも倒れるところだったのだ。


「だねえ」


 苦笑を返すミナトに支えられたまま、サツキは意識が遠のいていった。

 このあとのインタビューには答えられそうにない。

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