11 『旧市街地と文化』
宿は、リラたちが泊まっているところをとった。
サツキとフウサイ、ミナトとケイト、クコとルカが同部屋である。また、リラはお世話になっていたナディラザードの部屋から出て、同じ参番隊のナズナと同部屋になった。
「今日はたくさんお話ししようね」
「うん、リラちゃん」
久しぶりに二人で過ごせることに、リラとナズナは手を取り合って喜んでいる。同い年のいとこであり、リラとの再会はナズナの旅の目的にもなっていたから、当然の喜びだろう。クコは、妹といとこがうれしそうにしている様子を眺め、二人への姉心からほっこりした顔になった。
そんなクコを、ルカは一瞥した。
「クコは、あの二人に混ざりたいって言わないのね」
「はい。本当は混ざっておしゃべりしたいのですが、久しぶりに二人だけで過ごすのも楽しいでしょうし。それに、わたしはサツキ様と修業をしなくてはなりませんから!」
「やる気満々じゃない」
「もちろんです!」
「私も勉強頑張らないと」
クコとルカが話すのと別の部屋では、サツキとミナトが話していた。
「俺とフウサイがこの部屋だから、ミナトは隣だな」
「うん。荷物を置いたら、ちょっと出かけないかい?」
「そうだな。修業は食後にして、まずは町について知っておきたい」
「よし。行こう」
二人はさっそく出かけた。
町に繰り出して、ファラナベルの文化を見て回る。
ミナトは楽しそうに新たな街の空気を楽しんでいた。
「へえ。この国も雰囲気だねえ」
「うむ。さっきはリラを探すのに夢中で、人や生活を見てなかった」
「食事はあんな感じかあ。やっぱり国によって全然違うんだなァ」
「あれなんかおいしそうだぞ」
二人の視線は、黄色い米の上にかたまり肉が載った皿に注がれた。
「僕も食べてみたい。今夜の宿の食事も、ああいうのかもね」
「だな。エジプト料理っぽい」
「エジプト。確か、サツキのいた世界のメイルパルト王国と同じ場所だっけ」
「そうだぞ。古代エジプトでは早くから文明が栄え、すでにパンやビールが食されていたそうだ」
「なんだか、話を聞いてたらお腹が減ってきちゃった」
苦笑を浮かべるミナトを見て、サツキはクスリと笑った。
「じゃあ、このあと修業頑張るために、しっかり食べないとな」
「だね」
士衛組の料理人・バンジョーがいない今、食事は宿や外食に頼ることになる。だが、その食事も楽しみだった。
歩きながら、サツキはファラナベルの人々の暮らしぶりを眺めて、旧市街の石材を見る。
石造りの建築のほか、石板や碑文に石像まである。
碑文にはなんと書いてあるのかはわからないが、彫刻であればなんとなくそれが示すものがわかる気もする。
四人ほどの考古学者が石板に彫られた碑文を見て話している後ろを通り過ぎた。『
「サツキ、楽しそうだね」
「歴史の香りがするからな。でも、よくわかったな」
「ちょっとにやけてた」
「よせ」
サツキは表情をうまく引き締めることができず、やや照れて顔を赤らめて、つんと前を向き直って歩く。
ミナトが頭の後ろに両手をやって、にこやかにしゃべる。
「こうして見て回るのはいいものだねえ。そろそろ良い時間になるけど、もうちょっと散歩する?」
「うむ。ちょっとだけ」
「気になるものはあったかい?」
「あれ」
と、サツキは指差した。
石板である。
「ほう」
「なんだか気になる。あれを見たら帰ろう」
「了解」
二人が石板に近寄って確認してみると、鳥の絵が彫られていた。
「鳥だね」
「うむ。鳥だ」
「なにかわかった?」
「いや。ただ、前に見たトチカ文明の壁画を思い出した」
「トチカ文明か。この世界における、もっとも古い文明の一つだっけ。創世神話とかでもなく、魔法樹……つまり世界樹を祀るための文明。だったよね」
「異世界人の俺に聞くのか」
ジト目のサツキにも、ミナトはおかしそうに笑うだけだ。
「確かに。サツキって物知りだからつい」
「でも、クコとルカはそんなことを言ってた。あの壁画の鳥に似てるとしたら、これは火ノ鳥だろうか」
「かもね」
じぃっとそれを見つめたあと、サツキはミナトに顔を向けた。
「なにか知識を得られたわけではなかったが、見られてよかったよ」
「そっか。だったらよかった」
「帰るか」
「うん。戻ったらたくさん食べてたくさん修業するぞー!」
「うむ!」
「さあ出発」
「あ。待て」
ミナトが先に走り出し、サツキも負けじと追いかける。
二人が立ち去ったその場所には、ファラナベルの赤い夕陽が差し込んでいた。
食後。
サツキは、クコにやる気に満ちた瞳で言われる。
「サツキ様っ! 食事のあとすぐですが、さっそく魔法の修業をしませんか?」
「ミナトさん。ボクの修業に付き合ってくれますか」
一方のミナトも、ケイトに誘われる。
パッと、サツキとミナトは顔を見合わせる。夕食後すぐにハードな運動もよくないし、それぞれの修業のあと、思い切りいっしょに修業してもいい。
口には出さずとも、互いにそう思った。
「あとで全力でやるぞ」
「そうこなくちゃ」
それだけ言葉を交わして、サツキはクコに「うむ。やるか」と答え、ミナトはケイトに「お願いします」と微笑む。
ミナトとケイトはほんの少し食休みしてから修業をするとのことで、それが魔法の修業なのか剣の修業なのかはわからないが、二人より先に、サツキとクコは席を立った。
そこへ、リラとナズナが呼び止める。
「お姉様、サツキ様。リラとナズナちゃんの魔法も見てもらえますか?」
「お、おねがい、します」
「まだわたくしの魔法のお話を、お姉様とサツキ様にはしていませんでした。把握しておいたほうが戦術に組み込めるかと思ったのです」
「いい、ですか?」
「ぜひいっしょにやりましょう!」
妹といとこからの申し出に、クコはうれしそうに答えた。
「わたし、新しい、武器も、あるので……見てほしいです」
上目に見るナズナ。
士衛組のメンバーの中で、ナズナが交友関係を持っていたのは、いとこのリラとクコ、幼馴染みのチナミ、この三人である。あとは、ヒナとはチナミといっしょに遊び相手にもなっている。また、サツキは愛想にやや欠けるし口数が少なくてもせかさず話を聞いてくれる――自己表現が苦手なナズナには、自分のペースで話せる、落ち着く話し相手になっていた。
だからその五人には自分の意見を述べやすいようであった。
サツキはうなずく。
「うむ。頼むよ」
「はい」
と青葉姉妹の明るい声が重なり、ナズナも「ありがとうございます」と控えめな声でサツキの横に並んだ。
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