141 『テイククレジット』

 鷹不二氏の『便利屋』である彼にとって、ヒナとの行動は望むべくして取られたものであり、反対に、時として望ましくないものだった。

 ヒサシの狙いは、鷹不二氏として士衛組に恩を売り、えいぐみを味方につけることにある。

 そのためには士衛組のメンバーといっしょにいることは、その人を助けやすい位置にいられる絶好の機会であり、望ましいはずである。

 しかし、それだけではない。


 ――ヒナくんはおもしろいし、もう少しいっしょにいられたらよかったんだけどさ。でも、それじゃあちょっと惜しいことになっちゃうんだよね。


 惜しい。

 残念。

 最良ではない。

 今のそれには、そんな意味がある。


 ――ようやく有益な情報がありそうだったってわかったんだもん。ヒナくんが側にいたら、手柄は半分こになっちゃうじゃない。ボクだけがその成果を独り占めするとなると、キミは邪魔なわけ。お邪魔虫は切り離すに限るもんねえ。


 ゆえに、ヒサシはヒナを切り離した。

 この道の先にいるマノーラ騎士団が、有益な情報を有していると判断したから。


 ――ずっと逃げるタイミングを見計らってた甲斐があったなあ。ヒナくんが思った以上に、頭が切れるか察しがいいか、それとも勘が働くか。それがわかったんだからさ。


 マノーラ騎士団に近づいていき。

 ヒサシは親しげに声をかける。


「独裁に対抗するにはさ、なにか条件とかあるの?」

「あ、あなたは?」


 急なヒサシの登場に、マノーラ騎士団は目をしばたたかせた。




 マノーラの街のどこかで。

 ヒサシに逃げられたヒナは、悪態をついていた。


「あいつ……! なんで逃げたのよ! 別に、あいつといっしょにいたくなんかないけど、絶対なにか理由があって逃げたに決まってるわ!」


 ヒナがうさぎ耳のカチューシャを動かして周囲の音を聞き分ける。

 特になにもなかった。

 意外なほどの静かさに、少し冷静になる。


「いや、まあ……あいつのことだから、なにか嗅ぎつけてて、そこにあたしがいたら邪魔だったってことになるわよね。そのなにかが問題だわ……」


 ヒサシの行動がまるで見えてこない。

 ただ、よくよく考えてみれば、わかるような気もしてきた。


「そもそもあんなやつが士衛組に協力する理由は、士衛組に恩を売りつけるため。本人もそう言ってた。そこに間違いはない。特に先生に恩を売っておきたいっぽい。先生の万能があれば大抵のことは叶うだろうしね。だからあいつ、マノーラ騎士団に会ったときも手柄を誇らなかった。名乗りもしなかった。あいつが見てるのは士衛組、特に先生だけだから。マノーラ騎士団なんてどうでもよかったから。で。あいつら鷹不二氏はせいおうこくの統一が狙いで、あたしには関係ない話。そこまではいいはず」


 あとで恩返しをして損する先生じゃない、ともヒナは思っていた。

 ただ、その先。

 まだなにかある。

 なにかを企んでいる。


「確か、あいつは嘘をついてるのよね。正確に言えば、嘘をついても心音に変化が出ない。だからどこからどこまでが本当か、音から判断できない。たぶん、士衛組に恩を売るつもりなのはそうだけど、それ以上の企みがある」


 ヒナの勘がそう告げている。


「だからいっしょに行動しておこうと思ってた。あいつもそのほうが都合がいいはず。なのに、離れた。理由は……あたしがいたら邪魔だから。なぜ? なぜ邪魔になるの? いや、そうよ、あいつの目的が士衛組に恩を売ることなら。あたしがいたらそれが果たせない、あるいはその効果が見込めないシチュエーション……違う、効果が見込めないだけじゃなく、小さくなる場合もあるんだわ」


 やっとそこに気づいたヒナだが、がっくりと肩を落とす。


「でもその先がわかんない。なんで? あいつはなにかを嗅ぎつけたっぽい。でも、あたしがいたら効果が小さくなること。あーもう、やっぱりハッキリしない。こういうの、苦手なのよね! あたしの専門は科学なんだから」


 父の浮橋教授は優れた科学者で、政治がわからない人だった。今もそうだ。そのせいで敵もつくってしまったことだろう。そのせいで地動説が認めてもらいにくくなっていることだろう。

 それに対して、ヒナは少しだけ政治的な機微がわかる。

 だが少しだけだ。

 堅苦しい言い方をしないのなら、他人の感情の機微と人間関係が少しわかるという程度である。

『科学の申し子』を自称するヒナだから、やっぱり政治的な視点はあまりないのだった。


「サツキに言えばなにか気づくかもだけど、今は仕方ないわ。一人で動かないとよね」


 結局、ヒサシを逃がしてしまった上、その企みに気づけなかったヒナ。

 要警戒、離れず行動して監視すべき、という直感は当たっていたらしいが、ここで逃がしたのは痛かった。

 しかし気持ちを切り替えて動き出してすぐ。

 ヒナはとある音を拾った。


「この声は……」

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