12 『芸術と技巧』

 リラとナズナが、サツキとクコに魔法を見せておきたいと言った。四人で宿の脇にある庭に行き、さっそく魔法のお披露目をすることになった。

 最初に魔法を見せるのは、『画工の乙姫イラストレーター』リラである。

 リラは画材を持っている。

 宙に筆を走らせた。


「《真実ノ絵リアルアーツ》」


 魔法を声に出して一つの絵を描く。

 すると――。


「絵が……!」

「浮かんでいます!」


 ナズナとクコが驚いた。

 透明のキャンバスが空中にあるかのように、宙をキャンバスにリラは自由に筆を振るった。大きく剣を描く。実物大の剣である。絵の具を使って色もつける。なぜ空中なんかに描けるのかなど、聞くのが野暮だ。この世界では、魔法が常識的な不可能を可能にしてしまう。

 サツキは黙って観察した。

 やがて、西洋剣が描かれた。


「……っ」


 ふっとリラは微笑んで、落下運動を始めた剣に手を伸ばす。

 剣をつかんだ。

 その剣をクコに差し出し、クコが握って見る。本物の剣となんにも変わらない代物だった。

 クコとナズナは感心しきったように驚いている。


「け、剣が、実体化されてます! リラ、こんな魔法が使えるようになっていたのですね!」

「リラちゃん、すごい……!」

「おめでとうござます!」

「やったねっ……!」

「性能もしっかりしています」


 と、クコは自分の腰から抜いた剣と刃を合わせている。

 リラは二人に微笑みを返すと、まだコメントのないサツキに顔を向け、「どうですか? すごいでしょう?」とでも言いたげに、小さく首をかたむけて穏やかに微笑む。ただ褒めてほしいのか、驚いてもらいたい挑戦的な表情なのか。わからないが、サツキは素直に言っておく。


「驚いた」

「ふふ」


 サツキのリアクションにも満足したのか、リラはうれしそうだった。

 ナズナは不思議でたまらないようで、さっそく問いかけた。


「リラちゃん、なんで空中に描けたの?」

「空中に描くには集中力が必要なんだけどね、博士に大気にはいろんな元素があって、無の空間ではないって言われたの」

「……ちょっと難しいかも」


 言いながら、恥ずかしそうに、そしておかしそうに、ナズナは笑った。ナズナの愛らしい笑顔をやさしく見返し、リラは共感するようにうなずく。


「そうだよね。わたしも最初はわからなかった。でも、詳しく話を聞いて空間をイメージして、そこに魔法を使いながら描くように練習したの」

「へえ」


 ただ感心するナズナに対し、サツキはその先まで理解した。


「なるほど。実体化させるなら、三次元的に絵を描けないといけないってわけか」

「奥行きを持たせるためですね。じゃあ、実体化という魔法を先に思い描いて、そこを目標に修業を始めたんですか?」


 と、クコは聞いた。

 察しのよいサツキとクコにも、リラは丁寧に話を進める。


「はい。博士は、リラがまだ魔力移動程度しか魔法の扱いができないことを知ると、せっかくだからとみなさんのお役に立つ魔法を考案してくださったのです」

「さすがは博士です!」

「短い間にこんなにできるようになったリラちゃんもすごい」


 終始クコとナズナの瞳はきらきら輝いている。


「あと、ナズナちゃんが絵の魔法がいいんじゃないかって言ってくれたことがきっかけなんだよ。ナズナちゃんのおかげで、博士と魔法を作れたの」

「そっか……。なんだか、うれしいな」


 ナズナは照れたようにはにかむ。

 リラに絵の魔法はどうかとナズナが提案したのは、二人がこの再会前最後に会ったときである。その記憶はクコの魔法《記憶伝達パーム・メモリーズ》によってサツキも見せてもらった。額を合わせると、クコの記憶の中で見せたいものを相手に見せられるものだ。

 リラはだれにともなく言った。


「あと、スケッチブックなどに二次元で描いた絵でも実体化は可能です。ただし、実体化したものも二次元的になってしまいますが。スケッチブックに描く場合でも、奥行きのある絵を描くことで『三次元的な実体化』をさせることが、今のリラの目標です」

「性能はどうなんです?」

「実は、二次元的でも性能は変わらないんです」

「うすくてぺらぺらの……剣になるの?」

「うん。そうなの。でも、ちゃんと斬れるよ。ふふ」

「おかしいね、ふふふ」


 血のつながりのある三人だけに、会話は弾む。サツキは一歩距離を置いて話を聞いてリラの魔法の使い道について考えていた。


 ――もしかしたら、俺の元いた世界のものさえ再現できるのだろうか。


 先端兵器すら再現が可能かもしれない。試す価値はある。


「機械的なものは、構造が外面にあらわれないから難しいのか?」


 サツキからの難しい質問への回答も明確だった。


「難しい、というだけです」

「じゃあ、できるのか」

「はい。わたくしが構造を理解して描くことが条件になりますが。魔法というのは、『MagicArtsマジックアーツ』――すなわちアートです。アートには芸術と技巧という意味があります。創造と論理の両方が必要なのだと、博士はおっしゃっていました」

「なるほど。これは汎用性が高い魔法だな」

「使い道を考えたらわたくしに申しつけてください。サツキ様」


 リラは大事なことをすべてサツキにさらして預けている。信頼の証である。サツキも、これには応えなければならない。


「ああ。よく考えておく」

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