22 『くれぐれも気をつけて』

 リラは、ナディラザードと馬車への帰路にあった。

 その途中、大事にしていた本を奪われてしまった。

 メイルパルト王国の碑文を紐解くための本も入っている魔法道具《ほん》。リラは特にふじがわはかから預かっていた大切な本の行方が気にかかっていた。

 大事な本でも、あとで覚えている限りノートに書き出しておこうと思った。


「ねえ、リラ。あっちは騒がしいわ。こっちに行かない?」


 ナディラザードの提案に、リラはうなずく。


「ええ」

「ちょっと走ろうか。馬車まであと五百メートルもないと思うし、急いで戻ったほうがいいよ」

「そうですね」


 角を曲がっては進み、また曲がって走る。

 そこで、リラはふと後ろを振り向いてしまった。

 振り向かなければ、あるいは出会わずに済んだかもしれない。向こうも気づかずに済んだかもしれない。

 しかし、なにか虫の知らせのようなものを感じて振り返ってしまい、彼らの服装で何者なのかを理解してしまった。


 ――なんで、アルブレア王国騎士が?


 アルブレア王国の騎士たちだった。

 十人ほどいる。

 彼らの先頭に立つリーダーらしき騎士は、二メートルはあろうかという巨大なハンマーを持った、筋骨隆々の大男である。リラが振り返ったことで、彼がちょうどこちらに気づいてしまった。


 ――盗賊団だけでも大変なのに、こんなときに……。


 今まで、リラは一気にせいおうこくへとワープし、そのあと船に乗って大陸に渡り、ここまで旅をしていた。

 そのことごとくでうまく出会わずに済んできた。

 しかし、晴和王国やガンダス共和国ラナージャなど、アルブレア王国騎士がいつもリラの近くにもいたのは、一つの真実でもあった。

 気づいてしまったリラは、咄嗟にナディラザードだけでも巻き込まないための行動に移った。


「ナディラザードさん。この先を右へ行ってください」

「わかった。なにかあるの?」


 ――ナディラザードさんはまだ、このあともリラもいっしょに行くと思ってるわ。


「わかりません」


 ――でも、ここで一度、ナディラザードさんだけでも逃げてもらわないと……。騎士の方たちもリラに気づいているようだし、このままではリラの問題に巻き込んでしまうわ。


 ナディラザードは困ったようにリラを見返る。


「わかりませんって」

「すみませんが、事情は言えません。お願いですから、二手に分かれさせてもらってもよろしいですか」

「……」


 リラの真剣な強い瞳を見て、ナディラザードはうなずいた。


「いいわ。もう、あとで話せるときになったら言ってよね」

「そうさせていただけるとうれしいです。それでは」

「うん。気をつけて」

「はい。ナディラザードさんも」


 この先をもう少しまっすぐ進んだあと、道を右に曲がると馬車に行ける。リラの記憶ではそうなる。

 だが、ここでナディラザードと別れて、右へ行く彼女とは反対の左に曲がった。

 二人はここで左右に分かれる。

 曲がるとき。

 チラ、とアルブレア王国騎士を横目に見ると、彼らはやはりリラを見つけるや走ってきていた。大きなハンマーを背負ったノースリーブの大男を先頭に、フォーマルな騎士服たちが続く。

 この辺りはそれほど道幅も広くはない路地になっている。

 リラは力いっぱいに走って、今度は路地を右に曲がることにした。


「逃がすなー!」

「こっちに来ーい!」


 後ろからは声が聞こえる。

 さっきよりも、声が近くなっている気がする。

 いくつもある路地の一つに、リラは右折で侵入する。

 曲がり際、視線を横に切ると、叫びながら迫り来る騎士の姿がハッキリと見えた。


 ――このペースじゃ追いつかれてしまう。もっと、角を曲がって、攪乱しないといけないわ……。


 その瞬間、リラは通行人とぶつかりそうになった。


「おっと」


 暗くてよく顔も姿もわからなかったが、晴和人らしい衣装の少年のようだった。少年は後ろで束ねた髪を揺らし、浅葱色のだんだら模様の袖を羽ばたかせ、紙一重でさらりと避けてくれた。


「すみません!」

「いえいえ。こちらこそ」

「失礼します!」


 急いでいたせいでちゃんとした謝罪も挨拶もできなかったが、十代もこれから半ばにさしかかろうかという年頃の少年にはそれだけしか言えず、リラは夢中で走り続ける。

 慌てて、また路地を右に入った。

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