171 『イモータルゾーン』

 ジェラルド騎士団長の《独裁剣ミリオレ・スパーダ》は、支配する剣である。

 ここでいう「支配」とは束縛の意味であり、行動を束縛するのだが、斬られることでその箇所がぽっかりと穴が空いたように消えて奪われ、それが手なら手を動かすことができなくなる。

 先程のミナトは肘を奪われると肘の可動ができなくなり、肘から先は使い物にならなくなった。もっとも、手首を曲げたり手を握ったりはできるが、ぶらぶらと垂れ下がった腕でやれることなどないという話だ。

 サツキはこの「支配」に、ほかの意味や機能があるかを尋ねたかった。

 まず、ラファエルが言った。


『《独裁剣ミリオレ・スパーダ》は、支配するだけ。すなわち行動の束縛です。ジェラルド騎士団長は支配したものの情報の読み取りスキャンもできず、行使コマンドもできません』

「指揮権はない、と」

『ええ。さっきも例に出し通り、心臓が「支配」されサツキさんの身体から消えても、死ぬわけじゃない。見えないし触れないけれど、サツキさんの身体の一部として機能し続ける。勝手に血液は送り続けるし生命維持に支障はない。「支配」される側が意識的に行うことができなくなる、ということですね』

『これを逆手に取ると、心臓や肺は《独裁剣ミリオレ・スパーダ》で斬られて「支配」されても問題ないとも言えるな!』


 リディオは快活に言った。

 確かにその通りだった。


 ――心臓、肺などはリディオの言うように奪われてもいい器官だ。消えても動き続ける。もっと言えば、腕を斬られて奪われるくらいなら変に腕で防御せず臓器なんかを差し出せばいい。それで済む。


 ほかにも、サツキには思うところがあった。だが、それはもう少し変化を実感できてから戦術に組み込みたい。リディオとラファエルに今言う必要もない。


 ――それにしても……。


 ふと気になって、サツキは問うた。


「なるほどリディオの発想は理に適っている。実戦的だ。盲点だった。しかし、そもそもこんな情報をだれが教えてくれたんだ? 今このタイミングで報せてきたということは、元々『ASTRAアストラ』が持っていなかった情報だろう。それをここで、緊急で伝えてくれたことから、情報の鮮度は極めて高いと思ったが」

『おう! 入ったばっかの情報だからな!』

『教えてくれたのは、鷹不二氏のヒサシさんです』


 鷹不二氏のヒサシ。

 むろん、サツキも知っている。つい先日ルーリア海で邂逅を果たした『茶聖』であり、曰く『鷹不二の御意見番』やら『便利屋』やら様々な異名を持つ風流人だ。

 ラファエルは話を続ける。


『いくつもあるおかしな異名はご存知ですね? そのままいくつものキャラクターを持ったくせ者を形容する異名で。なんとなく憎めなくてそれでいて相対したくもない。悪い人にも見えませんけど、ただの良い人では決してないです』

「そうか。ヒサシさん」

『気になるのか?』


 リディオに聞かれて、サツキは曖昧に答えた。


「いや。だれがわざわざこんなときに、それもそんな情報を……と思っただけさ。むしろ、こんなときだからこそ、その情報の価値は高まるからな」

『マノーラ騎士団を通しての連絡だったんだぞ。アルブレア王国騎士が話しているのを聞いたみたいでさ。そうそう、アルブレア王国騎士がほんの数人だけマノーラ騎士団に潜入して入隊してるってのは『ASTRAアストラ』も知ってて、でもだれがそうかはハッキリとはわからなかったんだ。で、そのいわばスパイのアルブレア王国騎士が話しているのを偶然聞いたんだって話だぞ』


 細かいことは気にした様子もなくリディオはあっけらかんとしていた。

 反対に、ラファエルはサツキに忠告する。


『偶然なんてのはデタラメもいいところでしょう。元々つながりがあったとは思えませんが、ヒサシさんには他者の魔法をサーチする技術や魔法情報を書き換えるトリックがあります。ほかにも隠している魔法や使い方の一つや二つ……いえ、あの人に限っては無量大数と同義に、伏せられた情報があることでしょう。それらをなにかうまいこと使って聞き出したのだと思います。相手から情報を引き出せると察知したきっかけもあったでしょうけど、十中八九狙ってこの情報をボクらに回しました。それをサツキさんに報せるように告げたのもヒサシさんだそうです。一応、もしあとで顔を合わせても警戒はしておいたほうがいいと思いますよ』

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