18 『青葉莉良は安御門了明に招かれる』

 リラは晴和王国の王都をひとり歩いていた。


「あと、少しだけ」


 翌日、いとこのナズナの家に行くためにも、少しでも今日のうちに進めておきたかった。


 ――あと少し歩いたら、宿に入ろう。王都には旅人もよく訪れるから宿もたくさんあるし、あともう少し。


 目の前の宿を通り過ぎてもまたすぐ見つかるだろう。

 だが、夕空には星もきらめいていた。

 その途中で、テーブルを囲み、カードゲームで遊んでいる子供たちを見かけた。


「確か、ふだ


 覚えがあった。

 いとこのナズナが王都にいる関係で、リラは何度も王都には来ている。そのとき、この遊びを知った。

 王都では子供たちに人気があるカードゲームで、動物が描かれている。


「ただの動物じゃなくて、本当にいる動物だったよね」


 思い出しながら、リラはテーブルに近づく。


 ――ナズナちゃん、かわいいネコのカード集めてた。リラもクマさんのカードもらったことあったなぁ。


 テーブルを囲むのは男の子ばかりじゃなく、リラと同じ女の子もたくさんいた。

 リラは近くの子に質問した。


「よろしいかしら」

「なあに?」


 女の子が笑顔でリラを振り返る。


ふだって、本当にいる動物をカードにできるのよね?」

「そうだよ。あたしなんて、もう死んじゃったペットのわんちゃんをカードにしてもらったんだ」


 にっこりとそんなことを言う女の子に、リラは重ねて問う。


「えっと、あのおじさまがカードを作ってくれるのだったかしら?」

「身体の一部があれば作ってくれるの。わんちゃんとかの抜け毛でもいいんだよ。一回作った子はもう作れないけど。もちろん生きてる子でもいいんだよ。だから、あたしは今もずっとこの子といっしょなの」


 と、女の子は自分のカードを見せてくれる。そこには犬が写真のように描かれていた。

ふだ》。

 テーブルの隣の屋台でカード売りをしているおじさんの魔法である。動物をカードにするもので、子供たちは自分のペットをカードにしてもらうこともできる。動物の身体の一部があればカードに再現可能。また、虫もカード化可能。昆虫だとカブトムシやクワガタムシは人気があった。

 テーブルでは、リラと同じ十一、二歳くらいの男の子が勝利を叫ぶ。


「おれの勝ちー!」

「やっぱり鷹は強いなあ」


 相手の子は負けても楽しそうだった。

 リラはさっきの女の子に聞く。


「あなたはやらないの?」

「うん。カードが好きなだけだから」


 すると、隣の屋台でカード売りをしている、このテーブルの管理者でもあるおじさんがリラに声をかけた。


「お嬢ちゃんはココ、初めてかい?」

「いいえ。前にも来たことがありました」

「そうか。おれはいわしようすけ。お嬢ちゃん、カードはどうかな?」


 以前にも、リラはこの人を見たことがあった。ショウスケは坊ちゃん刈りの特徴的な髪型の下に遊び人のような顔がある。そばかすが浮いており、口元は楽しげに笑んでいた。年は五十歳になる。

 ショウスケは、通りに目を移して、


「今日はもう日も暮れてきた。王都は夜の顔になる。そろそろ子供たちも帰らないといけないし、《ふだ》の時間は終わりだから、買うなら今のうちだよ」


 リラは少し考えるが、首をゆるゆると横に振った。


「いいえ。用事がありましたの。急がないと」

「そうかい。じゃあ、また来たら買っていってね」

「はい。そのときには」


 小さく会釈し、女の子にも手を振って、リラはふだと書かれたテントから離れて歩き出す。


「ここにナズナちゃんがいるかと思ったけど、残念……。おうちにいるんだわ、きっと」




 歩を進め……。

 空の端にあったオレンジ色が消えたところで、リラはふうと息をつく。


「今日はこの辺にして、宿に行こうかしら。思ったより暗いし、今お邪魔したら悪いものね。あと一時間早くここまで来ていれば、日が落ちる前に家まで行けたんだけど」


 キョロキョロと頭を動かして視線を巡らせ、宿を探す。

 この視界の中にはない。


 ――もう王都は夜になる。裏の顔が見える時間。あんまり外にはいないほうがいい。早く宿を見つけないと。


 一歩前に足を出したとき、後ろから声がかかる。


「ちょい。そこのお嬢はん」


 リラは、すぐに自分が呼ばれたとわかった。

 振り返る。


「ああ。やっぱしそうや」

「なんでしょう」


 リラを呼び止めたのは、眼鏡をかけた青年だった。眼鏡は仮面のようでもあり、怪しくキラリと提灯の光を反射する。年の頃は二十代半ばで、言葉のなまりが晴和王国のらく西せいみやのものだと思われた。背は一七六センチといったところ。

 眼鏡の青年は微笑を顔に貼り付け軽い調子で言った。


「手ぇ貸してもらいたいんや。ええかな?」

「あの……ええと、わたくしにできることなのでしょうか」


 不安そうに困った声を絞り出すリラに、青年はけたけた笑った。


「ひはは。あかん。そらあかんわ、お嬢はん。うちみたいな怪しいのに声かけられたら、ごめんなさいで通り過ぎるもんや」

「そんな……」

「まあ、うちは怪しいもんと違うから安心してええで」


 さっき注意さればかりだから、リラもまだ気を抜かずに青年を見つめる。


「せや、まだ名乗ってなかったな。うちは、やすかどりようめいや。たけくにの軍監やねん。軍監て言うても、うちの国では外交官の役目も含まれてるけったいなもんやけどな」

「はあ」

「で、うちの大将はんは経済政策にいろいろやられはるんやけど、そのうちの一つに少年少女歌劇団があんねん」

「少年少女歌劇団、ですか。知ってます」


 なんなら、ナズナといっしょに見に行ったこともある。

 リョウメイはニヤリと笑った。


「そら、お嬢はん。自分が王都の人間じゃないと言っているか、相当情報に疎い言うてるようなもんやで。ここの人なら知ってますなんて言わんしなあ。まあ、素性は聞かんでおくわ。けど、手伝ってもらいたいねんか」

「そうですか」

「お嬢はん、名前は?」


 聞かれて、リラは自分も名乗ることにした。


 ――名乗られたからにはこちらも名乗るのが礼儀。でも、ヴァレンさんとルーチェさんの助言もあったし、偽名を使おうかしら。

 偽名など名乗ったのことないリラだが、思い切って偽名を言うべく口を開く。


「わたくしはリラです。リラと呼んでください」

「リラはんか。覚えたわ」


 ――え?


 リラは表情には出さないようにしたつもりだが、内心では驚愕していた。偽名を名乗ろうと口を開きかけたところまではよかったのに、いざ声を出す瞬間には口の形まで変わったような感覚がしたのである。


 ――どうして……。無意識かしら……?


 疑問が湧き上がるが、リョウメイはなんら気にすることなく話を進める。


「で、さっそく本題やねんけどな、この王都で活動する王都少女歌劇団『はるぐみ』っちゅうのがあるんや」

「あ、はい」


 歌劇団は王都の夜の華。

 王都の昼の華が歌舞伎なのに対して、夜は少年少女歌劇団が王都を賑やかに盛り立てている。


「その中のスダレっちゅう子が怪我してもうてな。足首をひねっただけやねんけど、今日と明日の公演ができひん。その代役で、リラはんに出て欲しいと思ってるんや。どうかな?」


 突然の申し出に、リラは困惑した。


 ――歌劇団と言えば、王都の夜の華……。そんな大役、リラにはとても……。


 務めて冷静になろうとして、リラは最初の会話を思い出す。


「あの」

「なんや?」

「最初に、やっぱしそうやっておっしゃってましたけど、あの意味はなんなのでしょうか」


 リョウメイはまた笑った。


「せやな。言うてへんかったわ。あれは、思った通りのべっぴんさんやなあって思ってん」


 調子が軽いからか、リラは褒められたのはわかっても照れたりはしなかった。


「わたくし、急い……」

「実はな、スダレにはアサリちゅう姉がおんねんけど、妹の怪我をお姉さんはそらもうえらい心配してんねん。せめて代わりの子がいたら、お姉さんも安心できるんやけど」

「……わ、わかりました。一度、様子を見せてもらってもいいですか?」

「もちろん。こっちや」


 姉、という単語が出ると、自分も妹であるだけに、リラは人ごととは思えなくなって、ついリョウメイに誘われるがまま劇場へと向かっていた。


 ――どうせ、今日はナズナちゃんのおうちには行けないんだもの。様子を見るだけでも……。


 そう思うと同時に、姉のクコのことも思い出される。


 ――お姉様も、どこにいるのかしら。リラは、王都に来るタイミングを間違えてしまったのかもしれないわ。


 しかし、足も時間も、今さら止めることなどできはしない。

 大きな渦に巻き込まれるように、闇に飲まれるように、リラは歩き続けた。

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