24 『プーンギーの音色』

 各戦線、えいぐみは順調に戦っている。

 敵が東から攻めてくる場合、鶴翼の形でもなければ中央からの進軍が早くなるのは当然だが、ここバミアドは円城都市、敵も流れるように円形に進軍してくる。

 中でも、東を目指すサツキたち司令隊と遭遇したのは、闇夜ノ盗賊団の中心人物たちだった。

 司令隊と参番隊の五人は、盗賊十二人と対面した。

 後ろからついてきている『ふなり』シャハルバードとクリフの二人には手を借りることなく済ませたい。

 サツキは盗賊たちを前に足を止めて、


「盗賊かね?」


 静かに、しかし鋭く刺すように問いを向けると、盗賊たちの中のひとりが答えた。


「わしらは闇夜ノ盗賊団。そしてわしは『バミアドのへび使つかい』ペラサだ」


 ターバンを頭に巻いたペラサは、大きな丸いカゴを持っている。年はわかりにくいが、四十代以上だろうか。背は一七八、九センチほど。


「そういうおまえらこそなんだ?」

「我々は士衛組。通りすがりの正義の味方とでも言おうか。ゆえに、盗賊を見逃せない。御用改めである」


 道ばただから通行人たちも見ている。そのためサツキはわざわざ正義の味方だと自ら言ってのける。実際、相手にしなくてもいい盗賊団を相手にするのだから、正義の味方というのも間違ってはいないだろう。

 ペラサたちは一斉に笑い出した。

 取り巻きのひとりが声を張り上げる。


「がっはっはっは。くだらねえ。そんな理由でこの闇夜ノ盗賊団と戦おうってか? いいぜ、その度胸に免じて完膚なきまでにボコボコにして身ぐるみ剥いで、盗賊らしくおまえらのすべてを奪ってやる!」

「じゃあアタシはそっちの銀髪の娘をやるわ」

「ならアタイは着物」


 と、女盗賊二人がクコとルカを指名する。


「よし、じゃあオレはあのデカいのだな」

「おいは金髪を」


 シャハルバードとクリフも指名されてしまうが、二人は余裕な表情で佇んでいる。

 サツキは聞いた。


「みなさん、それでよろしいですか」

「構わないよ、ワタシとクリフが二人を受け持とう」

「お願いします。ルカ、指名は忘れていい。ナズナとチナミが代わりに。そしてルカは全体攻撃で残りを一掃」

「了解しました」

「は、はい」

「わかったわ」


 担当を決めたところで、ペラサの後ろで盗賊の仲間が声を荒げた。


「おいおいなあおい! わいの敵はおらんのかい! その着物の女だけでわいらとやり合おうってか? 本気で言ってるんじゃねえだろうな?」

「ふざけんじゃないわよぅ!」


 サツキは帽子のつばをつまみ、冷静にねめつける。


「街で大声を出すのはよしたまえ、騒がしい。全員、神妙にお縄についてもらおうか。士衛組局長の名のもとに、正義を執行する!」


 どこまでも冷静なこの小さな少年が、『バミアドの蛇使い』ペラサには腹立たしい。だが、表情には出さない。

 ペラサは戦いの合図を出した。


「わしがあの帽子を倒そう。いくぞ、野郎ども!」

「おおぉー!」


 と、街に響くほどの威勢のいい声があがった。

 対してサツキは、クコ、ルカ、チナミ、ナズナ、シャハルバード、クリフの六人を振り返り、柔らかに言った。


「さあ。始めましょう」

「はい、サツキ様」

「後ろの七人は、私が受け持つわ」

「とりあえず一人ずつ、きっちりと」

「わたしは……みんなの応援から」


 クコ、ルカ、チナミ、ナズナが答え戦闘態勢に入った。

 シャハルバードは腰に手を当て、にこやかにうなずく。


「任せてくれ」

「お手並み拝見だ」


 と、クリフも短剣を抜いた。

 ナズナが歌い、味方六人の筋力と魔力を高める。近くの影に控えているフウサイもその恩恵を受けた。


「すごい! パワーがみなぎる」

「……これは」


 初めてナズナの歌でパワーアップしたシャハルバードとクリフの顔は、よりたくましく見えた。


「《ゆううた》……です」


 と、ナズナが二人に言った。


「ルカ。容赦はいらない。死なない程度に攻撃を。その後、治療してほしい」

「わかったわ」


 ルカはナズナの歌とサツキの指示を聞くと、間髪入れずに攻撃を開始する。


「《とうざんけんじゅ》」


 地面からザァっと刀や剣、槍などの山が飛び出し、盗賊団の後方にいた七人に突き刺さる。それもサツキの指示に従い容赦はない。手足、場合によって肩や腹まで、ぐさりと刺さっている。後方にいることへの警戒心の欠如が彼らの動きを大幅に鈍らせた。

 もはや七人は行動不能になっている。

 サツキとクコとチナミは走り出し、ペラサがニヤリと笑った。


「ぺひ」


 特徴的な笑い方で、手を横から水をかくように動かすと、それを合図に三人の盗賊が建物の影から飛び出してきた。


「フウサイ」

「《ふくろうしばり》」


 どこからともなく現れたフウサイが三人を糸で捕らえて、家と家の間に宙吊りにする。いつの間に仕込んだのか、フウサイの技は芸術のようでさえある。サツキが名を呼ぶだけで、そこまでの仕事を二秒とせずにやってのけた。


「うお」

「どうなってやがる」

「ほどけっ! ほどけえええ! むわあああ」


 宙吊りになってからなにが起こったのかわからず声を漏らす二人と、ほどいてもらえるわけがないのに喚く一人。

 それらを、フウサイは次の忍術で仕留める。


「《うぐいすすい》」


 睡眠薬の匂いとウグイスの鳴き声のような不思議な音で一瞬にして三人を眠らせると、フウサイはさっとその場から姿を消す。姿は見えないが、声だけがサツキに降ってくる。


「拙者は偵察に戻るでござる」

「頼む」


 戻るとは言うが、フウサイはずっと偵察を続けてくれている。必要なところでだけ戦闘に参加し、あとは偵察をするのが監察の仕事である。

 一瞬で仲間の陣が瓦解して、ペラサの目の端にも焦りの色が現れた。


「ちぃっ、下っ端はこれだから困る」


 ――最悪、わしがひとりでこいつらを仕留めるか。


 ペラサはそれだけ考えると、部下たちに檄を飛ばす。


「気にするな! やっちまえ!」


 サツキは瞳の魔法を使って敵三人を見る。


 ――シャハルバードさんとクリフさんは任せるとしよう。いざとなればフウサイがフォローに入る。だが、残る三人は俺たちで相手取らなければならないからな。


 この中ではリーダー格らしいペラサは、丸いカゴを地面に置いて、笛を口にくわえた。

 隣では、びょーん、と脚をバネのようにして飛び跳ねる女盗賊がチナミに向かってジャンプした。


「《レッグホッパー》」


 そう叫ぶからには、これがこの女盗賊の魔法名ないし技名なのだろう。口元まで隠した頭巾からは表情が読み取りにくい。

 クコの相手は、ぬらりと唇をテカらせ顔を笑みにゆがめる。こちらの女盗賊の魔法はわかりにくい。


 ――クコの相手はどう来るかわからないし怪しいが、チナミのほうは心配なさそうだ。もっとも厄介なのは、やはりペラサか。


 ペラサの笛の音が鳴る。

 竹の管を二つ並べた笛で、途中に大きな球状がある。いわゆるプーンギーと呼ばれる笛である。

 不思議な音色が奏でられると、カゴの中からうねるように出てくるものがあった。

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