44 『コロッセオピアチェーレ』

 円形闘技場コロッセオ。

 ロマンスジーノ城からほど近い場所にある。

 といっても、広いマノーラの中では歩いて行ける距離にあるだけで、南東に三十分は歩いただろうか。

 コロッセオとロマンスジーノ城を直線上に結べば、昨日ヴァレンと出会ったヴェリアーノ広場がちょうど中間地点にある。


「ようこそ。円形闘技場コロッセオへ」


 イストリア王国の首都、『みやこ』マノーラでもっとも賑わう施設といっていい。

 このマノーラ最大の興業であり、大勢の人々が熱狂する。

 出場者は『魔法戦士』と呼ばれ、勝利数の多い魔法戦士はものすごい人気があるらしい。ルックスで人気を集める魔法戦士もいて、アイドルのようなものと思われる。

 受付のお姉さんはコロッセオについていろいろと説明してくれた。


「ルールはなにかありますか?」


 サツキの質問にも、お姉さんはすらすら答えてくれる。


「コロッセオは、完全ランダムマッチになっております。人を集められるマッチングをするために、成績や人気などによってこちらで調整することもありますが、基本的にはだれと当たるかわからないと思ってください」

「ランダムかァ。いなせだねえ」


 ミナトはにこにこと笑っている。


「このランダムマッチで五十勝すると、バトルマスターに挑戦することができるのです」

「そんな人がいるんですか」

「このコロッセオの顔といっていいお二人です。勝率五割を切った時点で、最初からやり直し。何回でもやり直しはできます」


 サツキは考える。


 ――ランダムマッチでの五割は、難しい条件じゃない。ゆるい設定だけど、それは興業のためだろう。せっかくなら、そのバトルマスターの戦いを見たい人が多いからな。


「あれ……でも、二人?」


 首をひねるサツキに、お姉さんは解説を加える。


「はい。このコロッセオには、シングルバトル部門とダブルバトル部門があるのす」

「なるほど。では、両方に参加する人もいるんですね」

「はい。シングルバトル部門での現バトルマスターは、ダブルバトル部門でのバトルマスターの地位にもあり、その方のバディはダブルバトル部門専門です。ダブルバトル部門ではバディを登録したらそのバディでの挑戦になります。それ以外のバディでの参加も可能ですが、勝利数はバディごとでの計算になるので、その点はご注意ください。また、賞金表はこのようになっております」


 と、お姉さんは壁に貼られた紙を手で示した。そこには、勝利数に応じた賞金が記されている。シングルバトル部門とダブルバトル部門でも額が異なる点にも注目だった。


「ダブルバトル部門の賞金ですが、バディとなるお二人での金額になります」


 二人でとはいえ、ダブルバトル部門はシングルバトル部門の三倍にもなる。ダブルバトルも人気なのだろう。人数の分だけ多彩な魔法と戦術が入り乱れることを考えれば当然かもしれない。ただし、戦術の難しさからも敷居の高さはあり、参加人数はシングルバトル部門よりも少ないようだった。


「参加はだれでもできるんですよね」


 ミナトが聞くと、お姉さんはにこやかに答える。


「はい。どなたでも参加可能です。年齢、性別、国籍、犯罪歴などすべてが意味を持ちません。武器、魔法道具の持ち込みも自由となっております。ただし、火薬など火器を持ち込むのは禁止です。銃や爆弾などは使用できません。容認されているのは、魔法によって炎や爆発を発生させることだけです。魔法についてはどんなものでも使用可能になりますので」

「僕たち二人、参加させてください。シングルバトル部門とダブルバトル部門、両方で。いいよね? サツキ」

「うむ! もちろんだ」


 お姉さんはにこりと微笑む。


「かしこまりました。それから、ダブルバトル部門についてですが、九月九日と十日には、ダブルバトルの大会『ゴールデンバディーズ杯』があります。そちらには三勝以上で参加可能となりますが、エントリー予定はありますか?」

「はい」

「お願いします」


 これには、サツキとミナトは互いに確認し合わずとも答えは決まっていた。


「それでは、三勝達成した時点で、エントリーさせていただきますね。一日に一試合しかできないため、本日九月五日から八日までの間に毎日チャレンジして、負けても良いのは一度だけになりますので、その点にはご注意ください」

「了解です」

「お二人のご参加、承りました。ちなみに、『ゴールデンバディーズ杯』が開催される二日間はシングルバトル部門の試合はありません。また、ダブルバトル部門も大会のマッチングしかありません」

「わかりました」


 サツキはそれも頭に入れておくことにした。その二日間も裁判前の修業期間として試合をしたかったので、やはり大会に参加するのがよさそうだ。

 ミナトが問う。


「そういえば、魔法は一試合に一度は使わないといけない、などのルールはあるんですか?」


 お姉さんはゆるゆると首を振った。


「いいえ。魔法の使用は、強制ではありません。魔法を使わずとも強い方はおりますので、『魔法戦士』といえど、バトルスタイルは自由です」

「そうでしたか。なら、様子を見ながら使います」

「強力な使い手も多いので、出し惜しみなどの戦略にはご注意くださいね」

「あはは。はい、気をつけます」


 受付のお姉さんはにこりと笑顔を浮かべると、サツキとミナトの側には別のお姉さんがやってきた。


「では、ご案内いたします」


 案内役は別の人らしい。

 連れて行かれたのは、地下だった。

 この円形闘技場と同じくらいに地下も広く、控え室も地下になるらしい。


「控え室は一人一部屋になります。また、観客席で他の方の試合を見学することもできます。試合の前にはこちらから呼びに行きますが、どうなさいますか?」

「僕らは控え室は大丈夫です。他の人の試合を見学します。いいよね、サツキ」

「うむ」


 サツキがうなずくと、お姉さんは「かしこまりました。では席までお連れしますね」と親切に観客席まで連れて行ってくれた。

 二人が席につき、お姉さんが下がる。

 参加者と関係者、そしてVIPが一階席で見ることができるらしく、二階から四階までを一般の人たちで占めていた。

 ミナトは四階部分まで見上げ、


「これだけ人がいるなんて、人気なんだねえ」


 と笑っている。


「アルブレア王国騎士に狙われる身として、こんな大勢の前であんまり魔法を見せるべきではないのかもしれない……」

「サツキは心配性だなァ。どうせ情報は筒抜けだったんだ。存分に使うといいさ。『いろがん』が異名のくせになにを今さら」


 おかしそうに笑うミナトを見て、サツキも笑ってしまった。


「確かに。的を射ている」

「僕は知られてないだろうから、可能な限り使う気はないけどねえ」


 このミナトの余裕がサツキにはうらやましい。


「試合中、俺が使わせるかもしれないぞ」


 ニヤリとして言ったら、ミナトがにこにこと返す。


「それは楽しみだ。けれども……」

「ん?」

「ダブルバトル中、サツキが足を引っ張って使うことになるなんてことにならなければいいなァ」

「言ったな?」


 うまいこと一本取られて、サツキはミナトをにらみつける。が、すぐにクッと笑った。ミナトも楽しそうに笑って、明るい笑顔でサツキを見る。


「ここにいる数日で、のぼれるだけのぼり詰めようぜ。そして、『ゴールデンバディーズ杯』で優勝しよう。サツキ」

「ああ。やってやろう!」


 ミナトが拳を突き出し、サツキも拳をぶつける。

 バトルマスターに挑戦するためには五十勝が必要だし、そこまで参加する時間はない。目標はダブルバトルの大会優勝だ。

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