18 『アナザーワールド』

 サツキは、言っておくべきことを思い出した。


「ヴァレンさん。先に伝えておかなければならないことがあります」

「なにかしら?」

「俺は、この世界の人間ではありません。異世界から来ました。クコによって召喚されたんです」


 一瞬、ヴァレンは目を大きく見開いた。しかしすぐに優雅な微笑に戻る。


「だから、あなたは不思議な空気をまとってるのかしら。いいえ、あなたという人物が特別なのね」

「ワタクシ、驚きました。本当なのですか?」


 ルーチェは素直に驚き、リディオは「すげー!」と喜び、ラファエルは疑いの眼差しを向ける。

 これにはクコが答えた。


「はい。わたくしの家庭教師をしてくださっていたふじがわはかに、召喚方法を学び、世界樹の根元でサツキ様を喚び出しました。だれが来るのかわかりませんでしたし、成功するかもわからなかったのですが、サツキ様でよかったです」


 うれしそうに語るクコの言葉に、それぞれが思い思いに反応するが、ヴァレンは疑いもせず驚きもせず、「なるほどね」と納得を示した。


「気になることはあるけど、あとでゆっくり、あなたが話したくなったときに聞かせてね」

「今からすると長くなりますし、そうさせてください」


 サツキの返事を聞くと、ヴァレンは小さくうなずき、一同を見回した。


「みんな、裁判が終わるまではこの街にいるのよね?」

「そうよ。あたしのお父さんの裁判のために、あたしたちはここに来たの。ていうか、本当になんでも知ってるのね」


 ヒナの答えを受けて、ヴァレンは言った。


「じゃあ、それまではごいっしょしましょうか。この街をあなたたちが出るとき、一度別れるわ。アタシの拠点はこのマノーラだから、それ以降はなにかあればこの街へ手紙を出してちょうだいね」


 こういったことも、ルカはメモを取っていた。

 ヴァレンは語を継ぐ。


「それに、アタシたち『ASTRAアストラ』は世界中に散らばってるの。各地でこちらから接触することが多々あるということを、先に言っておくわね」

「だったら、次に会うのはアルブレア王国か?」


 バンジョーが尋ねると、


「そうなる可能性が高いでしょうね。少なくとも、アルブレア王国での決戦には必ず参戦するわ」


 ということだった。


「承知しました」


 サツキが丁重に答えると、ルーチェがにこやかに言った。


「お話がまとまったようでなによりです。カルボナーラもそろそろできますので、ワタクシは配膳を手伝って参りますね」


 その後すぐ、カルボナーラが運ばれてきた。


「おまちどおさまです」


 店主が料理をつくるこの店では、残っているのは配膳担当の店員と店主の二人だけである。

 ルーチェと合わせて三人がカルボナーラをテーブルに並べた。

 ヴァレンは配膳してくれた店主のおじさんに「ありがとう」とお礼を述べ、士衛組一同に言った。


「アタシおすすめの絶品カルボナーラ、召し上がれ」

「おう! いただきまーす!」

「いただきますっ!」


 バンジョーとクコが待ちきれなかったように食べ始め、他のみんなもいただきますと口にしてから食べ出した。


「うめえ! うめえぜ! この前マノーラで食ったカルボナーラもうまかったけど、これはまたすげえぜ!」

「そんな早食いで、ちゃんと味わかってる?」


 ヒナはバンジョーにジト目を向ける。

 参番隊の三人もカルボナーラを頬張って、


「おいしい……」

「そうだね。リラ、気に入っちゃった」

「同感。本場の味がこれほどクリーミーで濃厚だったなんて衝撃」


 ナズナ、リラ、チナミの会話に混ざるようにヒナも大仰にうなずいた。


「そうだよね。晴和王国じゃ生クリームを使うけど、こっちじゃ使わないもんね」

「ほう」

「どおりでいつもの味と違うわけね」


 サツキとルカが納得した。

 うめえうめえと食べているバンジョーと、口の周りにソースをつけているクコを見て、ヒナは呆れたように言う。


「あんたたち二人共、先生を見習ってもっと落ち着いて食べなさいよ」


 玄内は黙々と食べる。


 ――おれも知らない穴場の店を知れる。これだけで、ヴァレン一派と同盟を結ぶ価値があるってもんだ。世界各地でその土地での穴場の店を知る機会を得られるとはな。旅はするもんだぜ。へっ。


 ミナトは笑って、


「聞こえていないみたいだなァ。まあ、その人なりにおいしくいただくのが一番ってことだねえ」


 クコはルーチェの視線に気づいて、パスタを口に入れる直前で食べる手を止めた。


「ルーチェさん?」

「すみません。あんまりおいしそうに食べていらっしゃったので。クコ様はリラ様から聞いていた通り、魅力的なお方ですね」

「いいえ。そんな」


 褒められて謙遜するクコに、ルーチェはにこやかに語を継ぐ。


「リラ様とは夜も遅くまでおしゃべりしたりしましたが、時間としては丸一日いっしょにいたくらいです。それでも、リラ様ばかりでなくクコ様の魅力もとても伝わってきましたので、どのようなお方なのか、実際にお会いしてみたかったんですよ」

「まあ! リラったらなにを言ったのでしょう」


 ほっぺたをおさえて照れたようにするクコを見て、ルーチェとリラは顔を見合わせて笑った。


「お姉様が恥ずかしがるようなことはお話ししていませんよ」


 元気なリディオはバンジョーと打ち解けていっしょになっておしゃべりを楽しみ、隣のラファエルは静かにお行儀よく食べる。

 クコもルーチェとおしゃべりをしていて、ミナトとヴァレンも意外にも会話が弾んでいる様子だった。

 外からもなんだか賑やかな声が聞こえてくるようである。

 サツキはみんなを眺めて考える。


 ――ヴァレンさんは、カリスマ性で組織を牽引しているタイプとみた。そうなると、組織を管理する存在が必要だろう。ルーチェさんは常にヴァレンさんと行動を共にしているから難しい。『メイドしょ』だとも言っていたし、別の最高幹部が存在するはずだ。


 そこで、記憶としてつながる部分が二つある。

 ただ、どちらも同じときの記憶とつながるのだ。


 ――ルーチェさんとリディオ。二人の名字は、俺の知っている二人とそれぞれ同じだ。容姿も似ている。そして、《出没自在ワールドトリップ》。これを妹の魔法だと話していた。となれば、あの二人が……。


 サツキは二人の青年との再会を期待する。

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