140 『ディテクトステッキ』

 うきはしが歩いていると。

 道の先に、マノーラ騎士団がいるのが見えた。

 それだけで、なんとも思わなかった。


「マノーラ騎士団じゃない」

「へえ、マノーラ騎士団……。なにか音は聞こえる? ヒナくん」


 そう聞いたのは、鷹不二氏の『茶聖』つじもとひさし

 くせ者のリョウメイをして警戒されるほどのくせ者。

 鷹不二氏の相談役であり、鷹不二氏五奉行兼黒袖大人衆の一人にして鷹不二水軍総長の役につき、『鷹不二の御意見番』やら『便利屋』やら、様々な肩書きを持つ雅人であり政治家だった。

 ここでヒサシに嘘をつく意味もないと思い、ヒナは答える。


「別に。たいした話はしてないわよ。だれかの噂話じゃないかしら。魔法がどうとか、独裁には逆らえないとか……」

「……」


 ヒサシはこのヒナの話を、決して聞き流さなかった。

 知り得る情報と情報を結合させて聞いていた。

 それから、杖をトントンつきながら歩き続け。

 そして。

 突如、振り返って後ろを指差した。


「あ。ちょっと、ちょっとちょっと……」

「なによ」


 ヒナはうさんくさいものを見る目で、仕方なさそうに振り返る。


 ――なにおかしなリアクションしてるのよ。あんたみたいなくせ者、ちょっとしたことで驚く玉じゃないでしょ。驚いたような心音も聞こえない。けど、嘘をついても心音に影響が一切出ないような人だし、この人の本当の感情はわからないわけで。だから、仕方なく見てあげるわよ。


 振り返って見えたのは、なんでもない景色だった。


「は? どこもおかしな……」


 言いつつ、音が聞こえる。

 うさぎ耳のカチューシャがピクリと跳ねる。

 魔法《兎ノ耳》は、小さな音でも拾い取る。

 聞こえた音は、ヒサシの足音だった。

 それも足早な、急ぐような音。

 また前に向き直って。

 ヒナは目を丸くした。


「どうしたのよ!」

「それじゃ、またね。ヒナくん。頑張ってよ、応援してるから」

「あ、待て! 逃げるなー!」


 しかし。

 手を前に伸ばしたところで、なんの意味もなかった。

 このとき、空間の入れ替えが起こったからである。


「空間の入れ替え……これで、あいつに逃げられた! なんで? なんで逃げたのよ!」




 空間の入れ替えが起こって。

 ヒナの叫び声が木霊する場所には、もうヒサシの姿はなかった。

 厳密に言えば、ヒナのいた場所が切り取られてどこか別の場所へと移動させられたのである。

 残ったこの場所で、ヒサシは楽しそうに足を速め、マノーラ騎士団の元へと向かう。


「うまいこと逃げられたよぉ。ずっとタイミングを見計らってはいたけど、その機はここでよかったんじゃないかな」


 ニヤニヤと、ヒサシは語を継ぐ。


「ボクの考えてること、あのうさぎさんは読めないと思ったんだけど、意外だなあ。『逃げるな』、なんてなにかに気づいてないと言えないもんねえ。だって、彼女ボクと行動するのは嫌がってたし。どこまで読めたかは知らないけど、なかなかいい目をしてるってことにしてあげる」


 と、ヒサシはヒナを内心で評価した。


 ――ボクの第一の魔法《魔法吟味役マジックハッカー》は、他者の魔法情報を読み取れる。だけど、杖でその術者本人に触れる必要がある。


 これによって魔法情報を検索して調べ上げることができる。

 そして、ヒサシの頭脳が解析したデータを基に、破壊クラックする。

 この破壊クラックが第二の魔法《魔法曲者マジッククラッカー》なのだが。

 ヒサシは今回、《魔法吟味役マジックハッカー》も使っていない。この性質のおかげで、検知したのである。


 ――杖で触れる……それは、術者本人に対しての行動。でもね、ボクはこんな魔法を使うくらいだから、魔法物には敏感なわけ。魔法装置とか魔力を持った物とかさ。そのおかげで、ボクは杖で触れれば、魔法反応にいち早く気づけるんだよね。


 だから、さっきは杖をトントンついて歩いていたのだ。

 空間の入れ替えが起こるのを察知するために。


 ――で、やっとタイミングが来た。ヒナくん、キミを切り離すタイミングが。


 同行者のヒナを切り離す。

 それは、あるいヒナから逃げることを意味し。

 ヒナが邪魔であることをも意味していた。

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