23 『三人の値打ち』

 夕闇が深まったラナージャ。

 アルブレア王国騎士と戦うことになってしまったミナトであったが、エヴォルドとの戦いは意外なところで終幕の合図があった。

 幌馬車が走ってきた。

 剣士として、エヴォルドの実力を知り剣を合わせてみたかったが、手合わせしてだいたいわかった。

 魔法もかっこよかったが、肝心の剣なら船で戦った相手のほうが数段腕が立つ。あの『けんせい』はキレのある良い腕だった。

 それゆえ、ミナトはもうエヴォルドへの興味も失って、馬車と夕闇にまぎれて逃げることにした。


 ――これ以上戦っても、斬り殺さなければやめない、とか言い出されたら面倒だ。血など見たくもない。


 ミナトはより細い路地に入った。

 家と家の間が二メートルほどしかない。

 左右の壁を蹴るようにして屋根の上にのぼって、ミナトは街を眺める。


 ――一応、さっきの騎士の様子も見ておこう。剣を拾って血まなこになって僕や士衛組を探すようなら、戻って斬る……。


 それほど高くはないが、道はよく見える。

 時間と距離を考えると、サツキたちの姿までは見えそうにない。路地が違えばそもそも見えないだろう。


「さっきの馬車、北に行くようだ。あの騎士は剣も拾わないでどうしたんだろう」


 でも……、と考える。


 ――戦意喪失、剣も持たないのなら、サツキと遭遇しても怖くない。距離的に出会うこともないかな。

 見渡して、ミナトは言葉を続けた。


「あ。今気づいた。最初から屋根の上を走ってゆけばよかったんじゃないか」


 ミナトは走り出す。

 屋根と屋根の間を飛び、まるで忍びの者のように軽快に宿へ向けて走り出した。




 ミナトが見送った幌馬車。

 その運転手が、後ろの車内に呼びかけた。


「今、良さげな剣が落ちてましたが、拾って来ましょうか?」


 車内からは鷹揚な声が返ってくる。


「やめておけ、クリフ。だれかが落としただけかもしれない」

「わかりました」

「シャハルバードさんはホントに細かいことにこだわらないや。まずまずの値段で売れそうなのに」


 少年が、幌馬車から顔を出して剣を確認して笑った。

 この幌馬車には、リラとキミヨシとトオルが乗っていた。

 シャハルバードたちは、リラの旅に同行してくれることになった人たちで、ちょうどこの日、ラナージャを発つところだった。

 運転席からは小さい窓を使って車内を見られる。ほかに窓はなく、後ろに出入口があるだけの幌馬車であるため、車内からは外が見えない。

 車内で話していたキミヨシが心配するように、


「剣が落ちてるなんて物騒だなもね」


 と言う。


「平気さ。決闘があったのかどうか知らないが、普段は滅多にそんなことは起きないよ」

「それならいいだなも」

「みなさんは、他の国へもよく行かれるんですよね?」


 リラが聞くと、アリが答える。


「そうさ。シャハルバードさんは世界中で商売して、いろんな人に投資しているんだよ」

「人を見る目は確かだ」


 と、運転席からでもクリフがシャハルバードに心酔したようなことを言う。


「やっぱり我が輩、シャハルバードさんについてきて正解だっただなも! 商いの勉強にこれほどのお方はないだなも」


 キミヨシが満面の笑みで言うと、クリフはわかってるじゃないかという顔でうなずいている。

 当のシャハルバードは試すように、


「商いなら、ワタシより口のうまい人を探したほうがよくないか?」


 と聞く。


「口のうまいやつほど信頼できないとはよく言ったもんだなもが、商いは口を見るよりも人を見るものだなも」

「ほう」

「商いをするのも人なら、買い手も人。売るのも買うのも人ゆえ人を見るのが良い商人になる秘訣とみたり! だなも。だからこそ、人を見る目を常に養いこの道の達人と言っても良いシャハルバードさんに、眼力のイロハを学ぶのは最高の修行になるだなもよ」

「まあ。なるほど。納得ですわ」


 リラが口の前で手を合わせ感心するが、シャハルバードはまるで人を食ったように問いただす。


「だが、キミヨシくんは商人になる気など毛頭ないように見えるぞ。ワタシの眼力が確かならな」


 トオルは、


 ――正解。


 と思い口の端に笑みが浮かぶ。

 キミヨシは頭をかいてあっけらかんと笑う。


「うきゃきゃ、さすがの眼力、お見それしましただなも。実は我が輩、将来はど偉い人間になりたいんだなも。ええ、もう、それこそ一国一城の主なんかはいいだなもね。これはひとえにシャハルバードさん相手だから言うことだから、内緒にしてちょうだいね」

「わかった。心に留めて人様には秘密にしておこう」

「はいはい、猿の大望は人様になど聞かせて笑われてはなりませんだなも」


 自分を卑下するように言ってアリやナディラザードを笑わせるが、シャハルバードは笑わずに、


「じゃあ、これも秘密にしておいてもらいたい。キミの胸の中にしまっておいて欲しい」

「なんなりと申していただきたいだなも」


 と、キミヨシはシャハルバードがまじめな話をするのを察して、みんながまだなごやかな顔をしている中、口元には微笑を浮かべつつ一人真剣な眼差しでシャハルバードを見上げる。


「ワタシの眼力が確かだと、キミヨシくんはかなりの人物になれる。キミヨシくん、キミの人相とでもいうのか、明るく心優しく人を惹きつけるものがある。だが、運がまだ向いていない。そんな顔だ。これからその運も一挙にうなぎ登りに上向きになるだろうが、もう少し辛抱しておきなさい。焦るな。まだ時期じゃないだけだ。その強烈な運気はそれが花開くのも並大抵の努力ではいけない。人よりも頑張って頑張って、頑張るんだ。そうすれば、だれよりも大きな花が開くと思って、ね」

「これは有り難いお言葉をいただきましただなも。はい、頑張ることなら人の三倍、努力は工夫を忘れず頭を使うことも三倍、魔法を使えば人の十倍なるこのキミヨシ、必ず大輪の花を咲かせてみせますだなも」


 うんうん、とシャハルバードはうなずく。

 自分が今までで一番の値打ちをつけられると判じたこの猿顔の青年に、本当にいつかは大輪の花を咲かせてほしいシャハルバードであった。それが、自分の眼力の証明にもなるだろう。

 シャハルバードは続けてトオルにも、


「トオルくんは、人を見る目だけならワタシよりあるかもしれない。勉学は、時にキミヨシくんと競うように、時に助け合いするといい。そして、なにより感性を磨いておくことだ。感情が勝ち過ぎる青年かと最初は思ったが、意外に理性を見失うことを知らない。そこに感性の鋭さを加えれば、そしてキミヨシくんと二人なら、キミたちは敵なしになれるだろう」


 と、自分でも講釈じみていると思うくらいに述べた。


「承知しました。オレも、シャハルバードさんがいずれガンダス一の商人になると見込んで頼みます。これからもどうぞよろしくお願いします」

「はっはっ。ワタシをガンダス一の商人になるとは。キミの眼力に沿えるよう頑張るよ。ただでは話を聞かないか」

「タダより高い物はないゆえ、非礼と知りながらオレもシャハルバードさんへの評価を送らせていただきました」


 トオルがそこまで言うと、キミヨシが親指を立てた。


「フ」


 とトオルは笑う。

 シャハルバードは、最後にリラに向かって言った。


「気分がいいし、リラくんにも余計な世話を焼かせてもらうとしようか。まず、人間どんな商売にも同じことが言える。商人というのではない、あまねく商売のことだ。それは徳をもって成り立っているということ。徳が人を支えて、商売を繁栄させること。リラくんは、この徳を持ち、忘れない人間になるんだぞ。そうすれば、だれかのためにも、自分のためにも、表に立っても裏で支えるにも、きっと必要とされる人間になる。大丈夫、キミの一途さなら、どんなことでも成し遂げられる」

「ありがとうございます。わたくしにまで」


 リラが本当に真心もってお礼を述べたので、シャハルバードは「この子なら心配いらない」と思えた。


「そうそう。徳についてだが、キミヨシくん」


 とシャハルバードはキミヨシを見据える。


「はいだなも」

「キミは少々頭が回り過ぎる。そして、目的に向かう行動力となりふり構わず突き進む根性が視野を狭くすることもある。そのせいで徳を忘れることもあるかもしれない。人の上に立つようになればなおさらだ。忙しさに追われても、それだけは忘れないで欲しい。くれぐれも気をつけておきたまえ」

「承知しておりますだなも」


 ずっとただ話を聞いていたシャハルバードの妹ナディラザードが、パンと手を叩く。


「さ! まじめな話は一旦終わり! 兄さん? まずは、夕飯のことを悩みましょう」

「そうだったな。はっはっは」


 クリフが運転席から肩越しに振り返る。


「食事処に立ち寄ったら、この幌馬車ごとオレたちの商船に乗って出発でいいですか?」

「そうしようか。運転よろしくな、クリフ」

「はい」


 リラたちは、シャハルバードの商船での旅になる。幌馬車を載せられるほどの船だから四人で乗るには大きいものだし、リラとキミヨシとトオルが増えたくらいでも余裕だった。


 ――お姉様。まだこの港には来ていなかったようだし、会うのはお預けみたいね。浦浜で送った手紙も受け取られていなかった。だから手紙を書き直しておいた。リラは先に進んでいますわ。


 幌馬車はラナージャを北に走る。

 だが。

 急ブレーキがかかった。


「きゃっ」

「うわっと」

「なんだなも?」

「痛いじゃない」


 リラとアリとキミヨシとナディラザードがリアクションを取り、トオルは冷静に外の音を拾おうとしている。シャハルバードは「大丈夫かい?」と中にいるみんなを心配していた。


「見つけたぞ!」

「シャハルバードさんって商人、そこに乗ってるんじゃないの?」


 男女の喚く声がする。

 ナディラザードが幌馬車から顔を出した。


「ちょっと、なんなの? て、あら……? あなたたち、ヴィナージャのキーホルダーを買ってくれたお二人さんじゃない」

「ん? あ、キミは……」

「あれ? てことは……」


 カップルは顔を見合わせて、ささやき合う。


「どうする? サーミヤ」

「どうするもこうするも、どうする? アジタ」


 自らを『ガンダスの歌って踊る大泥棒ムービースター』と呼ぶアジタとサーミヤ。

 幌馬車の前に立ちはだかったカップルは、彼ら二人だった。

 シャハルバードも顔を出したところで、


「こうなったら、やるっきゃないだろ」

「そうよね」


 相談を終え、うなずき合い、声をそろえて言った。


「レッツダンス!」

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