40 『ユニークトレーニング』

 軽快な足音を鳴らしてやってきたのは、参番隊の三人だった。

 年は三人共サツキより一つ下で、今年十二歳になる。そんな参番隊のリラ、ナズナ、チナミがサツキに駆け寄ってくる。


「サツキ様、おかえりなさいっ」

「お、おかえり、なさい」

「おかえりなさい」

「ただいま」

「どうも」


 サツキとミナトが三人を振り返り、リラが聞いた。


「あの。お邪魔しちゃいましたか?」

「いいや。修業もひと区切りついて、反省点とか話していたところさ。それも終わったし、どうぞ」


 ミナトが促す。彼女たちがサツキに用があることはわかっているので、ミナトは城館内に入ることにしたのである。

 リラはぺこりと頭を下げた。


「すみません。ちょっとサツキ様にわたくしたち参番隊の修業の成果を報告したいと思っていまして」

「そっか。ごゆっくり。サツキ、またあとで遊ぼう」

「うむ」


 参番隊に囲まれるサツキを見て、ミナトは内心でくすりと笑った。


 ――慕われてるなァ。まるで父親の帰りを喜ぶ子供たちみたいに集まってきた。


 父親にしては威厳が足りないから、兄の帰りを待っていた妹たちのほうがしっくりくるだろう。


 ――我らが局長は、無愛想に見えて、案外面倒見もいいからなあ。で、無愛想に見えて、案外親しみやすいし、口数は少ないが人の話をよく聞いてくれる。だからみんなサツキに話を聞いてほしくなるんだ。


 不器用だが、丁寧に親身に向き合うから、士衛組のみんなもサツキについていくのだとミナトは思う。そんなサツキのリーダー像をミナトは気に入っていたし、友人としても相棒としても好ましく思っていた。


 ――さて。僕もサツキの力になれるように頑張らないと。夕飯までちょっとだけ時間もあるし、勉強でもするか。


 サツキと参番隊を置いて、ミナトはひらりと手をあげて城館に入っていく。

 ナズナは改めてサツキを見上げる。


「ご、ごめんなさい」

「構わないさ。話もちょうど終わったところだったんだ」


 そう言ってくれるサツキの柔らかな顔を見ると、ナズナはホッとするのとうれしくなるので相好が崩れた。


「それより、修業の成果だったな」

「はい。私たち参番隊で考えた、三人の力を伸ばす修業についてです。主に、リラとナズナの特訓になっています」


 チナミの説明を聞き、サツキは「ほう」と息をつく。

 ちょっとおかしそうに、リラがサツキを上目に見る。


「おもしろい修業なんですよ。どんな内容だと思います?」

「リラとナズナの特訓というと、二人の魔法に関連するものだから、《真実ノ絵リアルアーツ》と……ううむ、ナズナの魔法は種類も多いからな。さっぱりだ」


 楽しそうにリラが答えを述べる。


「実はですね、かくれんぼなんです」

「かくれんぼ?」


 それが特訓になるのかわからず、サツキは首をひねった。

 すると、ナズナが教えてくれる。


「わ、わたしが、目隠しをして、わたしの、超音波の魔法で、周りをサーチするんです」

「なるほど。じゃあ、リラがするのは、妨害だな?」


 サツキの鋭い視線を受け、リラは口元をほころばせて大きくうなずいた。


「はいっ、そうです。さすがです、サツキ様。もう気づかれるなんて」

「想像できたかもしれませんが、リラが《真実ノ絵リアルアーツ》で人間に近い形や大きさ、密度、材質、温度、魔力の有無、生命反応を再現して私とリラのダミーを配置し、ナズナが超音波を発しながら《超音波探知ドルフィンスキャン》の魔法で本物の私とリラを特定します。私は魔法や忍術を使うこともないので、本当に二人のための特訓ですが」


 チナミがそう言うと、サツキは三人の顔を見て、


「すごいよ。三人でこうやって修業の方法まで考えられるなんて、びっくりした」


 褒められて、三人は顔を見合わせ笑顔を咲かせる。

 うなずき合い、リラがサツキに向き直る。


「参番隊の成果を見せるために、サツキ様といっしょにかくれんぼしたかったのですが、その前になにかアドバイスはありませんか?」

「効果的な修業になると思われるし、あとは実際に見てだな。ただ、このあと夕飯だ。食後にしよう」


 サツキの言葉に、三人は「はい」と答えた。

 ナズナがにこと微笑み、


「成長したところ、見せたいな」

「だね。潜在能力を解放してもらった分と、今日試して把握できた分、どっちも見てもらうべき」


 とチナミが同意した。


「サツキさんを、つかまえたい」


 意気込むナズナに、リラが言う。


「いいなあ、ナズナちゃん」

「な、なにがいいの?」

「リラもサツキ様をつかまえたい」


 イタズラっぽい視線をサツキに投げるリラにも、サツキは苦笑して、


「俺はたぶん、隠れるのうまくないからつかまえてもおもしろくないと思うぞ」

「まあ。サツキ様らしいですけど」


 と、リラが笑う。

 チナミがジト目でリラを見やり、


「なんの修業にもならないからリラは隠れるほう専門」

「そんなぁ」

「魔法を鍛えるのみ」


 さらりと流してから、チナミは「ん?」と考える。


 ――……いや、本当にそうかな? リラが着ぐるみに入って自由に動けることはわかってる。でも、着ぐるみだと動きが少しだけぎこちなくなるって、ナズナが言ってた。だったら、かくれんぼじゃなくて、鬼ごっこの鬼役なら……。


 追いかける側をリラがやって、チナミが魔法を駆使して逃げる。ナズナもつかまらないよう空を飛んだりしてかわす練習をする。それなら、かくれんぼとは違った修業になる。


 ――悪くない。でも、リラは追いかける側をやりたいんじゃなく、サツキさんにちょっかいかけたいだけだから、この修業についてはあとで提案して参番隊だけでやろう。それに、サツキさんにはなんの修業にもならないし。


 空を飛ぶ練習になるナズナと、魔法を交えた身のこなしの練習になるチナミと、着ぐるみで動く練習になるリラ。それに比べて、サツキはただ逃げるだけだ。サツキの参加はリラのモチベーションくらいの意味しか持たない。だから却下なのである。

 サツキがチナミの思案する姿に気づき、


「どうした? チナミ」


 と尋ねた。


「いいえ。別の修業もなにか考えてみたんですが、アイディアがまとまらないので、あとで相談させてください」

「うむ。わかった」


 リラが興味を瞳の浮かべて問う。


「え、チナミちゃんどんな修業?」

「半分だけリラの希望に沿う修業、だね」


 ちょっとシニカルに微笑するチナミの表情に、リラとナズナは不思議そうに首をかしげた。


「半分?」

「だけ?」

「楽しみにはしなくていいけど、悪くない修業にはなると思う」

「そっか。でも、リラは楽しみにしてるね」

「わ、わたしも」


 こくりとチナミはうなずいた。

 ナズナは少し恥ずかしそうにサツキの手を引いて、


「あの。サツキさん。材質を確かめるので、さわっても、いいですか?」

「うむ。構わないぞ」

「あ。リラも」

「リラは関係ないと思うけど。でも、私もナズナに助言できることがあれば」


 そんな感じてサツキが三人に囲まれていると、アキとエミがやってきた。城館の入口から顔を出して呼びかける。


「おーい!」

「夕飯ができたよー!」

「みんなおいでよー!」

「早く食べよーう!」


 わちゃわちゃしていた参番隊に、サツキは声をかけた。


「さあ。まずはご飯を食べようか」


 参番隊の三人は、素直に「はい」と答えた。

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