21 『呼吸の隙』

 ヒナは逆刃刀『げんげつ』を抜いた。

 相手はアルブレア王国騎士、『げんどういき友水京山ユーミー・ケーザン


「私も」


 と、チナミも抜刀する。

 刀は、良業物『れいぜんすか』。

 二人を相手に、女騎士ケーザンは独特なポーズのまま言う。


「ノンノン。剣でワタシに勝てるとでも?」

「やってみないとわからないでしょ」

「ワタシの魔法は特別なの。その名も、《ヨガのきゅう》。ヨガによっていろんなポーズを取れるわ。呼吸をすると、息を吐く場合でも吸う場合でも、一瞬でポーズを別のものに変えられる。つまり、攻撃は当たらないってわけ」

「別に、ポーズを取れるだけで、絶対に攻撃が当たらないってわけではないですよね?」


 チナミが言うと、ケーザンは手を広げる。


「まあね。ただ、そんな技術があんたたちにはないってこと」

「そんなのわからないじゃない。行くよ、チナミちゃん」

「はい」


 船の上でも、ヒナはチナミと剣術の修業をしてきた。玄内にも見てもらった。それゆえか、二人での連続攻撃はなかなかの速さだった。だが、それらをケーザンは様々なポーズで避けてゆく。

 ヒナがすっと下がって、チナミもそれに合わせて攻撃の手を止める。

 肩で息をしながら、ヒナが言った。


「全然当たってくれない。あいつの息を乱すより、あたしが先にへばっちゃうわ」

「仕方ありません。相手は避ける名人です」

「でも、悔しいわね」

「はい。一回でも当てないと気が済みません」


 二人の会話を、ケーザンはうれしそうに聞いていた。


「やっとワタシのヨガが名人技だとわかったみたいね。ただ、親切で攻撃を受けてあげるわけにはいかないの」

「もちろん、実力で当ててやるわよ」

「ヒナさん。私、そろそろ忍術も使っていいですか?」


 チナミにそう言われて、ヒナは目を丸くした。


「え。いいけど、クナイを投げるの以外にも使えるの?」

「当然です。私が隙を作ります。ヒナさんは剣で攻めてください」

「わかったよチナミちゃん!」


 懐に手を入れ、チナミは動き出す。


「行きます」

「はい!」


 元気なヒナの返事が終わるや否や、チナミは地面にまきびしをまいた。


「《撒菱まきびしじゅつ》」

「すごいっ! あ、攻撃っ!」


 感心して動きが止まるヒナだが、少し遅れて攻撃に転じる。

 ケーザンは即座に反応した。


 ――へえ。『小さな仕事人』、あんたも暗器使いだったのね。


 一瞬でポーズを決めて避ける。

 だが、相手に向かって駆け出すヒナの顔の真横を、なにかがすり抜けた。


「うわっ!」

「《かえししゅけんつばめ》」


 ヒナの顔の真横を通り過ぎた物体は、手裏剣だった。それも二つ、顔の左右を通り抜けたものだから、ヒナはびっくりして動きが鈍っている。


「今です、ヒナさん」

「あ、そうだね! やあっ!」


 斬りかかるヒナの刀と、チナミの投げた二つの手裏剣がケーザンを襲う。先に届くのは当然手裏剣で、ケーザンはこれを避けるために一つの呼吸でポーズを決める。


「イスのポーズ! 痛っ! 足の裏!」


 まきびしという忍術を知らなかったのであろう、足の動きが封じられたとも気づかずにポーズを取ったので、まきびしを踏んづけてしまった。両手をあげてロケットが発射するように飛び上がった。

 そこをすかさず、ヒナが斬りかかった。


「舟のポーズ! 半月のねじりのポーズ!」

「えいっ!」


 ヒナの連続での追い打ちが激しく、ケーザンは過呼吸になる。


 ――呼吸が、追いつかない! 本来なら、相手の攻撃を見切って、深入りしてきたところを暗器で仕留めるのがワタシの戦い方。でも、こいつら……いえ、この『小さな仕事人』の多彩さはなに!?


 ケーザンは空中で三度目のポーズを取った。


「三日月のポージァァァアッふっ!」


 ついにヒナの剣がケーザンを捉え、腹を打った。逆刃刀だから腹が切れることはないが、普段から攻撃などくらったこともないケーザンには、ダメージが大きかった。


「ぐはっふわっ!」

「ごめんよ!」


 と、ヒナは言って下がる。


「逃げますよ、ヒナさん、ナズナ」

「オッケー!」

「う、うん」


 三人が逃げ出す。

 ケーザンは気力でポーズを取る。


「カラスのポーズ!」


 手を地面につくことで、手だけで身体を支えるポーズである。これによって、手をうまく動かし着地時にまきびしを踏まないようにした。


「ふう……」


 ――間一髪だったわ。まさか、このワタシをここまで苦しめるなんて、やるじゃないの!


 なんとかまきびしをすり抜け、ゆっくりと足を下ろしてゆく。すり足でまきびしのない場所まで移動した。


「やってくれたわね! 逃がさないわよ! けええええええい!」




 先に逃げ出していたヒナとチナミとナズナ。

 三人は、角を左に曲がっていた。

 そこでナズナは空を飛び、急上昇する。

 ナズナとチナミがうなずき合い、ヒナが目を閉じて耳を澄ませる。


「…………着地…………足も」

「……」

「…………すり足も……終わり。来るよ」

「はい」


 ヒナの魔法|兎《うさぎみみ》で相手の情報を得ながら、機を見ていたのである。


「……来る」

「《潜伏沈下ハイドアンドシンク》」


 ずぼっと、ヒナが地面に引きずり込まれる。もちろん、地面に潜ったチナミが手で引いてヒナも潜らせたからである。

 角を曲がってきたケーザンは頭を左右に振って周りを見回す。


「いない! どこに行ったっていうの! この時間で向こうの角まで曲がるのは無理なはず!」


 ふと、下に目線を落としたとき、ヒナの顔だけが道に浮いているのが見えた。身体は地面に埋まっているらしいとわかる。


「あんたのほうは魔法も使わない感じだったけど、それがあんたの魔法だったわけね!」

「え、違う違う!」


 そのとき、上空にいたナズナは、


 ――あ、喉が、大丈夫になった! 助けないと!


 喉が回復したことで、魔法を使う。


 ――技は、《超音波飛板ドルフィンバウンド》! 


 ナズナは超音波を発した。


「あー」


 すると、地面に埋まったヒナを攻撃しようとしたケーザンの眼球に向かって、地面から砂が飛び上がってきた。地面を震わせて、地上の物体を跳ね上げさせる魔法である。


「痛っ! 目が!」

「ナイス、ナズナ」


 つぶやき、チナミが地面から飛び出して、縄を手にケーザンの背後から仕掛ける。


「《ふくろうしばり》」


 これも、フウサイに教わった忍術である。

 ケーザンは縛りつけられ、身動きが取れなくなった。


「ハトのポーズ! うっ! まったく動けない! けええええええい! 引きちぎってやるぅー!」

「ねえ、チナミちゃん。あたしを地面から取り出してよ」

「そうでしたね」


 チナミはヒナを地面から引きずり出してやる。

 縛られて身動き取れなくなったケーザンを見て、ヒナは笑顔で言った。


「勝ったね! やったぁ! さて、どうしよっか?」


 ナズナも空から下りてきて、チナミの判断を待つ。


「まあ、この魔法は先生に没収してもらうようなものでもないでしょう」

「じゃ、じゃあ、どうするの?」


 と、ナズナが問う。

 チナミは黙々と懐に手を入れ、扇子を取り出す。縄を抜けようともがくケーザンの顔に、チナミは左手を伸ばして目を開かせる。ナズナの超音波による砂がすでに入っており、目は充血していた。


「な、なに?」

「おやすみ。《みんえん》」

「けええええええい! また砂ァァー! 砂は嫌砂は嫌砂はすぅ……」


 ころりと眠ってしまった。

 ヒナは自分の目尻を触り、


「痛そう……」


 と同情していた。


「そう、だね……」


 ナズナも自分まで痛そうな顔をする。逆にチナミはまるで同情することもなく二人に声をかけた。


「宿に帰りましょう」


 寝っ転がったままのケーザンをちょっと不憫にも思いながら、ヒナはうなずいた。


「だね。この人もこれで懲りたでしょ。あたしたちはバンジョーに夕飯の材料を届けてやらないとだもんね。ついでにクコにも手紙を渡さないと」

「はい」

「うん」

「あんまり遅いと先生にもどやされそうだしさ。行こう」


 ヒナたち三人は宿への帰路についた。

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