210 『リトルリラ』
「え?」
リラが続けて、
「なにがですか?」
と聞いたときには。
もうそれは来ていた。
それが起こったあとだった。
「空間の入れ替えってやつよ」
「せっかく順調に進んでいたのに……」
残念がるリラに、ヒナは軽い調子で、
「土地勘ないあんたが順調に進んでたかどうかなんてわかんないでしょ」
「あはは、そうでした」
リラは苦笑いした。
これもヒナの気遣いなのか、やけにあっさりとした様子なので大ごとではないと思えてリラも少し気持ちが和らいだのだった。
しかし、再び空間の入れ替えが起こってしまった。
それがリラにとって残念なのは事実だ。
「でも、どうしましょう? 大聖堂の場所がわからなくなってしまいましたよね」
「そんなのはまた飛んで調べればいいわ。でも、その際にあのでっかいぬいぐるみで目立つのがネックなのよね」
「そうですね。でも、やらないといけません」
「まあね。ただ、空間の入れ替えを認識したとき、これには二つのパターンがある」
「二つ、ですか」
「あたしたちのいる区画が移動されたのか。もしくは、あたしたちの目の前に見える区画のほうが移動したのか」
今まではそんなこと気にする必要もなかった。どこへ行けばいいのかもわからず、どこを歩いているのかもわからない。
だが、今では向かうべき場所もわかり土地勘のあるヒナもいる。
状況整理の一つとして、空間の入れ替えにはその二つのパターンがあることさえ今更になって理解する。
「ええっと……二つのパターンがあることはわかりましたけど、なにか問題があるのでしょうか」
「そのどちらなのかによって、大聖堂まで行くための距離が変わるのよ」
「距離が変わる……?」
小さく首をかしげて、リラは意味を考える。
数秒、答えを出せずにいると、さっさとヒナが教えてくれた。
「もしあたしたちのいる区画が移動していたら、大聖堂までの距離はさっきとは全然違うものになる」
「あ」
なるほどとリラも思った。
「反対に、あたしたちの目の前に見えていた区画のほうが移動しただけなら、距離は変わらない」
「はい。つまり……ゴールまでの距離も方向も変わらず、途中の一部分だけがどこかと入れ替わっただけ。そういうことですね」
もっと言えば、もし空間の入れ替えが起こった際に、区画の境目が見えない場所にいたら、入れ替わった途中の一部分の存在にさえ気づかない。気にする必要さえないことでもあるのだ。
「ま、いずれにしてもまたジャンプして上空から確認しないといけないんだけどね」
「それでは、早く確認して進む準備をしましょう!」
「そうね。やるわよ」
リラが《取り出す絵本》を手に、そこからテディボーイのぬいぐるみを取り出したところで。
また、ヒナがうさぎ耳を跳ねさせた。
「ちょっと待って」
「はい」
テディボーイのぬいぐるみはすでに本から取り出している。ぬいぐるみを抱えてリラは静止した。
「敵が数人、近づいてるわ。鎧の金属音からして、アルブレア王国騎士だと思う」
「戦いますか?」
「バカね。戦うわけないでしょ。あたしたち二人じゃ苦戦するに決まってるわ。あっちは複数人なのよ? このあと戦う相手もいるってのに体力を使うこともないじゃない?」
「そうですね」
「隠れるわよ」
ヒナが動き出す。
慌てて、リラもそれに続く。
建物の隙間に隠れて、息を整える。
「リラ。あんたはめちゃくちゃ小さい声でならしゃべってもいいわ。あたしなら聞き取れるしね」
「はい」
自分でも聞き取れないほどの声で返事をして、それから聞いた。
「では、ヒナさんは?」
「まだそこまで小さな声じゃなくても平気よ。まあ、どうせ聞こえるしここからはそれでもいいけどさ。あと、あたしは様子を見てしゃべるわ」
「わかりました。ええと、まずは隠れてやり過ごすということでいいのですか?」
「そうね。そのつもり。この距離だとあと二十秒ってところか……。リラ、小槌ってあたしでも使えるの?」
「え? はい、使えますよ。魔法道具ですから」
「じゃあ貸して。あんたを小さくするわ。それで、ちっこくなったあんたを連れて建物の上に移動する」
「はい。どうぞ。お願いします」
リラが小槌を差し出すと、ヒナは「ん」と受け取り、
「頼むわよ、《打出ノ小槌》。ちいさくなーれ、ちいさくなーれっ」
すると、リラがみるみる縮んでいった。
まるで絵本の登場人物みたいな不思議な小ささで、ヒナの手のひらにも乗るくらいになった。二十センチといったところだろうか。
「そのサイズじゃ小槌は持てないわよね。だから一旦あたしが預かっておくわ。さ、跳ぶわよ」
「はい」
ヒナが《跳ね月》でバネのようにびょーんと跳んだ。
ひと息で屋根の上に出る。
屋根に着地して、ヒナは通りを見下ろした。
「そろそろ……来たわね。うん、やっぱりアルブレア王国騎士だったわ。人数は六人か」
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