38 『罠と築城』

 古来より、戦においてなにが難しいかといえば、城攻めである。

 堅城を落とすことこそ、時間も労力も人員も必要とする。

 戦国時代の武将は何ヶ月もかけて城を攻めた。時には包囲し兵糧攻めで食料を断ち、時には城内を守る何倍もの人員を割いて派遣し多勢に無勢で烈火のごとく攻めた。

 しかし海外では、日本ほど籠城の期間が短い国もない。城下町ごと塀で囲って何年も戦うからである。攻めるほうは大変だった。

 ただ、城下町などなくとも、城さえあれば守るほうが有利といえる。

 ということを、サツキは説明した。


「つまり、城塞を構え迎え撃つ。簡単な土木工事だ」

「それをリラがやればよろしいのですね」


 リラが目をらんらんと輝かせ、サツキの発想を興味津々に聞き入る。


「ああ。できれば、晴和風の城がいい。反り返った石垣を抱えることで、高さはそれほど必要なくなる。天守閣を備えていればそのほかのデザインは任せる」

「はい。サツキ様がお気に召すものをつくりたいです」


 にこにことリラは微笑んでいる。それでいて、もう構想を練っていた。

 横から、クコが疑問を呈した。


「でもそれでは、相手を足止めするだけでわたしたちも先へは進めません。時間のかかる守りの戦いをする場面ではないように思えます」


 クコの意見ももっともである。


「それは籠城するなら、という話さ。これからやる作戦の本質は、防御からのカウンターにある。すなわち、受けだ。相手はこちらの城を陥落させる策を考える必要があるが、こちらは隙を見計らって撃てばいい」


 ルカはサツキの意図が大方わかった。


「だから、そのためのリラってわけね。誘い受けするには、つくっていい隙をつくり、そこから私やナズナが遠距離攻撃。また、さらに進軍してきた敵は、サツキとクコが斬り捨てる」

「そういうことだ。逃げる側の特権の一つに、トラツプを仕掛けられることが挙げられる。さらにトラツプの利点は、少人数で大人数を打ち負かせる仕掛けを施せることにある」


 サツキが淡々と話を進めると、クコが手を叩いた。


「なるほど。では、トラップを仕掛けるのですね」

「相手の念頭には、すでに一度フウサイにされたようなトラップもあるから、余計な思考が割り込み動きが鈍る。それだけで、トラップを仕掛けずとも、こちらの有利はいっそうのものとなる。ただし、今回は難しいトラップは仕掛けない」

「でしたら……」


 考えるクコに、サツキが解答を出す。


「全員で迎え撃つ」


 サツキ、クコ、ルカが相談する中、リラは思いついたことがあった。


「あの。サツキ様。ちょっとよろしいでしょうか」

「なにかね」

「実はリラ、こんなものがあります」


 リラは、《取り出す絵本》から小槌を取り出した。


「これを使えば、物を大きくすることができるんですよ」

「確か……」


 その小槌に、サツキたちはみな、覚えがあった。とある友人が持っていたものである。

 めいぜんあきふく寿じゅえみ

『トリックスター』と呼ばれるこのコンビには、この旅の中で何度も出会っては別れた。そして、何度も助けられてきた。

 二人のうち、エミが持っていた小槌がリラのものとそっくりだった。

 しかし、デザインにわずかな差異はある。赤色の模様と『福』という文字が入っているエミの物と異なり、リラの小槌はその部分が青色になっている。だが、効果がエミのそれと同じなことには、サツキとルカだけが気づいた。

 サツキがルカの顔を見ると、ルカはうなずいた。


「やっぱりそうか」


 船の上で、サツキはエミがビスケットを大きくしていたのをこの目で見た。それをクコはちゃんと見ていなかった。一方のルカは昔なじみなだけあって、大きくする効果も知っていたのである。


「どうしてそれを?」


 ルカが聞いた。


「知り合いの法師様にいただきました」

「そう」


 特別追求はせず、ルカは口を閉じる。エミからもらったのかとも思ったが、そうではないらしい。ただ、事情はわからないが、エミのものとほとんど同じ小槌ということは確かだ。

 サツキはもう使い道のほうを考えていた。


「じゃあ、リラは《真実ノ絵リアルアーツ》で実体化する絵を大きく描く必要はなく、それであとから大きくすればいいわけだな」

「はい。では、さっそく描きますね」

「頼むよ」


 リラは「はいっ」と答えた。

うちづち》は、せんしょうほうにもらった魔法道具だった。

 西さいゆうたんの旅を共にした『君子』仙晶法師とは、やはり旅の果てに別れることになった。その別れ際、リラはお土産として《打出ノ小槌》をもらっていた。西遊譚の旅の最後、『妖怪大王』しゅおうとの戦いでも使った魔法道具で、そのときにはキミヨシの《にょぼう》を大きくしたものである。キミヨシとトオルがもらった魔法道具も魅力的だったが、リラはこの小槌を選んだ。

 それが間違いでなかったと、確信している。

画工の乙姫イラストレーター』リラは筆を手に魔法を唱えた。


「《真実ノ絵リアルアーツ》」


 大きくなくてもよいことから、リラはすぐに城を描いてしまう。


「リルラリラ~」


 城は完成した。


「あとは……《打出ノ小槌》さん、お願いします。おおきくなーれ、おおきくなーれっ」


 どんどん城は大きくなる。

 通路は、高さ十五メートル、横幅三十メートルほど――最奥に神殿をつくるために、様々な形状、種類、大きさの物資を運べる大きさになったと考えられる――馬や滑車など、運搬車が通れる広さである。

 これに対応した大きさまで、城は巨大化した。短時間で描いたものだから完成度はリラ自身が納得するほどのものではないが、しっかり形があり、機能しさえすればそれでいい。また、床にも石畳が敷かれた。これには傾斜がある。それも、こちらが低くなっている。それも小さめに描いたものをあとから大きくした。

 これらを、たったの十分でつくりあげてしまった。


「あとは敵を待つだけでいい。すぐに来る」


 サツキの奇妙な戦術に、リラは驚いていた。


 ――リラがご本で読んだ兵法や博士に教わった戦記というもので、土木工事など聞いたことないわ。やはりサツキ様は、特別なお方。リラをこんなふうに使ってくれるなんて、おもしろい。


 リラはわくわくもしている。病気がちで身体の弱かったリラに、こんなとんでもない要求をしてきた者など城内にはいなかった。城を飛び出したあとも、シャルーヌ王国で出会ったヴァレンとルーチェという二人はワープによって晴和王国まで送ってくれた上でなんの見返りも求めず、歌劇団の舞台は体力を使ったものの無理ない範囲であったし、晴和王国を出てキミヨシとトオルの二人とれいくにを旅したときも、仙晶法師や豚白白も優しくて、リラを戦闘に引っ張り出そうとはあまりしなかった。キミヨシだけが戦術としてリラに仕事を割り振ったくらいである。


 ――普段の武器以外にも色々な道具を戦いに取り入れる発想、サツキ様とキミヨシさんはどこか似ているかも。でも、もしキミヨシさんだったら、こんなふうに舞台装置を作るほどのことを考えたかしら……?


 今回、サツキの作戦で、リラはこの短い時間になんと働いたことだろう。絵を描くのは好きだし、小槌のおかげで疲労はたいしたことないが、リラ自身が作り上げたものがこれまでより大きい。

 追っ手の騎士たちが来るのが待ち遠しくさえあった。


 ――トウリさんに体力をつけてもらったおかげで、今も身体は大丈夫。リラも、このあとの戦いに参加できたら……。


 しかし、『画工の乙姫イラストレーター』リラという稀有な能力者を発掘したからといえど、サツキの発想はちょっと特殊でもある。

 サツキには城攻めが難しいということしか知らないのだが、リラという少女が仲間になったというだけで、これまで普通ではやらないいくさの考案を始めている。

 この土木工事がアルブレア王国での決戦でも戦略の肝になるのだが、それはまだ先の話である。

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