17 『音葉薺と海老川智波は夕空に消える』

 夕日が差し出した空き地には、紙芝居を見る子供たちがいる。

 紙芝居は、絵が動いていた。

 魔法である。

 それも簡単な動きで、女の子が歩いているシーンではその足が動いて腕を振っているのが粗いコマ送りのように再現されていた。ついてくる犬も跳ねて走るのが三コマで表現される感じと言えばいいだろうか。動画もないこの世界ではめずらしい『画』だった。

 この界隈の子供たちは知っている。

 それが、『みょうかい案内人ストーリーテラーがわとめろうの魔法《さいせいかい》によるものだということを。

 トメタロウは六十を超えているだろうか。淡々とした語り口が特徴の紙芝居師で、子供たちに人気がある。サングラスをかけた不思議な容貌も、物語を怪しく見せてくれるためには効果的だった。


「トメさん、次はすいこうの紙芝居がいい」

「『泣いたこう』だね」

「ぼくもそれ見たーい」


 男の子と女の子がそんな話をする。


「ごめんよ。今日はその紙芝居がないんだ。明日には返ってくると思うから」


 謝るトメタロウだが、子供の一人が気づく。


「もしかして、怪盗事件?」

「怪盗ライコウ?」

「うおお! トメさんすげー」

「トメさんカッケー」


 賑やかにしゃべる子供たちに、トメタロウが「わたしはすごくないよ」とおかしそうに謙遜して次の紙芝居を準備した。


「さあ。次の話をやるよ。はじまりはじまり」


 だが、一人紙芝居から注意をそらし、後ろの騎士たちの会話に耳を傾けている少女がいた。少女はあとから合流した手足の長い、髪の逆立った騎士の言葉を聞く。


「ターゲットは、しろさつき。まだ少年だからといって甘く見るな。あのバスタークくんがやられたそうだからな。だが、なにも迷うことはない。王女はこの王都にやって来た。昼間、見た者がいる。王女を引き離し、城那皐を討伐する。それだけの簡単な仕事さ」


 頭にぺんぎんぼうやのお面をつけた浴衣姿の少女はつぶやく。


「なに……この人たち……。この天都ノ宮で、なにが起こるの……?」

「チナミちゃん?」


 隣にいる友だちがなにを言ったのか、不思議そうに顔を向けたのは、おとなずなだった。クコが探しているいとこである。

 そして、ナズナの友だちである少女は、かわなみ

 ポニーテールを揺らして立ち上がり、チナミはナズナの手を握った。


「よくない気配がする。今日は帰ろう」

「でも、紙芝居……まだ、はじまったばかり、だよ……」

「今日は帰りにアイスでも買って、明日いっしょに来よう?」

「う、うん」


 チナミの様子がいつもと少し違ったので、ナズナは素直にうなずいた。

 二人は手をつなぎ、空き地を出た。

 その際、チナミは横目で騎士たちを見やる。


 ――王女って、だれ……? しろさつきって……? 怪盗事件も起きてて夜には人斬りが出るっていう今の王都に、また変なのが来た。


 アルブレア王国騎士の騎士服、あるいはマントに描かれたマークがアルブレア王国騎士団のものと知らないチナミには、真実を知るすべはなかった。

 通りを歩いて、公園の前まで来た。

 公園の入口には、自転車が止まっている。自転車の荷台には、アイスキャンディーが入った冷凍庫が載せられている。またこの自転車には、『凍結』の文字が書かれた旗が差してあった。

 アイスキャンディー屋の白い麦わら帽子のおじさんから、二人はアイスキャンディーを買う。

 白い麦わら帽子のおじさんは、チナミもナズナも昔から知っている。

 たつたかあきといって、二人が小さい頃からアイスキャンディー屋をしている記憶がある。年はもう六十近いのではないだろうか。

 タカアキは、優しい笑顔でアイスキャンディーを手渡してくれた。


「まいど。またおいでね、チナミちゃんにナズナちゃん」

「はい。ありがとうございます」

「タカアキおじさん、ありがとう……ございました」


 チナミとナズナはお礼を述べて、『凍結』の文字がはためく旗を差した自転車のアイスキャンディー屋をあとにする。

 ふと、ナズナが空を仰ぐと、星がきらめいていた。

 もういい時間になる。

 ナズナはアイスキャンディーをぺろっと舐めて、人が集まっているテーブルのほうを遠巻きに見る。テントの下にテーブルがあり、テントにはふだの文字があった。足を止めずに言った。


ふだ、やってるね」

「うん」


 テーブルでは、ナズナと同じ十一、二歳くらいの男の子の声が聞こえる。


「おれの勝ちー!」

「やっぱり鷹は強いなあ」


 対戦相手の子の感心する声も聞こえた。

 ナズナは聞く。


「今日は、見ないで帰る……?」

「そうだね。帰ろう。物騒になりそう」


 テーブルで子供たちが集まってやっているのは、ふだと呼ばれるカードゲームだった。

 動物が描かれたカードには強さがあり、デッキをつくって戦うものである。

 二人が手に持っている巾着袋には、ふだも入っていた。

 この巾着袋は《しょうげんぶくろ》という魔法道具になる。『王都』あまみやに住む子供たちはみんな持っている巾着袋なので、『あまみやきんちゃく』とも呼ばれている。

 見た目は小さいが、中身は五十リットル分ほどの物が入る。難点は重さが変わらず軽くはならないところである。

 この巾着袋は子供が外に出て遊ぶときに持ち歩き、ベーゴマやお小遣い、ハンカチとティッシュ、あめ玉やちょっとしたお菓子も入っている。友だちの家に行くときにはお菓子などの手土産を入れたり、飲み物も入れる。また、お絵描きが好きなナズナは小さなノートとえんぴつ、チナミはけん玉などを入れる。だが、チナミとナズナもそうであるように、この近所でふだを持ってない子供はいない。


 ――私もナズナも見るだけで対戦はやらないけど、動物のふだを集めるのは好き。でも、今は……。なんだろう、胸騒ぎがする。


 徐々に空には藍色も広がっていた。

 黄色い空が消えて、もうすぐ藍色に塗り替えられそうだった。

 町には提灯の明かりも灯り始める。


「あの耳……」


 チナミは足を止めた。

 通りの向こう側を見るが、大人たちが歩くのに阻まれて、遠くが見られない。


「チナミちゃん?」


 ナズナが首を傾けてチナミを見るが、チナミは首を横に振った。


「見間違い。昔の友だちかと思っただけ」

「そっか……。わたしも、いとこ、だけど……会いたいな。リラちゃんと、クコちゃんに」

「そのうち会えるといいね」

「うん」


 うなずくナズナに、チナミが言った。


「王都の町が、夜に変わる。急いで帰ろう。ナズナ、空飛んで」

「わかった」


 天使のような白い翼を羽ばたかせて、ふわっとナズナが浮いた。屋根の上より高く飛んでゆく。

 チナミはそれを見上げ、走り出した。

 助走を三歩。

 そして、小さな身体は壁を、トン、トン、と蹴って走り、まるで忍者の壁走りのような動きのよさで、あっという間に屋根の上にのぼる。

 ムササビのように屋根と屋根の上を渡って走ってゆく。

 二人は王都の夕空に消えていった。

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