13 『ルーツの地=バミアドの星座』

 サツキは、しばらくバミアドの街を歩き、日暮れと共に宿に戻った。

 夕食のためにみんなで料理屋に入った。

 食後、宿に戻って少しの休憩を挟み、クコやミナトとの修業を終えてサツキが外に出てみると、ヒナが座って夜空を見上げていた。

 サツキは声をかける。


「天体観測か?」


 目線だけこちらに向けて、また夜空に視線を戻すヒナ。


「まあね。この世界じゃいつどこで星座が生まれたかなんてわからないけど、サツキの世界での星座発祥の地って聞いたらさ、よく見ておきたくなっちゃって」


 サツキもヒナの隣に腰を下ろす。


 ――べ、別に、遠慮なんかしないで、肩がくっつくくらい近くに座ってもいいのに。


 ヒナには、二人の距離がどこかぎこちないように感じられる。サツキ本人はただ星を見るために座っただけなので当然なのだが。

 でも、こっそりとヒナは微笑みを浮かばせる。


 ――まあ、それでもあたしの耳には、サツキの鼓動まで聞こえるんだけどさ。変な距離感だよ。


 ちらと横を見ると、サツキは星座の名前を知ったばかりの少年のように星空を夢中で仰いでいる。


 ――ただの友だちでも、ただの仲間でもない。士衛組の他のだれとも違う。こうやっていっしょに星座を見る人は、今までお父さんくらい。チナミちゃんもたまに。ひざ抱えて泣いた夜もあったけど、サツキと会ってからはそれもなくなってたな……。


 そんなことを考えていると、サツキがやっと星座を見つけて、


「あれが、前に言ってた星座だな。やっぱり海の上で見たときのほうが、よく見えたな」

「そうね」


 と、ヒナは小さく笑ってうなずく。


「星座の中でも、特に最初につくられたのが、黄道十二星座だと言われている」

「あれか。誕生日に当てはめるやつ」

「一応、こっちにもあったんだな」

「そりゃあね」

「今は八月。しし座の生まれが当てはまる。でも、しし座は春の星座だったか」

「そうよ。でも前に、新しく現れた星の光に消されたけど、復活した。でも、また見えなくなちゃったけどさ」

「そうか」

「ま、そのしし座がある十二星座にどんな意味があるのかも、それがなにに使われてるのかも、あたしにはよくわからないんだけどね」

「占いだよ」


 というサツキの言葉に、ヒナが小首をかしげた。


「占い?」

「星の巡りから、戦によい日を選んだり、吉凶を見たんだ。陰陽師や易者が武士につくこともあった。陰陽師は参謀をするケースもあったんだ。そして現代では、その星座の生まれの人は、どんな性格だとか、今日はラッキーだとか、こういうことするといいとかも占いで言われるようになった」


 ヒナはサツキを小馬鹿にしたようにニヤリと笑った。


「なにそれ。そんなのあり得ない。十二通りしかない運勢なんて信じられないわ」


 サツキはため息まじりに、


「それは俺も同意だ。でも、俺のいた世界の女子には、そういうのが好きな人もけっこういたんだよ。ほかにも、どの星座同士は相性がいいとかいろいろあるけど、信じられないよな」


 どうでもいいことのようにサツキは言うが、ヒナはピクリと反応した。


「ふ、ふぅん? そ、その相性だと、うお座はどうなのかしら?」

「ん?」

「サツキはおうし座だったわよね」


 ヒナはぶっきらぼうに言ってサツキをにらむ。

 サツキとしては、


 ――あんなこと言っておいて、やっぱりヒナも星座占いに興味あるんじゃないか。女子の占い好きはよくわからん。


 と思っているのだが、ヒナは顔を赤らめて怒ったように言った。


「なっ、なに変な目で見てんのよ! 別に興味なんかないわよ。一応よ、一応っ。星座のことならなんでも知っておきたいの! で、どうなの? うお座とおうし座は」


 サツキにはヒナがツンツンしているように見えるし、なぜちょっと怒ったような言い方になっていたのかわからないが、これだけは言える。


「さあな。俺は占いとか詳しくないんだ」

「ずこーっ! 知らないんかーい!」


 と、ヒナはコミカルにずっけこる。


「だ、大丈夫か?」

「へ、平気よ。そもそもこんな話題まるで気にしてなかったし」


 強がるヒナだが、サツキが見たところ、転んだもののケガもしていないようだった。普段からの受け身の練習のおかげかもしれない。


「そうか」

「ええそうよ」


 涼しい顔をとりつくろって額の汗をハンカチで拭うヒナであった。

 サツキはヒナに尋ねた。


「その天体望遠鏡、ちょっと貸してくれるか? 俺も天体観測したくなった」

「いいけど……」


 ヒナはサツキに天体望遠鏡を差し出す。受け取ったサツキは、星空を映す。きらきらと光る星の姿がよく見える。


「すごいな。でもやっぱり、俺が知ってる星空に似てる」

「そうなんだ。じゃあ、サツキの世界の星空も綺麗だった?」

「ああ」

「そっか」

「でも……」

「でも?」

「なんとなく、こっちの空のほうが、綺麗な気がする」

「なにそれ」


 と、ヒナは楽しそうに笑った。

 前にヒナにもサツキのいた世界の話はしたことがある。えいぐみのみんなもそうだが、いつも興味を持って聞いてくるのである。


「新しい星はどうなったんだ?」


 サツキが尋ねと、ヒナは少し寂しそうに言った。


「なくなったわ」

「そういうこともある」

「前にその星回りを話したわよね。あのあと、ずっと近くにあったいぬ座と離れると、いぬ座はきつね座とぶつかった。きつね座は消え去った。五芒星はずっと動かなかったけど、最後、わずかに動いて近づいてきた新しい星から逃げるようにようにまた動いた。新しい星に閃光を放つように光ると、五芒星の光が弱まって、もう望遠鏡でもほぼ見えない」

「かえる座は?」


 ヒナはくすりと笑う。


「またかえる座? あれは、ゆっくり動いていたみたい。でも、途中で膝を突いたように止まったわ」

「そうか」

「元の星空に還ったように見えて、星座は変わった。星座たちはまた動きを止めた。そして、新しいあの星は、ひっそりと消えた」

「あのまばゆく輝くのがしまい座だったな」

「ええ。昔、あのしまい座は輝きの強い綺麗な星だったそうよ。でも、近年ではその輝きが失われていた。そして、新しい星が登場してから輝きを増し、ついに元の輝きを取り戻したわ」

「輝きを失ったのには理由があったのか?」

「さあ。五芒星が現れ光を強めた頃から、星空における輝きの中心が変わったらしいし、あるべき姿に戻ったのかもね」

「なるほど」


 ヒナが物語りして聞かせてくれた話も、サツキには神話のように聞こえた。

 今度はサツキが元いた世界の話でもしてやろうと思ったとき、望遠鏡に人影が映った。


 ――あれは、なんだ……?


 望遠鏡を下ろして裸眼で周囲を見る。耳を澄ませてみる。


「急にどうしちゃったのよ? サツキのいた世界ではさ――んぅ!?」


 サツキはヒナの口をおさえる。


「静かに」


 と、サツキは声を殺してヒナの耳元にささやく。


 ――え? え?


 動揺して顔を真っ赤にするヒナ。耳に息もかかるし、口はおさえられるし、一体全体どうなっているのか理解できない。まず頭が回っていなかった。

 それに対して、冷静なサツキは、状況を呑み込みつつある。

 敵意を持った何者かが、この近くにいる。それも多数。

 サツキの手が口から離れると、ヒナは心臓をドキドキ鳴らしながらサツキを見る。顔が近い。


「さちゅき……?」

「噛んでるぞ。それより、このままだとまずい。だれにも気づかれてなさそうだな」

「き、気づかれてちゃそれこそまずいわよっ」

「フウサイくらいしか気づいてないかもしれない」

「え、フウサイさんに見られてたの?」

「常に見てくれてる」

「くれてるって、おかしいからっ」


 サツキはヒナの心音にも気づいている。ヒナの鼓動が高まっていた。緊張状態にあると見てとれる。


「ヒナも心音が高まってるな。わかってるなら話が早い」

「ちょ、待って! わかってるっていうか、でも心の準備がまだっていうか」

「大丈夫だ」

「ばっ、ばかっ。そんなこと言われても……」


 と、ヒナはもじもじしている。

 サツキは一瞬で計算する。


 ――見えざる敵が攻めてくるかもしれない。だが、これは士衛組の名を上げるチャンスだ。この状況でぐだぐだ言ってる余裕はない。


 それだけ弾き出すと、サツキはヒナの手を引いて宿内に戻る。


「え? なに?」

「なにじゃない。準備だ」

「準備って、だから心の準備はまだだよぉ」

「フウサイ」

「はっ」


 さっとフウサイが現れる。


「何者かが接近中、敵かもしれない。なにか見なかったか?」

「おそらく盗賊でござる。民家を襲う様子」

「夜盗か。ふむ、ならば決まりだな。戦闘準備をするよう、みんなに連絡を」

「御意」


 また、ひらりとフウサイが消えた。

 サツキは自室がある二階へと階段を駆けてゆこうとしたが、ヒナは突っ立って呆然としている。


「なにしてる。ぼーっとしてるときじゃない。街が大変なことになるかもしれないんだぞ。着替えて武器を持て」

「え、今そういう状況……?」


 目をぱちくりさせるヒナを見て、サツキは背を向けて再び駆け出した。


「急げ!」

「はい!」

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