247 『ムービングエリア』

 避けた。

 軌道から外れた。

 そのはずだった。

 だが、銃口はまっすぐサツキに向けられている。

 しかも、マルチャーノはじっと狙いを定めるように身動き一つしていない。

 それなのに、サツキは銃弾の軌道の中にいた。

 マルチャーノが動いていないのだから、こんなことはサツキが動かない限り起こりようがない事態だった。

 つまり、サツキが移動したのである。

 ただし。

 サツキの意思は関係ない。

 サツキの行動も関係ない。

 あるのは、事象だけだ。


「サツキっ!」


 ミナトの声は、しかし注意喚起でしかない。

 助けてはくれない。

 サツキの《緋色ノ魔眼》が銃弾を見る。


「消えろ」


 冷たい声で、マルチャーノがつぶやくように言った。

 乾いた発砲音。

 銃弾がサツキに迫る。

 届くまでの一瞬で、サツキは身をひるがえしていた。

 見切ったからこその回避行動。

 常人には不可能な情報量を、サツキの瞳は読み取る。

 動体視力は著しく上昇し、筋肉のきしみさえ見えて、魔力の流れも視認できてしまう。

 それらすべてを駆使してサツキは刹那の判断を下し避けたのである。

 避けつつ。

 サツキはわかったことをまとめる。


 ――あのとき……銃弾が飛び出す直前、俺はなにもしていない。それなのに、マルチャーノさんの前に移動していた。俺が動いたわけじゃない。マルチャーノさんも動いてない。動いたのは、きっと、空間。


 空間が動いた。

 言い換えれば、それは空間の入れ替え。

 今日何度も目の当たりにした現象であり、今目の前にいる二人の人間の合作で引き起こされた事象。


 ――カルミネッロさんならそれができる。そして、それさえできれば、マルチャーノさんはその場を動くことなく、効果的な攻撃を繰り出せる。


 見事だ。

 実によく仕組まれた攻撃だ。

 まるで芸術作品のような演出だ。

 それはまさしくカルミネッロの作品だった。

 マノーラの街にはカルミネッロ広場という場所があり、そこはカルミネッロの魔法による仕掛けが施された特殊な空間なのだが。

 自動的に地面が動く《ムービングウォーク地帯エリア》は、生前のカルミネッロが彼の魔法《空間上ノ魔法陣ワンダースペース》によって設定した通り、二百年の時を経ても動き続けている。

 この《ムービングウォーク地帯エリア》は特定の条件で決まった動きをする設定なのに対し、今のカルミネッロが操作するここ三階エリアはマルチャーノの思いのままになる。


 ――カルミネッロさんがあそこにいる限り、ここら辺一帯はマルチャーノさんの意思に従って即座に形を変える。そんな危うく理不尽な空間だ。下手すれば、近づくことさえできずにやられる。


 今まで戦ったことのないタイプであった。

 コロッセオでは少し風変わりな手合いもいたものだが、ルールとフィールドが大事なコロッセオでさえこんな魔法を使う敵はいなかった。


 ――これに対抗する手段は、速さか戦術。それもとびっきりの神速か深く綿密な戦術設計か。


 前者ならば、ミナトが。

 後者ならば、サツキが。

 それぞれ担当する問題だ。


「ミナト。骸骨を飛ばす。やれるか?」

「やってみようじゃないか。腕ごともっていってもいいよね?」

「ああ。構わない」


 サツキが強い瞳で見ると。

 薄く微笑み、ミナトは《瞬間移動》をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る