39 『砂漠の騎士団と開戦号令』

 来た。

 ピラミッドの奥深く。

 準備も万端にアルブレア王国騎士十人を待つサツキは、ようやく現れた十人の刺客に呼びかけるでもなく言った。


「思っていたより遅かった」

「言ってくれるじゃないか、『いろがん』。ワタシは、このファラナベルの地を守る砂漠の騎士団。『ランプのしゅじん利寅丸児リトラー・マルコ。騎士団長だ。貴様ら国家転覆を企むテロリストどもに、裁きを与える」


 悠然と述べたのは、『ランプの主人』マルコ。

 頭にはターバンが巻かれ、白色を基調にした薄手の衣服である。それはほかの者たちも同じだった。

 マルコ騎士団長は身長こそ低いものの年も四十がらみで落ち着きがある。


 ――相手にとって不足はない。


 目を瞠るサツキの手を、クコがそっと握る。

 クコの魔法、《精神感応ハンド・コネクト》が発動した。手をつなぐことで、その相手と声に出さずとも会話ができるようになる魔法である。サツキがこの世界に来て初めて知った魔法で、旅の中で何度もこれによって内密な会話をしてきた。敵を前にしたとき、声に出さずに意思疎通ができるメリットは大きい。クコもこの魔法をアルブレア王国にいた頃から家族にしか打ち明けず、ほとんどの人が知らない。目の前にいるマルコも、サツキとクコが会話をしているとは思わないだろう。


「(サツキ様、マルコ騎士団長は強いです。油断は禁物です)」

「(ああ。俺は油断などしないさ。しかし、彼らは軽装だな)」


 サツキの小さな疑問も、クコが丁寧に教える。


「(マルコ騎士団長たち騎士団は、このメイルパルト王国に駐在しています。同盟国であるため、アルブレア王国軍軍事基地があるのです。だから現地の衣装をまとっているのだと思います)」

「(なるほど。では、彼らはブロッキニオ大臣などから直接俺たちのことを聞いたわけでもないのか)」

「(ええ。おそらくは。信書などでわたしたちのことを聞かされた程度だと思います)」


 しかし、サツキはマルコ騎士団長以上にその隣にいる少女が気になった。

 小柄な少女である。

 まるで騎士には見えないが、彼女も薄手の白い服で、足はサンダル。頭にはティアラのようなものをつけている。色白のマルコとは違い肌色は褐色だが彼とよく似ている。


「ふふん」


 と、少女は好戦的に鼻を鳴らした。


「スティス、戦闘開始と同時に《ガラガラ》だ」

「うん。パパ」


 利寅澄智子リトラー・スティス

 スティスは、マルコ騎士団長の娘で、父に憧れ、特別に騎士団入りしている。それも、魔法が使えるからである。年の頃もナズナやリラと同じ十二歳で、サツキよりも一つ下になる。


「ん? リラ王女もいたのか!」


 マルコはリラに気づくと驚いた顔をした。


 ――キリヒとかいう騎士がソクラナ共和国でリラ王女を見かけたと言っていたらしい。あるいはそれも本当だったのかもしれん。なぜ東から西へと移動していたのかはわからぬが、リラ王女も城を飛び出したとの報告はあるわけだしな。いずれにしても、クコ王女共々ここで捕らえるのみだ。


 思案しているマルコに、後ろの仲間から声がかかる。


「先に奇襲はくらってるしよ? つまんねえ挨拶は抜きにして、さっさと戦おうぜ。オレはさっき仲間をやってくれた忍者を相手にするぜ団長」

「わかった。頼むぞ、サーミフ。あの忍者の情報はほぼない。気をつけろ」

「おう。てことだ、わかったか忍者! オレは『ミイラ男』サーミフだ」


 サーミフは、力強く生気に満ちた声に反して見た目はひどく死相にあふれている。頭から靴まで、全身が包帯で覆われていた。右目だけが包帯の隙間から光っている。筋肉のほどはわからないががっちりとした体格で二メートル近い大柄である。手には金属製の長い棒を持ち、その先端には鉄塊がある。片側がとがったハンマーといった形状である。


「じゃあ、あたしはあの子供ね」


 と、スティスがナズナを指差した。


「よろしくね、『てんくううたひめおとなずな!」

「……私は?」


 そのすぐ後ろに控えている女騎士が、ダウナー気味な声で聞いた。

 女騎士は、メイド服をまとっている。目の下にうっすらとクマができていて年齢がつかみにくいが、二十五歳になる。ショートカットの髪は寝グセのように少しはねて、表情はクールに取り澄ましている。


「プリシラは『純白の姫宮ピュアプリンセス』クコ王女を」

「はい」

「ワタシは士衛組局長、『緋色ノ魔眼』しろさつきをやる」


 マルコのその言葉によると、女騎士はプリシラという名前らしい。


「(一応、俺がマルコ騎士団長でクコがプリシラということになるか。その分担は絶対ではないが、それでいこう)」

「(わたしがプリシラさんですね。わかりました)」


 二人の手がまた離れる。《精神感応ハンド・コネクト》が解除された。


「では、ナズナはスティス、フウサイがサーミフ、シャハルバードさんたちは残りの者を相手にしてください」


 士衛組とシャハルバードたちが返事をして、


「リラはナズナの補助を」

「わかりました」


 最後にリラへの指示を与える。

 サツキは、目の前の敵との真剣勝負にもやる気をみなぎらせているが、ここでの戦いをもっと大局的にみている。リラの魔法による土木工事で築かれたこの城が、今後の戦術に使えるものなのか、実験するつもりでいた。


 ――フウサイが心してかかるようにと言ったほどだから、かなりの使い手たちだ。しかし、相手一人に集中し過ぎてもよくない。視野を広く持って戦うぞ。


 自分に言い聞かせるように戒める。

 戦う前に、サツキは堂々と言い返しておく。


「そうだ。言い忘れてました。先に断っておくが、テロを企んでいるのはブロッキニオ大臣派の者たちだ」


 とはいえ、時代が変わり、勝者が歴史を書けば、サツキたちがテロリスト扱いされるであろう。だが、勝てば官軍、負けねばいい。


「フン。戯れ言を!」


 不快そうに高い鼻を鳴らすマルコが、開戦の号令をかける。


「ではいくぞ! 勝利は我が手に!」

「来たまえ」


 サツキは帽子のつばに指をかけ、まぶたをあげた。


「舞台は用意した」

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