23 『てんやわんやのトラップ』

 せい料理店、

 弐番隊の三人が店内に入り、一階にいた盗賊三人を倒して二階に到着すると、個室からわらわらと盗賊たちが出てきた。その数、七人。

 玄内はマスケット銃を構える。


「おまえらは二人ずつやれ。おれが三人やる」

「はい」

「オッケーっす」


 バンジョーは最初に、大声で、


「御用改めである! えいぐみ弐番隊、見参! ただちに盗賊どもを捕らえるぜ!」


 宣伝はうまく働き、客たちは小さく沸いた。盗賊に囲まれている中で現れた救世主たちを、祈るように見ている。

 盗賊たちが動き出す。


「うおお!」

「この闇夜ノ盗賊団とやろうってのか!」

「舐めやがってえええ」


 配置関係を見て、邪魔になりそうな者を、玄内は撃った。


「まずは寝てろ。《昏レ弾スリープバレット》」


 バンバンバン!

 と、一瞬で三発の銃弾が三人の盗賊に命中した。

 撃たれた盗賊たちは一様にバサリと倒れる。全員が眠ってしまって動けなくなっていた。いくら目の前にいる敵に集中しているヒナとバンジョーでも、あまりの早業に笑いさえこみ上げてくる衝撃である。


 ――あたしたちがいなくても、先生ならひとりで倒せるよね。ま、先生が強いのはわかってたけど。


 ヒナとバンジョーは、盗賊を前に思いのまま戦うことができた。背後に玄内がいる安心感は、二人の動きをよくする。


 ――オレらが危なくなったら先生がいる。全力で思いっきりやってやるぜ!


 玄内は二人の成長を見るためにも、二人の安全のためにも、ジッと見ていた。

 こうなったとき、玄内に見られているとわかり足をすくめる盗賊もいる。戦線のうち後方にいた盗賊二人がそうだった。動きが鈍る以上に、玄内への警戒で容易に動けないのである。

 そこを、ヒナとバンジョーが前方にいた二人をそれぞれ一対一で迎え撃つ。

 ヒナの剣はサーベルと打ち合って、果敢に攻撃の手を緩めない。《うさぎみみ》が音を先取りして聞き分け、一瞬先を読む。


 ――音が、聞こえる。袈裟に来る。


 サーベルの動きを音で読み、ヒナは敵よりコンマ数秒早く動き出して斬りかかった。


「《まどろみ》」

「どりゃ!」


 互いの剣が身体にかする。ヒナのスカートに大胆な切り込みが入る。太ももからは血がつーっと細く流れる。痛みもない程度の切り傷。


「血が出てるぜ。だがおれは無傷だ」


 相手は、勝ち誇ったにやけ顔だったものの、一秒とせずに固まって、バタリと倒れた。


「おやすみ。次に起きたときは牢の中よ」


 一方のバンジョーは、ボクシングスタイルでサーベルをよけていたかと思うと、剣を振りかぶった相手を挑発する。


「来いよ! へいへいへーいっ!」


 そして、振り落とされたところを、柔道の要領で背負い投げした。


「おおおおおおおお! 《デリシャスげスペシャル》!」


 とっさの受け身が取れなかった盗賊は、ゴンと頭を打って気を失った。


「へっ。先生に受け身でも習ってりゃ、まだ戦えたかもな。それでもオレには勝てねーけどよ」

「甲羅があっても受け身できるくらいだしね」

「な」


 笑い合うバンジョーとヒナを、玄内は静かに注意した。


「こら。てめえら。まだ敵はいんだろ。気を抜くな」

「はい!」


 敵より玄内のほうが怖いとでも言いたげなしゃきっとした返事をしたバンジョーとヒナであった。

 目の前の仲間がやられたことで、残る二人の盗賊のうち片方が前に進み出て宣戦布告した。


「この『ころばせ』スッテン様が三人まとめてやっつけてやるよ。おい、亀。オレはおまえの天敵だぜ? なんせオレの魔法《タップトラップ》は、足を踏み鳴らすだけで、相手をひっくり返す。対象は人でも物でも、同時に三つまで。そして、おまえらは三人。そのうち一人は甲羅を背負った亀だ。はーっはっはっは。ここまで言えば、どういう意味かわかるよな? 亀さんよ」


 玄内は敵が魔法を使う気配を見極める。


 ――こいつは舐めた魔法を使うみたいだが、もう一人も魔法持ちか。厄介なのが来る可能性もあるな。


 スッテンと名乗った盗賊が、足をトンと踏み鳴らす。


「うおっと!」

「やん!」

「ちっ」


 バンジョーとヒナがスッ転んで尻もちをつき、玄内が咄嗟に受け身を取り、驚くほどのスピードで起き上がった。すでに、マスケット銃の銃口がスッテンに向いている。


「な、なにィ!? 亀のくせにこの『ころばせ屋』スッテン様の《タップトラップ》に受け身を取るなんて……おまえ、本当に人間か?」

「見りゃわかんだろ。亀だよ。《痺レ弾エレキテルバレット》」


 バン、と玄内のマスケット銃が鳴り響き、スッテンはしびれて動けなくなってしまった。


「ったく。バンジョー、ヒナ。おまえら、あんだけ受け身の練習させたのに咄嗟のときにできなくてどうする。あとで千回やらせるぞ」

「はい!」


 と、バンジョーとヒナが同時に返事をする。

 残る一人は、後ろで玄内たちの強さにおびえていた。


「お、おれは、もう知らねえ。《ダイヤモンドコクーン》」

「なんだ?」


 バンジョーは警戒心もない顔でぼんやり見ている。ヒナが我に返って玄内に言った。


「先生、あいつなんかしてますよ!」

「あ! そうっすよ! やっつけたほうがいいっすか?」


 玄内はかぶりを振った。


「いや、待て。おまえ、どうする気だ?」


 質問された盗賊はもうやけくそになったようにしゃべり出した。


「勝てない相手と戦ってもしょうがないだろ? だから繭の中に閉じこもるのさ! おれは『ダイヤモンドコクーン』のヒッキー、引きこもるのは得意なんだ。それに、おれの魔法《ダイヤモンドコクーン》はダイヤモンドの硬さになる。どんな攻撃をされようと絶対に破壊されないぜ! それにそれに、《ダイヤモンドコクーン》の中にいる間は体力が回復するし怪我だって治る。肉体もほんの少しずつ強くなるんだ。ほうら、もう顔も見えなくなった。今からじゃあおれを攻撃したって無駄だぜ。バミアドパトロール隊に突き出しても無駄無駄! 繭の中にいる間は腹だって減らない、外の声も聞こえる。羽化するタイミングだって選び放題。じゃあな、おれはほとぼりが冷めたらゆっくり羽化してさよならだ」


 完全に、ヒッキーの繭は出来上がってしまった。

 白い蚕のような、人の形が微妙にわかりにくい繭。わらで大雑把に人間を包んだような感じだろうか。

 玄内はゆっくりと歩き出す。


「先生、どうするんすか?」

「あいつ、硬いって言ってました」


 バンジョーとヒナの問いに答えず、玄内はマスケット銃を片手に近づき、かかんだ。

 繭を軽く叩く。

 コンコン、と硬質な音がした。


「ほう。確かにかてぇ」


 後ろからついてきたバンジョーとヒナも見守っている。


「《魔法管理者マジックキーパー》」


 玄内の手の中に鍵が出現する。それを、ヒッキーの首があった辺りに突き刺した。


「その魔法、没収だ」


 ガチャッと、玄内が鍵をひねる。

 すると、あれだけ硬そうだった分厚い繭が、溶けるように消えてしまった。


「え?」


 身体の右側を下にして身を縮めて横になっていたヒッキーが、肩越しに玄内を見上げる。


「あの……」

「おう」

「失礼しました」

「じゃあな。警察に突き出してさよならだ。《昏レ弾スリープバレット》」


 バン、とマスケット銃で撃たれてヒッキーは眠りについた。次に目を覚ますのは刑務所の中だろう。

 ヒナがスッテンを指差す。


「先生、こいつの魔法も没収しちゃってください!」

「そうっすよ! あいつ、オレたちを転ばせたやつなんですから。先生が持ってたほうがいいっすよあの魔法!」


 いっしょになってバンジョーも言うと、玄内はニヤリとした。


「そいつはいい。おまえらの受け身の練習にぴったりだ」

「受け身の練習に……」

「ぴったり……?」


 ヒナとバンジョーがつぶやき、二人は同時に頭をかかえた。


「言うんじゃなかったー!」

「そりゃないぜ先生ー!」


 部屋をあけて見ていた客たちは、この短時間でさっくりと盗賊たちを倒してしまった士衛組の活躍に驚き、歓喜した。ヒナとバンジョーが叫び声を上げてうなだれているのを見て笑っている者さえいる。


「やったー!」

「ありがとうございます!」

「あなた方はいったい……」


 玄内が渋い声で答える。


「おれたちか? おれたちは、正義の味方『士衛組』だ」

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