14 『座興のように戦うべく始動』
二人は部屋で着替えて戦闘準備をした。
フウサイからの伝令を受けたほかのメンバーも、準備ができた者から部屋の外に出てきていた。チナミは巻物によってくノ一の衣装に変身も完了している。
全員が廊下にそろったところで、フウサイが状況を伝えた。
「サツキ殿。盗賊が街を襲いに来ているらしいでござる。その数約四十人。数人ずつの小隊にわかれて活動中。現在、小隊の一つが母屋への強襲を始めたところでござる」
「そうか。俺たちは街の人から盗賊を追い払うよう依頼を受けたわけでもない。だが、この街を守ろう。そうすることで、伝聞によって俺たち
わざわざ周囲の評価と組の立場を気にするあたり、サツキは政治的な目を持っていた。やろうとすることが、ただの武装集団ではない。
――悪を斬ることだけを正義とせず。
サツキはそれを考えていた。サツキの元いた世界で、新選組が京の都で恐れられたと言われていたことは、サツキにとっては学ぶべき点がある。
事実、長州藩による京への放火や天皇拉致といったテロ行為を、新選組は武力によって鎮圧した。特にそうした危ういテロ計画会場を取り締まったのが池田屋事件などである。新選組は大量の人間を斬り殺した殺戮集団などと誤解されることもあるが、実際には原則捕縛であり、どうしても抵抗する場合のみ斬った。圧倒的な力の差がないと、襲ってくる相手をよしよしと優しく捕らえる余裕などない。
当時は「天誅」と称して幕府の人間を斬る、さらには町に火を放つという、主に長州藩を中心とした浪士が多かったため、武力に対抗できる新選組のような武装組織が必要だったのである。吉田松陰がもっとも評価した才子、久坂玄瑞などが池田屋の変で知られる京都焼き討ちを企てたが、長州藩の人間もみなが暴発していたわけでもない。
浪士鎮圧で名を挙げた新選組という京の警察組織は、新政府軍に憎まれていた――当然である。自分たちが計画した天皇拉致や御所放火計画を邪魔されたのだから、彼らにとっては許せるものではない。
新政府軍の目的は当初こそ攘夷、すなわち外国勢力に対抗することであったが、途中から一転して開国を唱えるようになる。幕府側が徐々に外国との窓口を慎重に広げていたのと比べると、新政府の思想は常に極端な転身の繰り返しであった。長州藩が近海にいたイギリス船を幕府に相談もせず勝手に攻撃して返り討ちにされ、そのイギリスから武器や戦術を教わると武力が高まり、幕府側の形勢が悪くなった経緯も見られるが、一貫した思想は倒幕にしかない。
それに対して、幕府側は明治時代以降になって言われる『鎖国』を本当にしていたわけでもなく、軍事もフランス式を学んでいた。それはある種の英仏の代理戦争を思わせる。世界中で行われた英仏の覇権争いも、日本ではイギリスの勝利に終わったとも言えるが、その話はさておき……。
裏でどれほどイギリスに隷属していたかはわからぬが、イギリス式になって力を手に入れた新政府軍は、自らを官軍と呼び、幕府側を賊軍と呼ぶようになった。強大な力を手に入れたその結果、局長の近藤勇は自ら投降しても見せしめに斬首されたし、新選組はひたすら汚名を背負うことになった。勝てば官軍という言葉もそうした背景があって言われるようになった、とサツキは分析している。
やはり、勝てば官軍、負ければ賊軍なのである。
新政府軍たる長州藩を中心とした過去のテロ行為や天皇拉致計画、町への放火などがあとになって糾弾されることもないし、むしろ天皇を尊ぶ尊皇派だと言い出した。長州藩を嫌っていた前の天皇が、新政府軍にとってはそれこそ首尾良くというタイミングで崩御なされ、新政府軍は幼帝を手にした。すると尊皇派の看板を掲げ始めたというわけである。新政府軍がいっさいの殺戮をしなかったかといえば、当然そんなことはない。会津での虐殺蹂躙などは過去の日本的ではない戦方式と残虐性であり、多民族を殲滅する外国の戦に似ている。
新選組が組内で斬ったのも長州藩の間者もいたし、攘夷のためと言って商家から脅迫する物盗りなど問題を起こした者であった。
今でも新選組をテロリスト集団だとか京で嫌われていたなどと言う人もいるが、それでは論理的につながらない部分もあるとサツキは思う。
たとえば沖田総司が京の子供たちとよく遊んでやっていたことは、本当に恐れられていたのなら親が遊ばせる許可も出さなければ、新選組が見回る町への外出も控えさせるだろう。また、土方歳三が京の女性からたくさんの恋文をもらっていたエピソードなどは、新選組が単に京の人間から恐れられたり嫌われたりしていただけでは起こらないことなのではないだろうか。総長の山南敬助もまた、壬生の女性や子供たちから慕われる温厚で心優しい人であったと伝わっている。
つまり、風雲の時流の流れの上では、どちらの主張だけが間違っているということはないのだ。
一方から見ればもう一方が悪に見える。どちらにも守るべき矜持があったのであろう。だが、勝者しか歴史を書くことができない。
それらの洞察を踏まえ。
――敵を殺さないことで守れる名前もある。
とサツキは考えていた。
たった一人でも斬れば、それが伝聞でいくらでも誇大吹聴される。
特に噂好きの京の人はその傾向が強い、と言う歴史家もいたものだが、歴史を書く側――つまり官軍が工作する場合もそういった捏造が起こりうる。
ゆえに、サツキは周到に士衛組をつくりあげ、この組織に『天下に愛される正義の味方』の看板を背負わせたかった。
「一般人を守り、盗賊だけを討つ。殺しはしない。ただ捕らえてしまえばいい。しかし、こちらが殺されるくらいなら
これが士衛組の行動理念である。
今後もそれは変わらない。
もっとも遵守されるべき原則だといえる。
――ガンダスのラナージャで、ジャストンと戦い、俺は圧倒的な力で勝たなければならないと考えた。ここは、それを実行してゆく最初の舞台になる。
サツキの言葉には、納得できる部分もある。しかし、そううまくいくだろうか、とヒナなんかは思う。
――でも、地動説の証明もそう。地動説の正しさを証明することは、あたしたち士衛組の正義を示す根拠にもなる。
だから、ヒナはすぐに賛同した。
「わかったわ。やろう」
「おれも、なんにでも首を突っ込みたくなっちまうタチなんだ」
玄内がぴくりと微細に眉を動かし、不敵な薄い笑みを浮かべた。
「カメなのに首を突っ込みたくなるって……」
「むしろいつもすぐ甲羅に首引っ込めてんのにな」
ヒナとバンジョーが呆れたような顔でつぶやくと、ガチャッと二人の頭にマスケット銃の銃口が当たる。
「無駄口たたく時間、今はねえぜ?」
「はい!」
と、二人は威勢のよい返事をした。
ミナトはニコニコと笑顔を浮かべたままサツキに問うた。
「やるならさっさとやろう。どう戦う? 局長」
「フウサイ。敵は?」
この一言だけで、フウサイはすらすら述べる。
「敵は、東より来ているでござる。約四十いる敵はバラバラに民家をも襲い、大まかには北、南、東の三方に分かれているでござる」
ルカが地図を持っている。フウサイがその地図を指で差して、どこまで敵が迫っているかと示した。ルカはそこに筆ペンでバッテンをつける。ここまで来ている、というマークとして、区分けした箇所に印を入れて地理と敵状を明瞭にした。
――まだそれほど敵は大きく動いていないみたい。
ルカは空間をつなげる魔法を使うだけあり、空間把握能力が高く、地図を読むのが得意だった。
サツキの側で地図を見て補助するのがルカの役割になる。
――それにしても、盗賊の襲来を予想しての散歩じゃなかったのでしょうけれど……初めて訪れた土地とはいえ、地形の把握を怠らないなんて、サツキはただ軍略の才があるばかりでなく、出世しそうね。
と、ルカはうれしかった。
「サツキ。晴和王国にはこんなことわざがあるわ」
「なにかね?」
「『空間把握能力の低い者は生涯足軽』」
「ふむ」
「つまり、空間把握能力の低い者は出世しないという意味よ。よくいるでしょう。後ろを見てないとはいえ道で邪魔になる人とか。道を空けるように立っているつもりでも邪魔になっている人とか。ああいう人は強くもなれない」
これに続けて、玄内が言う。
「逆に言やあ、空間把握能力が高ければ強くもなれるし、出世しやすいってことだな」
ついでに、玄内はちらとミナトを見る。
――強くなる、って意味だけなら、うちじゃあミナトが抜群に空間把握能力が高い。地理を読むのはヒナも感覚のよさがうかがえる。チナミもなかなか。だが、ミナト……こいつは段違いだ。フウサイの空間把握能力も異常だが、ミナトはそれ以上。性格的に出世なんざ興味もなさげだが、強くなりそうだぜ。まあ、すでに強すぎておかしいくらいだがな。
サツキに視線を戻して玄内は言った。
「そういう意味で言えば、おまえは充分合格点だ。さて、局長。あとは司令を出してくれ」
「はい」
サツキはしかと顎を引いた。
戦は地形から理解する必要がある、とサツキは思っている。
だから、視察は必要なのである。フウサイはそれを完璧にこなしてくれる。ルカは地図の把握が得意。あとはそれを生かす。
わずか十秒程度で、作戦も考えた。
サツキは指示を出した。
「壱番隊はここより南を、弐番隊は北を、参番隊は東を頼みます。敵は東から来るため西にはいない。俺とクコとルカの司令隊は参番隊と同じく東を中心に探索します。監察フウサイは影分身で各隊のフォローをしてほしい。特に参番隊への援護に注力してください」
「了解」
「御意」
とミナトとフウサイが答える。
他の者もみなが返事をし、
「さっきも言いましたが、殺す必要はありません。だが、自分が殺されるくらいなら
「戦場での甘さは命取りだ」
と、玄内がサツキの言葉に付け足す。ヒナとナズナはごくりとつばを呑む。特に緊張しているのがこの二人であった。
「まあ、ギリギリでも命があればおれが蘇生してやる。思いっきりやれ」
玄内の言葉に、みんなが「はい」と答える。『万能の天才』のフォローがあれば、隊士たちも伸び伸びと戦えるというものだ。サツキは改めてこの人がいてよかったと思った。
サツキはバンジョーに視線を移した。
「さて。バンジョー」
「なんだ?」
「旗を持ってるかね?」
「おうよ」
バンジョーは旗を取り出した。そこには、『勇』の文字が書かれている。
「旗印の『勇』は士衛組参上の証だ。バンジョーはそれを持って大々的に士衛組の宣伝もしてくれ。むろん、戦うことも忘れずに」
「任せとけよ!」
ぐっと親指を立ててバンジョーは笑ってみせた。バンジョーはこの中で一番声が大きい。その
「各隊、副長を介して隊長の指示に従うように。集合場所は、『カルハザード
サツキの合図にまたみなは短く返事をして出陣した。
同時刻。
そして同じくこのバミアドの街で。
リラは、キミヨシとトオルの二人といっしょに、シャハルバードたち四人と旅をしていた。七人での馬車の旅である。
露店での商売も本日の分は終わり、七人で食事を済ませ、リラはシャハルバードの妹ナディラザードと二人で町を歩いていた。
「兄さんたちはウインドウショッピングっていうのを知らないのよ。リサーチになっちゃうわけ。全部商売に結びつけちゃって参っちゃうわ」
「商人さんですからね」
「せっかく洋服とかアクセサリーを見ても、商売から離れられないから兄さんたちとじゃ楽しくないしね。リラがいてよかったわよ」
「ふふ」
リラは笑う。
にわかに、外が騒がしくなってきた。
「どうしたのでしょう」
「悲鳴も聞こえた?」
「お、おそらく」
二人が話していると、突然それはやってきた。
盗賊たちの襲来である。
「ドーン!
ナディラザードとリラの元にも、三人組の盗賊が襲いかかってきた。リラのバッグが頭巾をかぶった盗賊に盗られる。
「バッグの中身は……なんだ本か! 金はねえじゃねえか」
「その本は……!」
大事なものだから、バッグに入れて常に持ち歩いていたものである。バッグごと捨てる気になっていた盗賊は、リラのリアクションを見てその手を止めた。
「お? こいつは高価なもんかもしんねえな! もらっといてやる」
「返してください」
「やなこった! なんたって、オレたちゃ盗賊だからな」
追いかけようとするリラを指差し、頭巾の盗賊が言った。
「おまえは転んだ! ドーン!」
「え?」
――なんで過去形……?
そう思った瞬間、リラはつまずいて転んだ。その間に、盗賊たち三人組は駆け去ってしまった。
――今のはいったい……。魔法、でしょうか……。
「あ、本は……」
顔を上げて盗賊たちを見るが、もう姿もない。
リラを起こしてやりながらナディラザードが慰める。
「命が無事だっただけよかったわよ。元気出して。ね?」
「大切な物だったんです」
「なんの本だったの?」
「実は、あれは
「そう。それは災難だったわね」
「はい」
しかし、今から取り返しに行けるほど、ナディラザードは強くない。兄のシャハルバードなら戦えるだろう。だが、盗賊たちが逃げたあとでまた探すのは難しい。
「とりあえず、兄さんたちのところに戻りましょう。まずは兄さんに相談したらいいわ」
「そうさせていただけると助かります」
命が無事だっただけでよかったと考え直し、リラはシャハルバードたちが待つ馬車を目指して歩き出した。
――大丈夫。本の内容を思い出して、書き出して、メモを作ろう。もう一つ、仙晶法師さんにいただいた魔法道具も惜しまれるわ。《
奪われた本は、リラの知らぬところで、この一夜の物語の中を巡り巡ることになる。
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