46 『人数計算』

 移動中だったサツキたちは、クコと合流する。


「クコ。お疲れ様。捕まえたようだな」

「はい。あら? もう勝負のゆくえは知ってるんですか」

「フウサイから聞いた」

「なるほど。さすがフウサイさんです。無事、バーンさんを捕らえました。フウサイさんが運んでくださってます」

「うむ。では、『カルハザード記念碑』へ急ごう」


 走り出そうとするサツキの服の裾を、ルカがつまむ。


「サツキ。頬のかすり傷ならすぐ治せるわ」

「まあ、放っておいても大丈夫だろ」


 ただのかすり傷だし、とサツキは思ったのだが、これにはクコとルカがそろって反論する。


「ダメです!」

「ダメよ」


 サツキも立ち止まった。


「サツキ様のかわいいお顔が」

「きれいな肌が」


 クコとルカが交互に言ってきて、サツキとしては反応に困る。


「すると、なんだ……?」


 これに答えるのはルカである。


「魔法を使った治療よ。魔力は生命エネルギーでもあるから、私の魔力で治療してあげる」

「ん?」


 ちゅ、とルカがサツキの頬にキスをした。さらに、口づけしたままルカはサツキの傷口を舐めた。


「……」


 サツキは言葉が出てこない。頬にキスされたことも、舐められたことも初めてで、顔が熱くなる。実はクコには額にキスされたことがあるのだが、それはサツキが眠っているときであり、サツキの記憶にないことだった。


「ちょっとルカさんっ! へ、へんなことはやめてください!」


 クコに止められて引き剥がされても、ルカは平然と言い返す。


「どこもへんじゃないわ。言ったでしょう? 治療だって。傷口を舐めただけじゃない」

「きき、キスまでしてましたよっ!」


 サツキに負けないくらい顔を紅くするクコは、


「い、一説には、唾液には細菌があるからよくないとも言いませんか?」


 とルカをにらむ。

 それはサツキの世界の医学でも聞いたことのある話である。しかし、ルカは淡々と解説する。


「動物や子供も傷口を舐めるのは本能なのよ。父の研究で、唾液には細胞をつなぎ合わせる効果があることもわかったわ。私はそこに魔力も与えて治療しただけ」

「そういえば、口の中のケガは治りやすいですよね……」


 と、クコは藤馬川博士の医学の授業を思い出してみる。口の中は人体の中でもっとも治りの早い箇所だと藤馬川博士は言っていた。


「ほら、サツキの傷口も治ってきているでしょう?」


 ルカの言う通り、クコが見たらサツキの頬の傷口はさっきより目立たなくなっている。


「あのせいろうすぎなみかいどうで、あなたに渡したばんそうこう。父の創り出した魔法道具、《ばんそうこう》を覚えてる?」

「うむ」

「あれを、先生の指導で改造した新魔法よ。《えきたいばんそうこう》といって、こっちでは『膏』の字が『口』になってる。普段は私自身にしか使わないんだけど、サツキには特別」


 と、ルカはクールにウインクした。


「この分なら二日できれいになるわ。サツキ、もう少し早く治したかったら今夜また治療してあげるからね」


 すっとサツキの横に来るルカを、クコがまた引き剥がした。


「い、今は、そんなこと言ってる場合じゃありません。ルカさんが新たな魔法を習得したのは立派ですが、ここは急ぎましょう」

「だな。移動だ」


 やっと平静を取り戻したサツキが指示を出し、一連の様子を笑って見ていたシャハルバードもうなずき、一行は移動を再開した。




 各隊の戦いが終わり、あとは合流を残すのみとなった。

 サツキたち司令隊と参番隊が倒したのは、計十四人。

 だが、壱番隊と弐番隊を合わせると、当初聞いた四十人のほとんどを倒している。

 フウサイによると。


「何者かが二人を倒していたため、盗賊団は四十人が捕縛できたことになるでござる」

「でも、まだリーダーが捕縛できていない」


 サツキがつぶやく。


「確か、シムシムという名だったと思うが。どこにいるんだろうね」


 シャハルバードも不審がった。

 まだ捕まっていない者も含め、盗賊団は計四十一人いた計算になる。噂よりも一人多いが、実はその一人がミナトによって盗賊扱いされた騎士『嫌われ者』ヌンフであったから、特に問題はなかった。

 サツキたちが進む先で、壱番隊の二人と合流した。


「おや。サツキ、ここで会えたか」

「壱番隊、合流しました」


 この戦場でも、のんびりした調子のミナトと平静を崩さぬ紳士然としたケイトである。どこまでもマイペースという面では、案外似た二人なのかもしれない。

 サツキもいつものクールな顔で聞いた。


「問題はなかったか?」

「こっちは敵が少なくてあくびが出そうだった。もう寝る時間だからかな」


 冗談を言ってにこにこしているミナトに、サツキは軽くつっこみを入れる。


「まだ九時だ。おまえはいつもこんな時間に寝ないだろ。敵が少なくて悪かったな」


 平素から底抜けに明るいこの少年は、一応は戦場だからか声をひそめ、くすくす笑った。


「いやだなあ、サツキは。殺しなどせずに済むならそれが一番だ。僕も危機に陥ればためらえない。これくらい余裕を持たせてくれて助かってますよ、局長殿」

「へんな言い方はやめろ」


 ミナトがからかうのを聞くと、どうも戦場での緊張感がゆるみ調子が狂う。いくらサツキなんかの調子が狂おうがひとたびミナトが剣を持てばどんな修羅場でも斬っておさめてしまうのだろうけれど。

 そんなミナトを、ケイトはやや心配そうに見ていた。それを、サツキだけは視界の端で気づき、しかしなにも言わない。

 サツキはみなに声をかける。


「壱番隊も合流した。次へ行こう」

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