48 『入眠と白昼夢』

「な! 何者だ!」


 盗賊団の頭領シムシムが慌てふためく。


「ワタシは『船乗り』シャハルバード。あなたが盗賊団の頭領シムシムだな」

「なんだってんだ! オレの魔法《開けゴマ》を、知ってやがったってのか!」


 ここで、ケイトがサツキとミナトの二人に向かって聞いた。


「ボクに任せてもらえますか?」

「はい」


 サツキが答える。


「こ、この『やみしんりゃくしゃ』シムシム様に、刃向かおうってのか?」


 多勢に無勢となったシムシムが、ギリと奥歯を噛む。

 ケイトはキザな微笑で魔法を唱えた。


「《白昼夢デイドリーム・イリュージョン》」

「お!?」


 それだけ言ったあと、シムシムは固まって動かなくなった。ただ、その表情は悲壮感に満ちているように見える。


「なにをされたんです?」


 ミナトに聞かれ、ケイトはにこやかに言った。


「この魔法は、連堂家でもボクしか使えないものです。《幻想視ファントム・ビジョン》では視覚による幻を見せるだけなんですが、こちらは音も匂いも再現する。しかも、意識だけを切り離す。身体は動かなくなります」

「要は、完全に無防備ってわけですか」


 と、サツキも理解する。


「ええ。この魔法をかけられた者は、白昼夢を見ていたような感覚になるんです。彼には、宝物をすべて失った白昼夢を見てもらっています」


 サツキは自分なりに解釈した。


 ――入眠効果と見ている夢を自在にコントロールする効果を持つ魔法と言ってもいいだろうか。単なる幻を見せる魔法という域を超えている。すごいな、ケイトさん。


 ケイトが薄い微笑を浮かべ、クールに促した。


「さあ、今のうちに捕縛を」

「フウサイ」

「御意」


 さっとフウサイが捕縛する。サツキが名を呼ぶだけで、二秒と経たずに仕事を終えた。

 これによって、盗賊団を無事すべて捕らえることに成功した。

 ミナトがニコニコしながら、


「夢が現実になってしまったなあ」

「これが夢なら覚めてくれって思ってんでしょうけど、寝ても覚めてもいっしょじゃね」


 と、ヒナが苦笑いになる。

 サツキはケイトのこの魔法を見て、少し前に話したことを思い出す。


 ――ケイトさんは前に、自分だけ使える魔法があり、それは「必要に迫られたら使うことになる」と言っていた。だから詳細はまだ伏せさせてくれと。今、士衛組が圧倒的に有利な立場で、ケイトさんが《白昼夢デイドリーム・イリュージョン》を使う必要もなかったのに。これは、士衛組への信頼からだろうか……。


 ケイトに出会ってそうした話をして、一ヶ月近くが経過している。この期間は、ケイトにとってはそんな信頼を育むのに充分な時間だった。


 ――考えてみれば、俺自身、浦浜で感じたようなケイトさんへの怪しみはなくなっていた。信頼していた。互いに、そうなっていたらいいな。


「ついでだ」


 玄内は手の中から鍵を取り出す。


「《魔法管理者マジックキーパー》」

「先生、そいつのも取るのか。えげつないっすね」


 バンジョーは感心しきりである。今日だけでかなりの数の魔法を没収するところを目撃しているのだから、畏怖のようなものさえあった。


「その魔法、没収だ」


 鍵をひねり、魔法を没収する。


「なるほどな。魔法名は《開けゴマ》。岩に開閉できる戸を作り、その中に空間を作ることができる。岩石の大きさに応じて空間の広さが変わる。『開けゴマ』と唱えると開閉でき、唱えるのは本人でなくとも可。また岩以外にも鉱物全体が効果の対象、か。このままじゃ微妙過ぎる。あとで改良しておくか」

「すごい……」

「うん」


 ナズナが驚き、チナミはそれに同意した。別の魔法に生まれ変わらせるのか、魔法道具にするのか、それはわからない。だが、この人が仲間でよかったと二人は思ったのだった。

 シャハルバードはサツキを振り返る。


「サツキくん。このお宝をどうする?」


 試すような質問だった。

 先に、シャハルバードはサツキの値段をつけて鑑定していた。だが、この質問によって鑑定額を見直すつもりだった。


 ――サツキくん。キミはいったい、どんな人間なんだい?


 サツキは即答した。迷いはない。


「見つけたアリさんには申し訳ないですが、シャハルバードさんたちの許可さえ下りれば、このお宝はバミアドの人たちに還元したいと思っています。闇夜ノ盗賊団が盗んできたお宝は、ほとんどがバミアドからだという話ですから」


 シャハルバードは大きくうなずいた。


「それはいい。ワタシに異存は無い。アリ、いいかな?」

「もちろん、シャハルバードさんがいいなら。おいらは報告するしかできなかったし」

「うん。じゃあ決まりだ。さっそくお宝を持って行こう」


 最後に、黙って成り行きを見守っていた玄内が言った。


「なら、おれが運んでやる」

「どうやってですか?」


 バンジョーに聞かれて、玄内は外に出て、甲羅から取り出した杖で魔法陣を描いてゆく。それも直径五メートル以上はあるだろう。


「この魔法陣の中に入れてってくれ。それを箱に閉じ込めて運ぶ」

「おーし!」


 さっそくバンジョーが動き出し、みんなで魔法陣の中に収まるようにお宝を置いていった。お宝は山積みにされ、かなりの分量になった。月明かりに照らされてキラキラ光り輝いている。


「よし。いいな。《暗黒のブラックマジックボックス》って魔法だ」


 トン、と玄内が杖を叩く。

 すると、魔法陣が消えて、その中にあった物が黒い箱の中に入ってしまった。一辺が五メートル四方の立方体である。


「中に入れる物の大きさによって、この暗黒の箱は大きさを変える。こいつをやつらの魔法で運ぶ」


 続けて、玄内はさっき没収したばかりの魔法を使う。《甲羅格納庫シェルストレージ》で甲羅の中から笛を取り出し、適当なロープを放り投げた。


「びぃー」


 サツキが戦った相手、『バミアドの蛇使い』ペラサの魔法である。プーンギーによってロープを操ることができる。しかも、このロープは大きさを変えることもできる。

 ロープはコブラのような形になり、玄内はその頭の上に座っている。その高さはペラサ同様十メートルはあるだろう。だが、太さはペラサとは桁違いだった。大樹の幹のような太さになり、《暗黒のブラックマジックボックス》も余裕で乗せてしまう。


「すげえ……」

「なんじゃこりゃあああ!」

「でっか!」


 アリとバンジョーとヒナが驚き、玄内を見上げている。


「《コブラ踊りロープダンス》。物を運ぶにも使えるとはな。おまえらも乗っていけ」


 玄内が呼びかけ、士衛組とシャハルバードとクリフとアリが尻尾に乗って、砂漠の道をするすると歩いていった。

 星空瞬く夜の砂漠に浮かぶシルエットは、まるでアリの好きな大冒険の物語の一ページのような不思議さだった。

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