11 『はたまた大陸の五叉路でもすれ違う』

 ソクラナ共和国。

 南西部の都市、首都バミアド。

たいりく』として世界各国へとつながる道の辻となる場所である。

 ここは、サツキの知識に照らせばイラクのあたりになる。地理的にもちょうどアラビアンナイトの世界のような雰囲気があった。この世界では、アルビストナ圏という圏内に突入したことになる。特にこのバミアドは、アッバース朝の円城都市の構造になっている。日本が平安時代だったとき、ここは世界最大の都市であったが、この世界でも他国との交易が盛んな都市であるらしい。

 バグダッドがシルクロードの終点だったのと同じく、大陸を貫く交易路の終点ともなっているから、まさに『大陸の五叉路』である。

 サツキはこの街へ来たとき、馬車の中でこんな話をヒナとした。


「俺のいた世界では、このあたりで古い文明を築いた人たちが、世界で最初に星座を描いたと言われてるんだ」


 むろん、アラビアンナイトの物語よりもずっと昔のことである。

 ヒナは興味津々だった。


「へえ。星座の原型をつくったってこと?」

「うむ。動物や神、伝説上の英雄なんかを思い描き、それらが他国へ伝わったとされている」


 それがメソポタミア文明による星座であり、ギリシャなどに伝わってギリシャ神話がつくられたという。

 しばらくバミアドの街を馬車は走り、本日の宿を決めた。

 時は、八月九日。

 サツキはみんなに言った。


「夕食までは各自、自由に過ごしてください。俺は少し外に出て、町の様子でも見て来ようと思ってます」

「なにを見るんだい?」


 ミナトが聞くが、サツキとしてはアテなどない。


「目的は文化や情勢などを学ぶこと。いろんな国の知識を頭に入れておきたいしな。ついでに、なにかあったときのために地理を把握しておきたい」

「じゃあ、僕は関係ないや」

「ならば、私が行くわ」

「わたしも」


 ルカとクコが同行を申し出て、ヒナがつっかかる。


「ちょっとっ、なんであんたたちなのよ? あたしが案内するわよ」


 冷静にルカが反問する。


「あなた、わかるの?」

「べ、別にわからないけど」


 力なくそう言うと、玄内に言われる。


「ヒナ。おまえはおれに付き合え。サツキに頼まれていた装置がもうすぐ完成する。手伝ってくれ」

「えー」

「サツキ以外だとおまえしか物理方面のことはわからないからな」

「わかりました」


 やや不満そうに『がくもう』が答え、チナミがヒナの服の裾をくいっと引く。


「チナミちゃん?」

「手先を使う細かい作業なら、私も手伝いますよ」

「ありがとうチナミちゃん!」

「抱きつかないでください」


 ぎゅっと腕を回すヒナに、チナミはうっとうしそうな抗議の声を漏らす。だが、引き剥がしはしないで、ふっと柔らかく微笑む。

 玄内はクコにも目を向ける。


「あとな、クコ。おまえも必要だ」

「わ、わかりました」


 答えてから、クコはサツキの手を取る。


「本当はいっしょに行きたかったのですが、サツキ様、気をつけて行って来てくださいね」

「私がいるから大丈夫よ。だからいちいち手をつなぐことないわ」


 そうよ、とヒナもルカにかぶせるように言って二人の手を引き離す。

 ケイトはミナトに質問する。


「ミナトさんはどうされますか?」

「そうだなあ。僕はちょっと剣でも振ろうかな」

「付き合いますよ」

「ありがとうございます」


 残ったのは、バンジョーとナズナの二人だが、バンジョーは腰に両手を当てて、


「オレはいろんな飯屋回って、今日の夕飯によさそうなところを探してくるぜ」


 と胸を張った。

 最後に、サツキがナズナに聞いた。


「ナズナはいっしょに来るか?」

「は、はい。いいですか……?」

「うむ。もちろん」


 かくして、サツキはルカとナズナの二人と外に出た。




 サツキは、ルカとナズナの二人と町を歩く。左右にいるルカとナズナを見て思う。


 ――今日はめずらしい組み合わせだな。


 バミアドは、ソクラナ共和国の首都でもあり人も多かった。ただ、ガンダス共和国ほどではない。

 特に『せんきゃくばんらいこうわん』ラナージャは世界有数の大都市だが、ここは晴和人の姿などもっと少なくて、ほとんど見られないほどだった。

『大陸の五叉路』といえど、晴和王国の人間は交易の旅にある人が少ない民族なのである。

 だが、聞き覚えのあるよく通る声が耳に入る。


 ――あれは……。


 サツキが視線を巡らせると、針売りがいた。

 猿顔の青年が針を売っている。


「やあやあやあ! 針はいかがだなも? なんとこの針、欲しい人が殺到し、れいくにかられんじくつまりはガンダス共和国へと渡り、ここまで逃げてきたほどだなも。ターバンを縫うのにもってこい、あまりに綺麗に縫えるものだから黎之国と蓮竺までを縫い歩いて絹の道ができたという代物だなもよー!」


 針売りが適当なことばかり言って、話を聞いている人たちは笑っている。


の針売りじゃないか。こっちにまで来ていたのか」


 ぽつりとつぶやくサツキの声を拾い、ルカが不思議そうに聞いた。


「あんな人いたかしら。知り合い?」

「知り合いではない。だが、確かにいたぞ。うらはまで見た。会計をしている青年も同じだ」

「よく覚えているわね」


 ルカはサツキの記憶力のよさに感心するばかりだが、ナズナは小首をかしげる。


「なんだか、最近見たような……」

「ナズナも覚えていたのか。浦浜では俺とは別行動だったが」

「う……ううん。違います。別の場所……だと、思います」

「……」


 どうやらナズナ自身もちゃんとは覚えていないらしい。なんとなく、見覚えがあるような気がしたというだけのようだ。

 しかしサツキは記憶力がいい。

 一度見た人の顔を覚えていることがあるのだが、それも、なんとなく直感的に気になった人を覚えているだけで、むろん全員を覚えているわけでもない。

 だが、ここで見かけたことで、サツキの中で針売りをしている猿顔の青年の顔は明確に記憶に残った。

 少し離れた場所で彼らを遠目に見て、サツキたちはその場を通り過ぎた。



 リラは、本を読んでいた。

 ふじがわはかから預けられた本で、メイルパルト王国の碑文についての読解方法や歴史などが書かれている。

 旅に出てからというもの、リラはたびたびこの本を開いて勉強している。

 読書中、キミヨシの声が聞こえてきた。


「やや! あの少年」


 ソクラナ共和国の首都バミアド、その露店の裏側にいたリラは、読書する手を止めて顔を上げる。露店とは幕で仕切られている。その向こうに顔を出すことなく、リラはなんだろうと思って聞き耳を立てた。

 店の前では、トオルが無愛想に聞いた。


「なんだ?」

「前に田留木を歩いていた少年だなも」

「は?」


 トオルが見るが、どれのことを言っているのかさえわからない。


「あの子だなも」

「帽子の晴和人か」

「だなも」

「客か?」

「いやいや。ただ目の前を歩いていただなも」

「オマエおかしいんじゃねえか? どんだけ記憶力いいんだよ」

「浦浜にもいたし二度も見た。なんとなくあの子のことは覚えていただけだなもよ」


 とはいえ、トオルの知る限りこのキミヨシという人間の記憶力は今まで出会っただれよりもいい。いや、記憶力が鋭い、とでも言ったらいいだろうか。変なところを覚えていたりする。しかも、それがあとでなぜか役に立ったりするのである。

 呆れ顔でトオルは言う。


「ま、オレにはどうでもいいが、縁があればまた会うこともあるだろうよ」

「二度あることは三度ある。二度会う者には三度会うだなもね」

「?」


 キミヨシがどこかうれしそうに見えて、トオルは聞いた。


「いいことでもあったか?」

「うきゃきゃ。おそらく、あの子も我が輩のことを覚えていただなも。一瞬、目が合った気がしただなも」

「んなコト、あるわけねえだろ。普通は覚えてねえよ」

「普通の話なら我が輩も楽しい気分にはならないだなも」

「そりゃそうだ。が、オマエの記憶力はいったいどうなってんだかな。客のほうがデカい声の針売りを覚えてるっていっても不思議じゃねえが、素通りした客を覚えてるのは異常だぜ」

「だったらきっと、我が輩に顔を覚えさせたあの帽子の少年が異常なんだなも。ほら、結構かわいい顔して」

「もういねえな」

「だなも」


 人波に流され、帽子の少年の姿はもう見えなくなっていた。


 ――隣の着物の女子もなんとなく覚えがあるが、あの帽子の子の隣にはもうひとりいたように見えただなも。人の壁で見えなかったが、前にいっしょだったのは白銀の髪の女子だったような……。それよりは小さかっただなもね。


 キミヨシが考え事をしていると、客に声をかけられる。


「すみません。針ありますか」


 その声に脊髄反射でシャキッとしてみせ、キミヨシは大声で答えた。


「いらっしゃいませだなもー!」


 店の裏側にいたリラは、また本に視線を落とす。


 ――晴和人と思われる帽子の少年……。サツキ様かとも思ったけど、まさか、ね。


 二人の会話から帽子の少年以外の情報がなかったことで、リラの意識は本に戻った。

 もし帽子の少年の隣に、着物の少女と天使の羽のようなものを背中につけた特徴的な少女がいるとわかれば、リラもあるいは行動を起こしていたかもしれないが……。

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