10 『命数が示すは』

 八月九日。

 せいおうこくあまみや

 またの名を、王都。

 世界最大の人口を有する都市であり、それゆえに多くの魔法に満ちた場所でもあり、世界最大の経済都市の一つである。

 たくさんの店が並んでいるが、その中に、鯉を売っている店があった。

 怪しげな仮面のようなメガネをかけた青年が座っている。青年に声をかける二人の少女があった。


「あ、いた。久しぶりに来たと思ったら商売ですか」

「お久しぶりです。でも、なんで鯉なんですか?」


 二人の少女は、十七歳と十六歳で、片方が額を出したポニーテール、もう片方は特別な個性はないが気立てのよさそうな町娘風である。


「久しぶりやな。最近顔見せるヒマがなかってんけど、元気そうでなによりや。実は、スサノオはんが錦鯉の品評会っちゅうもんを始めてな、それが偉い評判を呼んでんねんか。せやから、この生きた宝石を売れる場所で売って稼いで、たけくにの財力を高める計画やねん」

「そんなことはいいですよ」

「リョウメイさん。手紙が来たんです」

「ほーん。だれからや?」

「じゃじゃーん、前にウチらといっしょに舞台に立ってくれたリラちゃんです」

「ここにいるって聞いたので、せっかくですしいっしょにどうかと思いまして」

「ちょうどええわ。コヤスは知らへんと思うけど、アサリとスダレの知ってる少年探偵はんからも手紙が来てんねん」

「え! それって、サツキくんですか?」


 スダレが身を乗り出して聞く。


「せや。自分ほんまサツキはんのことが好きやな」

「あ、いえ、その。ただ、元気かなって気になっていて」


 本人相手にはさんづけするのに、そうじゃなければくんづけするのも、彼女なりの彼への親近感からくるものかもしれない。


「ほな。行こか」

「はい。サザエのとこの喫茶店ですからね」


 まだ昼下がり。

 歌劇団のメンバーである少女二人は、歌劇団の監督にして陰陽師という不思議な青年を連れてとある喫茶店に向かった。

 建海ノ国の軍監、『だいおんみょうやすかどりょうめい。参謀的な役割も兼ねる特殊な役職を持ち、経済活動のいっかんとして晴和王国の四カ所を拠点に少年少女歌劇団を運営しており、別の商売もしながら、陰陽師としての活動もしている。

 そんな彼に付き従う少女二人は、少女歌劇団『春組』のメンバーで、『じょゆうたちやすと『おうまちさわつじだれ。コヤスが明るい性格の少女で、スダレは親しみやすい雰囲気を持った少女である。

 三人が、『春組』メンバーのサザエの実家が経営する喫茶店『喫茶あいの』に行くと。

 店内の席には、三人の少女が待っていた。

 サザエの母でこの店で働いているあい聡富さとみが「いらっしゃいませ」と迎えてくれる。


「あら。リョウメイさんお久しぶりです」

「どうも。お久しぶりです」

「コヤスちゃんとスダレちゃんもおかえり」


 ただいま、とコヤスとスダレが自宅のような気安さで挨拶する。

 マスターのあいかずのりもリョウメイに気づくと、爽やかに微笑む。


「こんにちは。せっかく来たんです。どうぞごゆっくりお過ごしください」


 リョウメイはこれにも丁寧に「お気遣いすみません。ほんま、いつ来てもいい店やわぁ」と言って少女たちの待つ席へと歩いていく。

 三人が席にやってくると、声がかかった。


「おかえり。コヤス、スダレ」


 そう言ったのは、『はるぐみれいじんさわつじあさ。王都少女歌劇団『春組』の花形スターであり、スダレの姉で、十九歳。


「リョウメイさんもおかえりなさい。お久しぶりです」

「みんなも元気そうやな」

「はい。お久しぶりです」

「こんにちは! ボク待ちきれないよ。さっそく手紙を見ましょうよ!」


 おっとりと挨拶をしたのは、『おうのマドンナ』あいざえ。『春組』のお姉さん的存在で、年はアサリと同じく最年長の十九歳。

 最後に、『きたかんとういちばんぼしたかさきつきは最年少の十三歳。髪も短くボーイッシュなスタイルの少女である。

 六人はリラからの手紙を読む。

 内容は、ガンダス共和国ラナージャまでの旅と、そこで出会ったシャハルバードという船乗りの話、そしてアキとエミという二人組のことである。


「なんや楽しそうな旅をできてるみたいやな。ええやん」

「ですね。オレも安心しました」

「お姉ちゃん、リラのこと心配してたもんね」


 アサリとスダレが笑い合って、ホツキが首をひねる。


「でも、アキとエミって人は変わり者みたいだね」

「あんたも変わり者でしょ。ボクっ子だしさ」


 コヤスにつっこまれ、サザエが「うふふ」と笑い、


「そこがホツキちゃんのかわいいところじゃない」


 とホツキの頭をなでる。

 あはは、とホツキが照れたように頬をかいて笑った。


「それで、サツキくんの手紙はどうでした?」


 スダレがおずおずと尋ねると、リョウメイは手紙を手渡した。


「こっちの手紙はアサリとスダレしか興味あらへんかもな。天才剣士はんは筆無精やけど、少年探偵はんのほうは筆まめやなあ」

「あの子、律儀そうですからね」


 と、アサリが笑った。


「まさかサツキはんから手紙が来るとは思ってへんかったわ」


 姉妹が真剣に手紙を読み、他の三人はなんとなく横から見るだけだった。


「よかったぁ。サツキくん、元気そうですね。なんだか、いいお友だちもできたみたい」


 スダレはサツキの無事を素直に喜んでコヤスやホツキとおしゃべりしている。サザエは三人の話をニコニコと聞きながら、母の魔法によって作られた魔法道具《スウィートマドラー》でコーヒーを甘くしていた。このマドラーは反時計回りで甘く、時計回りで苦くできるのである。

 アサリはリョウメイに言った。


「リョウメイさん、やっと歯車が噛み合ったってことですか」

「ここはな。リラはんが次……せやな、ソクラナ共和国あたりで出会えるかもしれへん。そうすればすべての歯車が噛み合う。しかし、それもあの『いたずらきなほし』がどう絡むか次第や」

「『トリックスター』。彼らは自分の役割を知らず、人々を幸福にする存在、でしたっけ?」

「そうや。もしあの二人がいなかったら、リラはんには災難があるかもな」


 アサリはまだ話したこともない二人組、アキとエミの姿を思い描く。


「オレもその二人とは友人になりたいが、今は、リラについていてあげてもらいたい。リラ、良い旅を」

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