8 『シャハルバードとお宝』
宿に到着した。
大きくない部屋に、サツキたち八人とガンダス共和国からの旅の商人が四人、詰め寄っている。
リーダーのシャハルバードは挨拶した。
「やあ。また会えたね。改めて名乗ろう。ワタシは『船乗り』シャハルバード。よろしく」
明朗だがどこか理性的な落ち着きが勝る人で、空間に平静をつくる人物である。場を飲み込む感じがあって、自然に中心にくる。背が高く、太く力強い眉が引かれ、見つめられると目を離せない目力がある。褐色がかった肌と筋肉質な身体は健康的にみえた。年は二十九歳である。『千と一夜の物語を伝承する街』バミアドで見かけたときは夜だったが、昼間に見るとそのたくましさがよくわかる。
シャハルバードはサツキを見やり、
「サツキくんだったね。キミはなんだかすごい目力があるね」
「同じことを、俺はあなたに思いました」
と、サツキは薄く微笑した。
「寡黙そうに見えて、口を開くと、場を統べるふしぎな愛嬌があるな」
どうやら、シャハルバード当人からみたらサツキのほうが場を飲み込む感じがするらしい。
それはサツキにはあまり意識しようもないことだった。
リラが促した。
「次は、アリさんお願いします」
「おう。おいらはアリ。十歳だ。みんな仲良くしてね!」
アリは、人なつっこい、目のくりっとした少年である。丸顔で笑顔がよく似合う。背はリラやナズナよりやや低い。チナミよりは大きいくらいだろうか。
「では、次はオレだな。クリフだ。二十一になる。いずれはシャハルバードさんのようになるのが夢だ」
クリフは、クールに見えて淡々と自己表現する、目的意識の高い青年だった。シャハルバードへの尊敬は黙っていても伝わるほど、その切れ長の目はよく語る。背は一七七センチと高め。この四人の中で、唯一肌が白い。
リラがナディラザードへ視線を配ると、彼女も自己紹介した。
「アタシが最後ね。アタシはナディラザード。年は秘密だけど、クリフよりほんのちょっぴり上よ。シャハルバードの妹なの」
アリがいたずらっぽく笑い、やいやい言った。
「姐さん、ちょっぴりじゃないでしょ。シャハルバードさんが二十九歳で、その三つ下だから、姐さんは二十六だよ」
「こらアリ! 言わないでよ!」
楽しそうにわちゃわちゃするアリとナディラザード。シャハルバードはどんと構える人で、クリフは冷静に腕組みしている。ナディラザードはアリから姐さんと呼ばれているようである。茶化すようなことは言っても、アリもこの兄妹のことを慕っているらしい。
サツキたち士衛組は、ナディラザードだけが初対面ということになる。
士衛組については、クコから説明がなされた。
元々リラから聞いていたらしく、彼らの理解も早い。
お互いに紹介も終わったところで、シャハルバードが尋ねた。
「確か、キミたちはラドリフ神殿の石壁にある碑文を調べるために、わざわざここまで来たと言っていたな」
「はい。なにか知っていますか?」
クコが聞き返すが、これはすでにリラも聞いていた。その回答は、
「少しだが。なんでも、碑文のある石壁までたどり着くには、迷宮を探索する必要があるという」
とのことだった。
リラがこう付け加えた。
「『
ここファラナベルには、ピラミッドがある。その中は迷宮となっており、ラドリフ神殿が隠されている。『歴史が眠る迷宮』と呼ばれるゆえんは、そこに辿り着くまでの複雑な構造にあるという。
リラが
「ただその迷宮についてもわからないことが多いため、あとは自分たちで探索するしかない」
と、シャハルバードは穏やかに、しかし力強い顔で言った。
「そうですか。教えていただき、ありがとうございます」
クコはそれだけでも情報が得られて助かる思いだったが、リラがにこりと微笑みかける。妹の笑顔の意味に気づかずクコが小首をかしげると、アリがにぎやかすような声で述べた。
「実はリラちゃんから話を聞いてね、おいらたちもいっしょに迷宮に行こうってことになったんだ」
「ほっ、本当ですか?」
願ってもない申し出にクコは目を輝かせる。なにも知らない自分たちだけで行くより、確かな探索ができるであろう。
「おう! ね、兄貴」
「ああ。乗りかかった船だ。ワタシたちも、迷宮にあると噂されるお宝を手に入れたいしな」
「お宝?」
と、サツキはシャハルバードを見やる。
「なんでも、『黄金の仮面』って話だ。魔法道具かはわからない。いわゆる、未知のお宝だね。ワタシは商人である前に、船乗りであり冒険者だ。お宝とかそういうものに目がないんだよ」
「兄さんはいつまでも心は少年なのよね」
妹のナディラザードが楽しそうに苦笑する。
――『黄金の仮面』か。そんなものがお宝としてまだ迷宮に残っているならば、簡単に探索しきれるものじゃない。逆に、自分たちで探索できるくらいなら、そのお宝などはもうだれかが入手していてしかるべきだ。
サツキはそう計算して、ちらと隣のルカを見る。ルカも同じ分析をして、
「ただ、私たちの目的はあくまでも碑文よ。それを盗む者などそうそういないでしょうし、私たちは私たちの目的に向けて進めばいい」
と淡々と言った。
シャハルバードもさすがは商人であり、サツキとルカの心意なんかは簡単に読み取れたようで、度量の大きな笑顔で言った。
「ワタシたちも、見つけられたらラッキーだ、くらいの気持ちだし、期待はしていないよ」
「シャハルバードさんは、リラと仲良くなったから協力しようと言ってくれているだけさ。自分からは恩着せがましいことは言わない人なんだ。キミらは素直に、シャハルバードさんの好意を受け取っておくといい」
ここまでずっと黙っていたクリフがそう言った。
ナディラザードは苦笑を浮かべて、
「ま、兄さんはお人よしだからねー」
「シャハルバードさんは器が大きいのだ。さすがはシャハルバードさんだよ」
と、クリフは頑としてシャハルバードに心酔したような言葉である。腕を組む姿はどこか誇らしそうですらある。
「それでは、よろしくお願いします!」
クコが頭を下げると、シャハルバードはさわやかに答える。
「こちらこそ」
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