9 『商品と価値』

「シャハルバードさんたちもいっしょだと安心です」

「よかったですね」


 リラが喜び、クコもサツキとリラに笑顔を向ける。サツキは「うむ」と答えて、シャハルバードたち四人に向き直った。


「助かります。困難な道になるかもしれませんが、それでもよろしければ」


 アリがけらけら笑って、


「いいって。おいらは動いてひと汗かきたいし、姐さんも歩ければそれでいいもんね」

「お二人は運動がお好きなんですか?」


 純粋な疑問を投げかけるクコに、アリはまた笑う。


「あはは。違うよ。嫌いじゃあないけどもさ」

「鍛錬や健康が目的でないのなら、魔法だろう。アリさんの魔法が汗をかくことで利益を得られるようなもので、ナディラザードさんの魔法は歩行距離か歩数で利益を得られるのかもしれない。あるいは歩行により値打ちのある物を探索できるか。まあ、すぐには恩恵を受けられるわけではなくその労力を貯蓄してあとでなんらかの形で使用できるものかもしれないが」


 サツキが表面的にわかることを口にすると、ナディラザードが目をしばたたかせた。


「あらま。あなたもしかしてリラから聞いてた?」

「……いいえ」

「わたくしはまだなにも話していませんわ」


 と、サツキとリラが言った。

 アリが得意そうに説明した。


「サツキくんの言うように、おいらと姐さんの魔法はそれぞれ汗と歩数に関係してる。そこでおいらの魔法なんだけどさ、《あせけっしょう》っていうんだ。かいた汗が自然界に戻ると、おいらはかいた汗の分だけ自然から宝石がつくれる。タオルで拭って洗濯しても、乾燥したら自然に還る。それでもいいんだ。その汗の結晶は何ヶ月分でも貯めておけるから、この夏を乗り越えたら宝石をつくろうと思ってるんだよね」

「地面に手をやって、そこから宝石を生成する魔法だな」


 と、シャハルバードが補足した。


「まあ! すごい魔法です」


 クコが感心するが、未知の魔法に驚くのはみんなも同じだった。

 このアリの魔法によって生成された宝石は、ガンダス共和国の『せんきゃくばんらいこうわん』ラナージャでは不思議な泥棒カップル『ガンダスの歌って踊る大泥棒ムービースター』アジタとサーミヤに狙われて一大ダンスステージになったほどだが、サツキやクコの知るところではない。

 ミナトが促す。


「それで、ナディラザードさんは?」

「アタシの魔法は《あるこうすい》。歩いた歩数分だけ、お金になるのよ。歩数分、この香水の中身が増えていくの」


 と、ナディラザードは香水のビンを取り出した。


「その香水を使うとお金が儲かる」

「一歩一両です」


 とリラが言った。

 つまり、「一歩=一両」。サツキの世界の紙幣価値で一両が一円と同じくらいだから、歩くだけでおこづかい稼ぎができるようなものである。よく歩く人ならいい収入になる。

 ナディラザードは蓋を見せて言った。


「蓋に書かれている数字が現在の歩数よ」


 蓋には、232725、と数字が書かれている。


「100万歩分貯めることができるわ。だから100万で満タンになるの。使い方は簡単。香水を自分に吹きかけるだけ。そのあと、商売をするとか宝くじを買うとか、お金を儲けるための行動を起こすと還元されるって仕組みよ」

「年間通すと、おいらと姐さんの儲けはあんまり差がなかったな。どっちもそこそこ儲かるんだ。お得な魔法さ」


 ニヒッとアリが笑顔を浮かべた。


「わたしも欲しいです」


 目を輝かせるクコに対して、クリフがやや呆れたように言った。


「オレたちは商人だ。シャハルバードさんのように知恵と駆け引きで儲けるのが醍醐味なのに、二人共地道な魔法さ。それを思うと、さすがはシャハルバードさんだよ」


 これにナディラザードがジト目を向ける。


「そういうアンタは未だ一両もつくれてないじゃないの」

「クリフの魔法は運がすべてって感じだからねえ。知恵も駆け引きもいらない」


 と、アリがおかしそうに笑った。


「そうよ。アタシのほうが知恵だっているんだから」


 ナディラザードは売り言葉に買い言葉の調子だが、サツキは冷静に考えを口にする。


「確かに、知恵次第だ。アリさんの魔法は動いて汗をかく仕事をすれば効率的だが、ナディラザードさんの魔法はちょっと違いますね」

「ほう。続けて」


 と、シャハルバードが興味深げに促す。

 サツキは淡々と説明してゆく。


「商売でも儲けが出せるなら、自分で作った物を売るといい。そうすることで、自分という売り手の価値を高められる。あるいは商品価値を高めるのに有効です。売り上げ数が可視化されればなおさら。流行の商品や売れ行きのいい商品とわかるだけで、商品の本当の価値に関係なく品物を選ぶ人は多いですから。飲食店でも、たとえ味が並でも長蛇の列ができている店はそれだけで価値が高まりさらなる人を呼ぶ。味の質を見抜いて離れていく人がいても、最低限の味なら顧客は残る。そういった顧客は、周りの人も食べに来ているからとか、自己判断よりも人気を価値基準にして店を選ぶわけです。だから、宝くじを買って還元するのはもったいない。自分や商品の価値を高める使い方こそ、知恵の見せどころになる」

「お見事。商売がよくわかってるね。いや、人間というものをよく知ってるって感じかな」


 褒めてくれるシャハルバードに対して、ナディラザードはまだ理解が及ばずぽかんとしている。


「アタシ、自分で作った物を売るのは好きなのよ。だからまあ、ちょうどいいってことよね」

「ナディラザード、わかってないだろ」


 シャハルバードは苦笑を浮かべた。

 実際、ナディラザードは計算からではなく、自分が作ったヴィナージャのキーホルダーを趣味で売っているのだが、今も少しずつ評判を高めている。それも、シャハルバードが「くじにその魔法を使ってはもったいない。商品を売る前に香水を使うといい」と言ったから使っただけなのである。

 サツキはナディラザードへの説明として、


「質よりもセールス方法やキャッチコピーや表面的な評判が価値を生むのは商売ではよくある。というより、それがすべてといっていい。自ら多くの選択肢を手に取って判断して良質なものを選べる人などほとんどいない。時間がなければ声の大きい他人の意見がまず目と耳に入り、なにも考えずにそれを手に取り、たいした不満がなければそれでよしとする、というのはよくある話だ。商品が売れるには、土台かきっかけが重要です。ナディラザードさんの香水はその土台となるべき評判を作り出せます」


 と語った。

 シャハルバードは首肯して、


「その通り。宝くじと商売、どちらに魔法を使っても同じ金額が還元されるのなら、商売に使って『あの人はいい商品を売っている』と思ってくれる人が増えたほうがいい。言い換えれば、商売に《歩く香水》の魔法を使えば、評判や評価といったおまけがついてくるということさ」

「へえ。そういうこと。なんとなくわかったかも」


 ナディラザードがつぶやき、シャハルバードは「なんとなくだって?」と聞き返して兄妹で笑った。

 話を聞き、クリフがだれにも聞こえない声でつぶやく。


「さすがに、認められるだけはあるか」


 ――城那皐。三億九千万の価値を見込まれた男。シャハルバードさんが認めるからにはなにかあると思っていたが、まず知恵がいい。バミアドでも人徳を見せた。オレも、彼を知りたくなった。


 結局、共に旅をしたキミヨシの価値はクリフにはわからなかった。シャハルバードが高額をつける気持ちこそわかるが、どんな点が特別なのか見抜けなかった。

 そんな折、そのキミヨシ以上の価値をつけられたサツキについて、クリフはなんでもいいから知りたかった。


 ――人を見る目を養うのに、彼を観察することは大きな意味を持つだろう。今度こそ、見極めさせてもらいたい。

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