119 『デビルスキル』

 メフィストフェレスはサツキの前に立ち、ファウスティーノに告げた。


「先に言っておこう。ファウスティーノ」

「言うのだ」

「ボクは万能ではない。ボクの力だけですべてを治せるわけじゃない。できることとできないことがある。まず、腕の神経回路をつなげることはできない。これはキミの仕事だ。これに時間がかかる。そう、まさに早くて三時過ぎだ。それまでに終わる保証もないが、結果はキミの努力次第となろう。次に、死んだ命を蘇生させることだ。今回は大丈夫だったが、しろさつきくんは命の危機に瀕していた。そして、そこから意識を回復させるのはボクの力でどうにかなるものじゃない。彼に自らの意識を覚醒してもらうしかない」

「わかっているのだ」

「それならいい。治療を始めよう」

「指示を出すのは私なのだ。メフィストフェレス」

「仕切るつもりはないよ。ボクはね、ファウスティーノ。どうしても彼を良くしてやりたいんだ」


 ファウスティーノもそれはわかっているので、さっそく指示を出した。


「さて。メフィストフェレス、城那皐の腕を治療できるように変えてくれ」

「お安い御用」


 トン、と人差し指でサツキの左腕を叩く。しかし、メフィストフェレスが触れたことによる変化が、ミナトとルカにはわからなかった。


「なにが起きたんです?」

「わからないわ」


 しかしファウスティーノは構わずサツキの腕にメスを入れた。


「せっかくつなげたのに、また切るんですねえ」

「仕方ないわよ。神経回路をつなげるには、切開するしかないのだから。でも、おかしいわ。血が、出ていない……」


 ミナトとルカが見守る中、ファウスティーノに代わってメフィストフェレスが説明した。


「驚くことじゃない。これは、腕の時間が止まったと思えばいいよ。今、城那皐くんの左腕はこの世とは違う時間の流れにある。まあ、イメージとしては、ものすごく時間がゆっくり流れているのを想像すればいいさ。ファウスティーノの治療中はこの状態が続くから安心していい」

「いやあ、人間業じゃァないですねえ」

「悪魔だからね、ボクは」


 とメフィストフェレスが答え、二人は笑った。ルカは笑えなかったが、ファウスティーノの技術は見られるだけ観察することにした。ルカは医者として、名医のファウスティーノを見に来たのだから。

 ファウスティーノはメフィストフェレスに言う。


「ここから私は集中して作業していく。おまえの相手ばかりはしていられない。そして、おまえにも仕事がある。私が治療した城那皐の傷を、より綺麗にしてやってくれ」

「お任せあれ。ファウスティーノ」


 メフィストフェレスは小気味よく仕事をしていく。サツキの傷跡を「ふんふん」とうなずきながら見て、その箇所を指先でなぞってゆく。

 すると、そこが見た目には元々傷がなかったみたいに綺麗になってしまった。


「傷跡が消えた。すごいですねえ、メフィストフェレスさん」

「なんてことはない。ファウスティーノがここまで治療したからこそだ。これはフェイクみたいなものだから、あとは自己治癒によって本当の意味で綺麗に治る。しかし彼は随分と無茶するタイプのようだね。あちこち傷だらけだよ」


 と、メフィストフェレスが笑う。

 ルカも、ミナトのように言葉にはしなかったが、内心では驚いていた。


 ――悪魔の所業に理屈は求めてないけど、本当にすごいわ。傷口がわからなくなってしまった。ファウスティーノさんの技術も驚くほどで、縫った跡も目立ちにくかったっていうのに、今ので完璧に治ったみたいに思える。


 このあと、サツキが完全にすっかり治ったかに見える姿を見れば、観客たちはびっくりするだろう。だが、これもコロッセオの医療班の技術と気にしないかもしれない。

 メフィストフェレスは小さな傷も丁寧に触れてゆくが、サツキの目にも触れているのにルカは気づく。


 ――目は怪我したかしら? 最後、目も見えなくなっていたようだった。まぶたにも傷があったのかもしれないわね。


 サツキの左目に触れたメフィストフェレスは、うれしそうにニヤリとした。ルカにはそう見えた。


 ――今の顔は、なに……? 思い違いかしら……?


 年齢もわかりにくいメフィストフェレスの顔に、またわかりにくい微笑が浮かんだとて、そこに意味があったとは言えないかもしれない。だが、ルカは少し引っかかったのだった。

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