45 『グッドタイミングな三人』

 とある民家で、リラは台所に立っていた。

 カレーパンをあげるための油を煮立たせている。

 充分に高温になったところで、リラはかくまってくれているおばあさん『せんいちかた』ダーフィラーンに呼ばれた。


「ちょっとリラちゃん」

「はい。ただいま」


 リラは鍋の火を止め、リビングにいるダーフィラーンの元へとぱたぱた駆けて行った。

 ダーフィラーンは本を持っていた。


「これ、あげるわ」

「なんのご本です?」

「なんでもない、ただの本だよ。昔、好きで読んでいたお気に入りの本なの」

「そんな大切なご本、いただけません」

「いいの。もう読まないからねえ。さっき話して聞かせてあげたようなお話がたくさん入った物語よ。ここバミアドは、『たいりく』なんて言われているけど、別名もあるの。『せんいちものがたりでんしょうするまち』。古典の物語が多いからね。リラちゃん、本をなくして落ち込んでたみたいだけど、その慰めになれば」


 一度断っても差し出してくれたものだし、リラは受け取るのが相手に対する誠意だと思って、


「ありがとうございます。では、大切にしますね」

「うん。あぁ、その本には天使が登場するんだけどね、天使は幸運を導いてくれる存在なのよ。その本ではね。だから、リラちゃんにもきっと幸運が舞い降りるわ。さっきも空に天使がいたんだから」


 リラはにっこりと微笑む。


「はい」


 そのとき、ドアが開いた音がして、リラとダーフィラーンは顔を見合わせる。


「なんだろうね」

「気になりますね。盗賊、でしょうか……」


 二人が不安を覚える。

 すると、すぐに悲鳴が上がった。

 台所からである。


「ぎゃああああああ!」


 ガチャンと音がして、バタバタとその何者かが台所で暴れたらしいとわかる。

 まだ動けずにいる二人だが、侵入者は、どだどだと足音を立てて外へと出て行った。

 音でそれらを悟り、リラがリビングのドアを開ける。

 台所へ行くと、油を入れて煮立たせた高温の鍋が、ひっくり返されていた。


「なんてこと……」

「リラちゃん、ちょっとここにいて」


 ダーフィラーンは玄関に行って、そっと顔を出す。

 外では、少し離れた場所で白銀の髪の少女と黒ずくめの人影がなにやらしゃべっていた。

 そこには、赤い髪の女盗賊がいる。彼女が女盗賊であるらしいことは予想できた。日頃この近辺で悪さをしている盗賊団の特徴とも一致している。

 黒ずくめの人影が忍びの者だということは、この地方から出たことのないダーフィラーンには知るよしもない。

 少女たちが動き出してこの場を去る。

 盗賊が運ばれていったのを見届けると、ダーフィラーンはリラの元へと戻った。


「リラちゃん、大丈夫。盗賊を捕まえてくれた人たちがいたよ」

「そうでしたか。よかったです。ええと、つまり、さっきおうちに入ってきたのは、盗賊だったんですね」

「そうみたい」

「でも、この油はどうしましょうか。片づけるのが大変ですね」


 リラが首をひねって考えていると、キミヨシの声が聞こえてきた。


「人探しをしてるだなもー」

「あ、キミヨシさんです」


 急いでリラは家の外に出る。

 家の前の通りには、キミヨシとトオルがいた。


「リラちゃん! 探してたんだなもよ!」


 どうやら二人はリラを探しに来てくれていたらしい。

 リラたちを探しに出たはいいが一度馬車に戻ってきたキミヨシとトオル。二人は、ナディラザードが戻っていることを確認し、彼女に話を聞いてまたリラを探しに来たのである。

 互いの事情を話し合うと、キミヨシ、トオルの順番に続けて言った。


「なるほど。盗賊と鉢合わせなくてグッドタイミングだっただなもね」

「ああ。オレたちが通りかかったのもな。じゃあ、この油をはがしてやるから鍋を」


 トオルの魔法《はくらく》はなんでもはがすことができる。床から剥がした油を綺麗に処分した。

 それから少し四人で話をして、馬車へ戻ることになった。

 玄関前、『千夜一夜の語り部』ダーフィラーンはリラに言った。


「お仲間にも会えて、よかったわね」

「はい。ありがとうございました。このご本も、大切にしますね」

「またね。あなたがよい物語を紡いでいくことを祈ってるわ」

「はい。またお会いできるとうれしいです。ダーフィラーンさん、いつか、また」


 そうして、リラはキミヨシとトオルと共にダーフィラーンの家をあとにした。




 馬車へと向かう一行。

 キミヨシが言った。


「ナディラザードさんはもう馬車で待ってるだなも」

「そうでしたか。ご無事でよかったです」

「心配してただなもよ」

「……はい。すみません」


 眉を下げるリラにキミヨシは明るい声で、


「なんのなんの。我が輩たちに謝ることもなければナディラザードさんもリラちゃんの無事を喜んでくれるだなも。ね、トオル」

「そうだな。それよか、オレとキミヨシが町を歩いてるとき、リラが持ってたのと似たような本を持ってるやつがいたぞ。あの本は無事か?」

「あ」


 リラは思い出した。大切な《取り出す絵本》は返ってきていない。今胸に抱いているのは、ダーフィラーンがくれたものなのだ。


「いいえ。盗賊団に奪われてしまいました」

「なるほどな。じゃああいつらが……いや、でも、やつら人相は悪かったが、盗賊っぽくはなかったような気がするが」

「トオル、あんまり考え過ぎてもよくないだなも。きっと盗賊団と戦ってる人たちが取り戻して、バミアドパトロール隊のところにでも行ってるだなもよ」

「その可能性が高いか。リラ、そういうことだ。あとでバミアドパトロール隊のところへ取りに行こうぜ」

「はい。そうですね」


 リラは、ダーフィラーンにもらった本を強く抱き、心細くうなずいた。

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