36 『翌-欲-翼 ~ The Oracle Voice ~』

 ミナトとマサミネの戦いを見た晩、サツキは眠れなかった。

 二人の真剣勝負のあと、サツキが玄内の部屋へ行く途中でフウサイと会い、様子を見ていたらしいフウサイと話した。フウサイがマサミネを医務室へ連れていってくれるということで、サツキが玄内に事情を話した。すぐに医務室へ駆けつけ、玄内が治療を施した。マサミネは綺麗に斬られたから、命に別状はないらしい。

 そのあと、サツキは自室に戻り、しばらくベッドで横になったまま、朝方になってようやく少し寝られたと思ったら、クコが起こしにきた。


「おはようございます。サツキ様。気持ちのいい朝ですね」


 クコと出会ってから、起こしてもらうのは毎日のことである。どうもクコはサツキより朝が強いらしい。


「サツキ様、今朝はあまり体調が優れませんか?」

「いや、大丈夫」


 とは言ってみたものの、クコには「顔色がよくありませんね。午前中は少し休みましょう」と気遣われてしまった。


「わたしがお世話しますから、なんでもおっしゃってください」


 サツキのお世話ができるとあって、クコは張り切っていた。ルカもすぐにやってきて、三人で食道へ向かう。

 その道すがら、サツキは昨晩マサミネがミナトに斬られたことをクコとルカに話そうと思った。しかし、話せば自分が二人の試合を観ていたことを説明しなければならないし、ミナトの真意も知らないままに、見たことだけしゃべるのも気が引けた。

 こうしたサツキの複雑な心境を、ルカにも気遣われてしまった。


「なんだか晴れない顔ね。どうしたの?」

「俺はそんなに顔に出やすいだろうか」

「はい」

「そうね」


 即答され、サツキは自分に対してやれやれと言いたい気持ちになる。


「ふむ。そうか」

「なんでも相談に乗るわよ」


 ルカがそう言ってくれるのもありがたいが、サツキはぽつりと答える。


「話せるときが来たら話すよ。今、俺自身整理できていないことなんだ。ちゃんとわかってから話したい」

「わかったわ」


 食堂に行くと、ヒナがいた。いつも同じ時間だから最近では食堂で落ち合うことが多い。ナズナとチナミはもう少しだけ遅いが、バンジョーはすっかり厨房で食事を作るスタッフのひとりみたいになっていた。

 サツキとクコ、ルカ、ヒナの四人で朝食を食べていると、やはりマサミネの話題で持ちきりだった。


「一命は取り留めたそうだぜ。亀の先生が治療したらしい。ほら、先月海賊と戦ったとき、みんなの手当てをしてくれた――」

「ああ、あの人か」


 といった声の中、


「また人が斬られたの!?」


 驚嘆の声をあげたのはヒナである。

 クコも衝撃を受けていた。


「そんな……マサミネさんが……?」


 乗客も信じられない顔で言う。


「驚くよな。あの『けんせいがきまさみねが斬られたらしいってんだからよ。あの『剣聖』がだぜ? きっと、おさろうのときと同じやつだ」

「どんなやつが斬ったんだか。この船は危ねェ」

「あと少しで船旅も終わるから、おとなしくしてることだな」


 噂はこんな調子で、だれもミナトが斬ったことを知らないし、疑いさえしないだろう。


「王都での人斬りも、この船が出航する直前からピタリとなくなったらしい。もしかしたら――」

「いや、まさか」

「そのまさかも、あり得ない話じゃないだろう? もしかしたら、この船に人斬りが乗ってるから、王都の周辺がおとなしくなったんじゃないかってな」

「乗客として乗ってるのか、あるいは人知れず忍び込んで……」


 といった噂まで起こっている。

 クコが不安げにサツキを見る。


「どうしましょう? サツキ様」

「お見舞いに行く以外にできることはない。先生が治療してくれたそうだから、別状はないだろう」

「そうですね。先生が治療されたのなら、大丈夫なのでしょうが……」


 これまで、ずっとサツキとクコはマサミネに剣術を教わってきた。剣の振り方がメインだが、二人にとって剣の師のような存在が無惨に斬られたとあって、クコのショックと困惑は大きいようだった。

 サツキは実際にミナトとの試合も観ている。

 だから、マサミネのことも心配だが、ミナトのことばかり考えてしまっていた。

 そこでふと、乗客たちの噂から思い浮かぶことがあった。


 ――なるほど。確かに、王都の人斬り事件がつながる可能性もあるのか。


 サツキはミナトとの会話を思い出す。

『僕の好きなぺんぎんぼうやってキャラクターのミュージアムに行ったら、アキさんとエミさんに会ったんだ。あの二人とは王都で知り合ってね。その王都で知人に船のチケットをもらって、海の外に出たらどうだと言われ、ここまで来た次第さ』


 ――そうだ。あいつは王都にいたんだ。しかも、ちょうど人斬り事件があったときに。でも、人斬りは疫病を引き起こした人間の仕業。ミナトが疫病を振りまくなんて、どうも考えられない。じゃあ……。


 と考えて、サツキはある可能性と結びつく。


 ――まさか、その人斬り、ミナトが倒したのか……?


 サツキが眉を寄せてそんな思案をしたとき。

 眠たげにあくびをしてやってきた少年がいた。ミナトである。ミナトもいつも同じ時間で朝食というのがお決まりになっており、今朝はいつもより少しだけ遅い。そんなミナトが、サツキに言った。


「おはよう。サツキ」

「ミナト。おはよう」

「サツキも寝られなかったのか。いやなモンでも見たかい?」


 そこでミナトの目を見ると、サツキの瞳の輝きに気づくや、瞳の奥が光った。おそらく、昨晩のことを、サツキが見ていたと知っている。

 だから、サツキはわざとらしくため息をついた。


「まったく、おまえは。あまり寝られなかったよ」

「あはは。サツキは僕より度胸がすわってるらしい。僕はまったく眠れなかった。いやなものだねえ……」

「うむ。まったくだ」


 ヒナがいぶかしげにサツキとミナトをじっとりした目で見比べる。

 サツキはヒナに言った。


「ヒナ」

「な、なによ?」

「ほっぺた。ご飯粒ついてるぞ」

「わ、わかってるわよ」


 焦ってご飯粒を取るヒナ。

 サツキはまたミナトをチラと見るが、ミナトは普段通り静かに食事を始めた。

 いったいミナトがどんな感情なのかはわからないが、ミナトも好きで人を斬ってるわけじゃないんだろうな、とは思った。勝負を仕掛けたのも、刀が欲しいマサミネだったのだ。




 食後、部屋に戻り、サツキは不意に思い出した。

 帽子から貝殻を取り出す。


 ――王都少女歌劇団『春組』のメンバー、スダレさん。あの人が浦浜で俺にくれた貝殻。リョウメイさんからのメッセージが記録された蓄音機。


 貝殻を机の上に置いて、サツキは腕を組む。


 ――スダレさんはあのとき、ほうすうほうおうになるための翼と言った。その意味は、あのあと幾度となく考えたけど、結局わからなかった。


 しかし、ふと今になってつながった。


 ――言い回しから、鳳雛を俺、翼をミナトに置き換えると、話がつながる気がするんだ。

 あのとき、スダレはこう言った。


「もうじき、鳳雛が鳳凰になるために必要な翼と出会う。そのとき、もしその翼を得ることを迷ったらこれを聞くようにと」


 ――鳳雛と翼、いずれも比喩だ。鳳雛は俺にとって主観的な立ち位置、それを踏まえたアドバイス。ならば、鳳雛が俺に違いない。であれば、翼と出会うという表現から、鳳雛が人なら翼も人の可能性も充分ある。翼を得る、とは俺を羽ばたかせる翼となる人材を仲間に引き入れること。そう考えられはしないだろうか。


 そこまで思案をまとめて、サツキは貝殻に息を吹き込んだ。


 ――風を送ると、音が再生される。魔法道具、《なみおく》。リョウメイさんはどんな音の波を俺に伝えようとしてるんだ。


 貝殻からは音が再生された。


「サツキはん。久しぶりや。元気やろか。まあ、うちの術ではしばらく元気にしてるって出てるから心配いらへんやろ。前置きはこのくらいにして……やっと出会えたようやな。その子はサツキはんにとってはなくてはならない相棒となるはずやねん。不思議な子やから不安もあるかもしれへんけど、まっすぐでとってもええ子や。きっと、サツキはんが声をかけんでも、向こうからいっしょにいたいと言ってくると思う。そのときは、迷わず受け入れるとええわ。それが、最善なんやから。ほな、また会うときまで元気でな」




《波ノ記憶》による、リョウメイからのメッセージを聞いて、サツキは考える。

 そのあと、サツキの部屋にやってきたクコと話をした。

 ただし、いつだれが聞いているかもわからないから、聞き耳を立てられていてもいいように、ベッドに並んで腰を下ろし、手をつなぐ。クコの魔法《精神感応ハンド・コネクト》によるテレパシーでの会話をするためである。


「(ミナトにいろいろと打ち明けて、旅の仲間に誘うって話。あれ、もう少し保留にしないか?)」

「(なにか理由があるんですね)」


 しかし、そう言ったきり、クコは理由を聞かない。


「(本当は今からでも話したいけど、ちゃんとわかってから話したほうがいいと思う)」


 クコは目を閉じて、やわらかな微笑を浮かべた。


「(そうですか。では、お話しいただけるのを待ってます。この件は保留にしましょう)」

「(ことわっておくと、俺は変わらずミナトを仲間に引き入れたいと思っている。その気持ちは変わらない。ただ少し……もう少しだけ、俺はミナトのことを知りたい。俺なりにわかったら話すよ)」


 と、サツキは言った。


「(はい)」


 返事をして、クコは手を離して立ち上がる。


「では、ここで。新たな練習をしましょう」

「新たな?」

「魔力コントロールの練習です。これまで、体内を流れる魔力の移動を速めるトレーニングをやってきました。さらに、《パワーグリップ》の追体験もしてきました。でも、それ以外にも別の使い方もできるのではないかと考えたんです。ここ最近のサツキ様の成長を見るに、そろそろかと思いまして」


 これまでサツキはクコのリードで成長できてきた実感もある。だから、今度はどんなトレーニングなのか、少しわくわくしていた。

 サツキも立ち上がって聞いた。


「どんなトレーニングなんだ?」

「はい。わたしは、先生に《パワーグリップ》の魔法をいただきましたよね」

「うむ」

「他のグリップの魔法はわたしじゃないと使えませんが、一つだけ、《パワーグリップ》の他に応用できるものがあると思えたんです」

「どのグリップだ?」

「ダブルグリップです!」

「新しい技を創造したのか」

「はい。新しいといっても、二つのポイントで同時に使える《パワーグリップ》だと思ってください。わたしは現在、足は《パワーグリップ》を、剣で《スーパーグリップ》を、というような応用も練習しています。でも、サツキ様は二つのポイントで同時に《パワーグリップ》を使う感覚で大丈夫です」

「そうか。クコはそんなに成長していたんだな」

「わたしも、サツキ様とミナトさんに負けていられませんからね!」

「よし。じゃあ、新しいトレーニング、お願いしてもいいかね」

「はい! もちろんです!」


 元々、クコは魔力コントロールが特別うまかった。その才能もあった。サツキが頑張っている間も、クコだって頑張っていた。ゆえにこうも短い期間でそんなコントロールまで到達してしまったのだろう。

 サツキはクコを頼もしく思った。

 通常の魔力コントロールから、《パワーグリップ》のコントロール感覚を追体験するところまでステップアップし、そしてそれを二つ同時に行う《ダブルグリップ》へ。


「サツキ様。これからする感覚、しっかり身体に刻んでくださいね」

「わかった。頼むよ」


 船がガンダス共和国に到着するまであとわずか。

 サツキとクコの魔力コントロールの修業は第三段階に進んだ。

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