10 『信用と駆け引き』
シャハルバードは、商売には眼力が必要だという考えを持つ。
人を見る目を養うことが、良い商人になる秘訣なのだとクリフは聞いたことがある。
このあとシャハルバードは自身の魔法をサツキたちに話すことになるのだが、前提として、その魔法は人の価値を洞察するものといえる。そんな魔法を扱う特性上、彼はよく人を見てその人の価値を考える。
人の価値を彼なりに判定するためにも、よく観察しなければならない。時間のかかることだ。
しかし、眼力が磨かれれば、そのために有する時間は少なくなることもある。
サツキはまさに、一度の邂逅だけで値をつけてもらえた。それも、過去最高額である三億九千万両の価値を見込まれたのである。
クリフはシャハルバードのその価格を聞いたとき、驚いた。それほどの価値を持つサツキのことを、クリフは一つでも知りたいと思った。その価値の秘密はどこにあるのか。
自らも眼力を磨こうとするクリフの視線に、サツキはその意図もわからぬため小首をかしげる。クリフは何事もなかったように語を継いだ。
「二人の魔法のことはわかったようだが、オレの魔法はひと味違う。知恵も駆け引きも必要なものなんだ」
「どういう魔法か、聞いてもよろしいですか?」
魔法について、あまり詳しく聞くのはマナーとしてよくない。場合によっては命が危険にさらされるからである。かといってこの流れで答えないのも相手に「あなたは信用できない」と言うに等しく、その辺りの機微は難しい。サツキとしては、相手の魔法を引き出すにはベストなタイミングを計ったわけではなく、素直な疑問を向けたに過ぎない。
だが、クリフはサツキを意識しながら語る。
「オレの魔法は《
「ただの相手探しだけどね」
と、アリがさらりと付け足す。
そんなアリを無視して、クリフは人さし指を立てる。
「ポイントは、その品物を欲している相手とじゃないと交換が成立しないことだ。これを見つけるのが大変なんだが、その時は何年後かもしれないし数秒後かもしれない。この《倍交換》できる品物は一つしか所持できないから、見切りが大事になる」
クリフはサツキの発言に注視する。サツキは即座に理解したことを述べた。
「いつまでも交換相手が見つからないと経済が止まるようなものでお金にならないが、すぐに新しい品物にしても小銭しか稼げない。だから換金はずっとあとでもいい。そういうことですか」
サツキは内心で、わらしべ長者みたいだな、と思った。
クリフは鼻高々にうなずいた。
「わかってるじゃないか。長期戦になっても額が大きければそれだけ大儲けって寸法さ。最初は100両以内の安い物からじゃないと始められないという条件もあるものの、オレは今、100両から始めて15回の交換を成立させ、16回目の相手を探してる」
この世界では一両がお金の最小単位であり、サツキの世界のサツキの時代の一円ほどと同価値だから、随分と安い額から始めないといけないことになる。
100両から始めたとなると、15回やって330万両ほどを引き換えられる段階にあり、あと一度交換を成立させれば660万両弱になるのだ。
計算過程としては、最初100円の価値しかなかった物が、倍になって200円、400円、800円、1600円、3200円、6400円、次に1万と2800円、2万5600円、5万1200円、10回目で10万2400円、続けて20万4800円、40万9600円、81万9200円、ついに100万を超えて163万8400円、327万6800円、655万3600円、1310万7200円と17回目で1千万を超える。さらに、2621万4400円、5242万8800円、1億485万7600円といった具合に増えてゆく。
あと数回の取引で大金持ちだ。五回分耐えて換金すれば、この世界でも一生働かずに暮らしていける。むろん、無駄遣いしなければだが。
「てなわけで、クリフはこの魔法を使い始めて二年、まだ換金できてないんだ。いつでも換金できるのがメリットなのに、欲張りさんなんだよね」
あはは、とアリは笑っている。
「商人にはじっと待つ胆力も必要さ」
シャハルバードにそう言ってもらえて、クリフは子供のようにキラキラした目を尊敬するリーダーに向けた。
「シャハルバードさん……!」
「さて、ワタシの仲間たちはこのような魔法を使う。みんなが言ったことだし、ワタシの魔法を教えよう。この魔法を使うからには誠意を持ってあたらなければならないからね」
使うからには、という言葉にサツキは自然身構えていた。
――これから使うのか。もう使われているのか。まずは聞こう。
もしすでに使われていた場合、初めて会ったソクラナ共和国のバミアドで、知らずに使われていた可能性もある。だが、この魔法を使うからにはと言ったし、誠意を持ってと言った。まだ使っていないと思われる。
――悪い人たちじゃないのはわかる。たぶん、使うのはこれから。彼の言葉に嘘はないと思う。
また、商売的な意味でサツキたち士衛組にデメリットを与える人にも思えない。
「むろん、リラくんから事情を聴いているから、キミたちの魔法はあえて聞かないし言わなくていい。ワタシたちのことは、ワタシたちが話したいから話すだけさ」
そう前置きして、シャハルバードは言った。
「ワタシの魔法、それは《
パラッとシャハルバードが独自につくった金融券を見せてくれた。
「その相手が、投資分だけ稼ぐなり儲けを出すと、金融券が換金可能になる。例えば、ワタシがサツキくんに100万両を投資したら、その五割を追加した額に当たる150万両の金融券が発行される。その後、何ヶ月後か何年後か、ワタシが投資をしたその日からサツキくんが合計100万両の儲けを出したら、ワタシの金融券が換金できるようになるんだ。この時、サツキくんの手元にある100万両がなくなるわけじゃない。投資を受けた相手にデメリットはゼロだ」
一種の互恵関係とも言える。
しかし。
「だが、もしその相手がいつまで経っても儲けを出さなかったら、ワタシの手元には換金できない
「ここで言う儲けは、普段その人がいつも通りに稼ぐ分は除いた、過分に稼いだ分だけよ」
と、ナディラザードが言う。サツキにとってわかりやすい話を例に上げれば、サラリーマンが定額の給料をもらった分はいつも通りの稼ぎであり、それとは別のことで儲けた額がシャハルバードの金融券の計算に加味されるということになる。歩合制でいつも以上に稼ぐのは有効だし、副業や株、ギャンブルに宝くじなど、手段はいくらでもあるとはいえ、そういった類いの儲けが出ないことのほうが多いようにサツキには思われた。
「情けは人のためならず。シャハルバードさんがいつも言っている言葉だ。覚えておくといい。そういう魔法を使うシャハルバードさんならではの深いお言葉さ。さすがはシャハルバードさんだよ」
なぜかクリフが得意そうに口元を緩めた。
「そのおかげで兄貴はたくさんの人に投資しまくってて、お金は次から次へと出て行っちゃう。でも、リターンも大きいんだ」
ニッと笑ってアリがそう言った。
「ちなみに、金融券に換金期限はない。同時に発行できる枚数にも限りがない」
そうシャハルバードは付け足し、
「これが、ワタシの魔法だ。言わないと本当に必要なとき、信用してもらえないと思って言った。知られて困るものでもないしね。でも、さっきも言ったがキミたちは自分の魔法を話す必要はない」
と笑ってみせ、どんを胸を叩いた。
「だからワタシをいくらでも頼ってくれ。どれだけでも投資する。特に、ワタシはキミたち士衛組になら惜しまない。理由はワタシがキミたちを気に入ったから。それだけさ」
「はい。ありがたくそうさせていただきます」
クコが代表して頭を下げる。士衛組局長としてサツキもそれに倣った。
「今後ともどうかよろしくお願いいたします」
シャハルバードは大きくうなずき、聞いた。
「話は戻すが、出発は明日の朝でいいかい?」
「はい」
クコが答え、段取りの確認をして解散となった。
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