22 『距離の扉』

 ヒナたちが戻る宿の厩にある馬車――その一室には、晴和王国のとある家につながっている扉がある。

 扉の先は玄内の別荘であり、現在、二人の客を迎えていた。

 客間に通して、玄内は渋い声でぶっきなぼうな挨拶をする。


「今、茶を淹れる。くつろいでくれや」

「すみません」

「わかりました」


 丁重に会釈する青年と素直な返事をする少女。

 さっきまではわざわざクコがラナージャの宿からお茶とお菓子を持って来ていたが、むろんこの家にもお茶を淹れる用意はある。

 玄内がお茶を出してやった。

 二人は、自己紹介をした。


「まだ名乗っていませんでしたね。私は、武賀むがくにたかとうと申します。世界樹の近くのこの山に腕の立つ剣士がいると聞いてやって来たところ、夜になってこちらのお宅を見つけ、お邪魔させていただけないものかと参りました」

「姫は、さんえつくにの姫、とみさとうめです。トウリさまと旅をしています。十一歳になります」


 武賀ノ国の鷹不二桃理ならば、玄内も知っていた。


 ――ほう。『たかのナンバー2』にして、『ほほみのさいしょう』鷹不二桃理か。おれとは同じ、王都の治安維持を担う『おうてんのう』の一人。『おううらばんにん』。しかし、会ったことはなかったぜ。


 互いに、『おうばんにん』ヒロキを通して印象を知っているだけなのである。

おうしゅしん』玄内と『おうかんしゃ』リョウメイを合わせた四人のうち、面識がないのはこの玄内とトウリだけだった。

 一応、トウリが武賀ノ国でリョウメイが建海ノ国だから、互いが干渉することはなく、顔を合わせることもほとんどない。ヒロキとリョウメイも基本的に接触はない。『王都護世四天王』の顔役ともいえるヒロキが、玄内とトウリそれぞれに会う程度の関係性なのだ。

 また、玄内は参越ノ国の富郷氏も会ったことはないが知っている。


「おれは玄内。この通り亀の姿だが、元は人間だ」


 トウリは玄内の名を聞き、


 ――やはり。玄内さんだったか。


 と思った。

 亀の姿をしていることは、トウリもあらかじめ知っていた。


「悪いな、王都のこと任せちまって」

「いいえ。玄内さんにもなにか大切な目的があるのでしょう」

「まあな。急になったが、王都のほうはどうだ?」

「変わらず、ヒロキさんがよく治めてくれています」

「そうか」


 二人の会話の切れ目に、ウメノが目をきらきらと輝かせながら質問する。


「元々はどんな人なんですか? 姫は気になっています」

「よく渋いとは言われるが、しがないただのおやじさ」

「へえ! 見てみたいです」

「姿を取り戻したらな」

「わぁ! お願いしますね」

「構わねえぜ。その姿でまた会うことがあれば、自然そうなるからよ」

「約束ですよ」

「ああ」


 平然とした玄内の言葉だが、トウリはやや困ったような微苦笑で謝る。


「この子の差し出がましいお願いにもお応えいただき申し訳ありません」


 ウメノは怒ったようにトウリを見上げて、


「姫は玄内さまともっと仲良くなりたいのです。差し出がましく言っているのではありません」

「そうだよな、嬢ちゃん」


 と、玄内が相槌を打ってやると、ウメノはにっこりと大きくうなずいた。


「はい。姫とお友だちになってください。そして、トウリさまとも」

「ああ」


 快く答える玄内に、トウリは微笑む。


「恐縮です。時に、玄内さん。元の姿を取り戻すアテはあるのですか?」

「一応な」


 アルブレア王国のエクソシストに会いに行くところだ、とは言わなかった。そこまで言ってしまうと、アルブレア王国へ向かって旅をしているはずの自分が晴和王国にいることがおかしくなるからである。魔法のことを明かすのは特別な意図がなければ避けるものである。


「早く戻れるといいですね」


 おかっぱ頭の前髪を揺らして、ウメノはにこっと言った。

 玄内はその笑顔に、どこかリラを思い出した。アルブレア王国第二王女としての自覚も薄く、あどけない顔だった。


 ――おれの記憶じゃあ、前に会ったとき、リラはまだこんなもんだったな。年は一つしか変わらないが、ウメノは二年前くらいのリラに似てるな。懐かしいぜ。おれみたいな怖がられる顔の人間相手だろうが人懐っこいところもよく似てる。


「ありがとな」


 ウメノに礼を言って、トウリに目を向けた。


「それで、武賀ノ国のナンバー2が直々にこんなところまで来てるんだ。探してるっていうその剣士は並じゃねえんだろうな」

「ええ」


 トウリは自分たちが剣士を探していることを告げたが、どんな剣士なのかは伏せておく。


 玄内はあごをさする。


「強い剣士ってのはそこら中にいるが、中でも格別な腕を持つやつは確かに少ねえ」

「そうですね。兄の探す剣士は本当に特別でしたから」

「出会いってのは巡り合わせだ。そのうち会えるといいな」

「はい」


 ウメノが質問する。


「玄内さまは会いたい人はいますか?」

「おれか。おれは、そうだな……二人いる。が、いつ出会えるかは運だからな」


 出会いたい相手は、二人。

 自分の身体を取り戻させてくれるかもしれないエクソシスト・ヴァージル。クコによれば彼はアルブレア王国のウッドストン城にいるらしい。

 もう一人はリラ。こちらは道の途中で巡り会えるだろうと思っているが、いつになるのかはわからない。


「運ですか」

「まあな。どっちも同じところにつながってる。時間の問題だ」

「その時が早く来るといいですね」

「ああ」


 ウメノはにこにこしながら話していたが、ふと思い出したように言った。


「そういえば、姫にも会いたい人がもう一人いました」

「ほう」

「リラさん――ええと、王都で出会ったお姉さんで、姫のあこがれです! けん玉もつくってくれました!」


 けん玉を取り出して、披露してみせる。


 ――リラ、か。おれの知っているリラなのか? だったら、なぜこいつらがリラを知っているんだ。


 他にも疑問はある。


 ――気になる文言はまだある。「王都で出会った」。なぜ、王都だ。リラはつい先日アルブレア王国を旅立った、とクコには手紙で報された。アルブレア王国から晴和王国までの距離を考えても、リラが王都に行ったとは考えにくい。かといって、こいつらと出会ったのがかなり前の話だとも思えない。けん玉がきれいすぎるからだ。それに、「つくってくれました」が引っかかる。確か、浦浜で、藤馬川博士からクコへの手紙に、リラが魔法を創造したと書いてあった。つまり、リラにけん玉をつくる技術があるとすれば……それは魔法で創造されたもの。であれば、なおさら、最近の出来事でないとつじつまが合わない。物体の時を戻す魔法でけん玉をきれいな状態にしたわけじゃないだろう。こいつらはいったい、リラとどうつながってる……? そしてリラは今、どこでどうなってる?


 トウリとウメノに対して、疑問を抱いた。

 が。

 自分が今、アルブレア王国へ向かって旅をしていることは言えない。他者に情報が漏れることは、サツキの計画の邪魔になる可能性もあるからである。

 だからリラには触れられなかった。


「いいけん玉だな」

「はい!」

「会える予定はあるのかい?」

「たぶん、しばらく会えません。いつになるでしょうか。姫が今度、シャルーヌ王国やアルブレア王国に行くときに会えるかもしれません」

「そうか。アルブレア王国……」


 一つだけ確信できたことがある。


 ――こいつらの言うリラは、おれの知るリラで間違いない。王都で出会ったというのも本当だろう。ならば、リラが晴和王国まで移動した手段は魔法以外にない。そして、それはリラ以外の人物の魔法によるものだ。だが、それ以上のことがわからねえ。


 一方のトウリは、玄内の反応に疑念を持った。


 ――玄内さんは、リラさんを知っているはず。アルブレア王国の現国王夫妻の結婚式を演出した。


 それゆえに『総合芸術家』の異名をとった。


 ――アルブレア王国王家とは浅からぬ関係がある人だ。なのに、なぜなにも言わないのだろう。おれたちに警戒心があるのかな。


 もし迂闊に話せば、リラやアルブレア王国王家に危害が及ぶかもしれない、と考えることもあり得る。


 ――玄内さんにとって、おれと姫への警戒はおかしな話じゃない。でも、逆はどうだろう。リラさんには事情がある様子だった。玄内さんもそこに絡んでいて、今現在リラさんの敵側にいる可能性はないだろうか。


 ない、とは思っている。

 同じ『王都護世四天王』として王都の治安を守るような人が悪人なわけがない。ただし、そこでの玄内の仕事は魔法の没収であり、その特権として他者の魔法を得られる。利益の大きい仕事だから手伝っているだけといった場合もあるのである。現にリョウメイは利益のために手伝っているだけだ。

 念のために、トウリは考え得る限りのことを考えてみることにした。


 ――リラさんの安全のために、ちょっと頭を使うくらいなんてことはない。リスクを排除しておきたいしね。


 トウリと玄内の読み合いが始まった。

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