9 『とこしえの命』

 同日朝。

 太陽が顔を出した頃。

 ソクラナ共和国の港町アルバスにほど近い火山地帯で、シャハルバードはじっと噴火口を見ていた。

くうかいちょう』ルクちょうに連れ去られてきたこの場所で、ルク鳥自身は噴火口へと飛び込んでいった。

 それは、ルク鳥改めルフによる死と再生の儀式だと思われる。

 ルフの再生、そしてあとからここへやってくる仲間を待っていると……。

 昨日言っていた通り、キミヨシが《きんとんうん》に乗って飛んでくる。

 いっしょに乗っているのはリラだった。

 キミヨシは手を振りながら言った。


「やあやあやあ! おはようございますだなも。《きんとん雲》に乗れるのがリラちゃんだけだったから二人で来ただなも」

「おはよう。そうか」

「おはようございます」


 リラも挨拶して、キミヨシとこの黄色い雲から降りる。


「本当はアリくんも雲に乗れる心が綺麗な子だっただなも。でも、クリフさんが『オレが行けないのに、おまえだけシャハルバードさんの所に行くなんて許さん』と言って置いてくることになったんだなも」


 キミヨシがクリフの口まねをして、シャハルバードは苦笑した。


「やれやれ。クリフも仕方ないな」


 三人で噴火口を見ることわずか三分。

 早くも変化が起こった。


「おお!」


 とキミヨシが興奮したように目を皿にする。


「始まったね、花祭りが」

「は、はい……!」


 リラはごくりと喉を鳴らす。

 噴火口から火がうごめくように立ち昇った。

 そして、天に向かって樹が伸びるように、ルフが飛び上がった。

 赤い翼を大きく羽ばたかせ、


「ぎゃああう!」


 と鳴いた。

 昨晩見たルフは、黒ずんだ身体をしていた。

 だが、今は赤い翼が力強く燃え盛り、長い尾が神々しく揺れている。

 全身が炎のような色味で、本当に生まれ変わったようだった。

 頭には宝石や装飾具みたいな飾りがついているかに思われるが、それらは炎の結晶のようにも見えた。

 かぐわしい芳香も満ちている。まるで花の香りだった。

 ルフはシャハルバードたちを見下ろし、数秒、シャハルバードと目を合わせた。リラ、キミヨシとも目を合わせ――。

 ただそれだけで、ルフは空へと飛んで行ってしまった。

 キミヨシがつぶやく。


「どこへ行くだなもか」

「西へ向かっているようにも見えますね」


 リラもルフが見えなくなるまで目で追っている。

 シャハルバードは、不意に視線を切って、リラとキミヨシに顔を向けた。


「さあ。みんなのところへ帰ろう。せっかくだ、このルフとの出会いの冒険を港町アルバスで聞かせてやろうじゃないか」



 そのあと、シャハルバードが冒険譚をアルバスで話し聞かせ、留守番していた仲間たちを楽しませた。

 また、ルフとの戦いで船が壊れ修理が必要になったため、一旦ここで船を預けることにした。

 造船所を出て、シャハルバードが腰に手をやって息をついた。


「またここに取りにこないといけないな」

「あ、それなら! 我が輩とトオルに任せて欲しいだなも」


 キミヨシが閃いたように言って、トオルが首をかしげる。


「どういうことだ」

「思いついたことがあるだなもよ」




 一行はいつも商船に載せていた幌馬車を使って、メイルパルト王国を目指すことになった。

 北へと走る馬車の中、トオルは言った。


「確か、アルバスのすぐ西は巨大なトカゲなんかが出る危険地域だったな」

「加えて砂漠になっているため、移動が大変だ。一度ソクラナ共和国の首都バミアドを経由したほうがいいという、シャハルバードさんの判断だよ」


 と、運転席からクリフが説明した。


「過酷な旅にはならずに済んでよかったです。トオルさん、お気遣いありがとうございました」


 リラにお礼を言われても、トオルは鼻を鳴らすのみである。


「礼なら働いたキミヨシに言え」

「キミヨシさんもありがとうございました」

「どういたしましてだなも。いやあ、我が輩とリラちゃんはルフの再生を見てしまった。これは、この世の富と名声の半分は手に入るということだなもね」

「そうだといいねえ」


 アリが楽しそうにキミヨシの法螺を聞く。


「どうだかな」


 また希望的観測をせず悲観的観測にあるトオルに、キミヨシは笑って言う。


「少なくともご加護はあるだなも。トオル、今は笑うだなも」

「ふ」


 と、トオルは口元だけで笑った。これでも気分がいいのである。

 ナディラザードがキミヨシとトオルに微笑みかけた。


「二人共、今回は兄さんがお世話になったわ。本当にありがとう。もうしばらく、よろしくね」

「あいわかってますだなも。そうそう、シャハルバードさんにみなみなさん、我が輩の《きんとん雲》のことは、ナイショにしておいてちょうだいね」


 その言い方がおかしかったのか、アリが楽しそうに笑っていた。

 リラもにこにこと微笑み、ふと東へ顔を向ける。


 ――そろそろ、お手紙が届いている頃かしら。リョウメイさんと、アサリさんたち歌劇団のみなさんに。リラは、楽しく旅をしていますよ。

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