44 『ライフ・イズ・バーニング』

 シャハルバードとクリフも盗賊を倒しており、サツキの戦闘が終わると近寄ってきた。


「彼らを動けないように縛っておかないとね」

「オレとシャハルバードさんの分は縛ってある」


 みんなでこの場にいる残りの盗賊たちを縛って、目が覚めても動けないようにした。

 クコだけはバーンを追っているが、この場は片がついた。

 サツキはルカを振り返る。


「ルカ。悪いけど、彼らをみんな治療してやってくれ」


 万が一に備えてずっとサツキの戦闘を見守っていたルカは、戦闘終了を確認してうなずいた。


「わかったわ。まあ、そっち二人は気を失っているのと眠ってるのだから無視しても大丈夫だけれど。でも、まずはサツキから治療させて」

「いや。俺はかすり傷だ。宿に戻ってからで問題ない」

「サツキがそう言うなら。彼らを動けないように捕らえたら、しっかり治療しましょう。そして彼らをどうするかは、この街の警察に任せるとしましょうか」


 と、ルカがわざわざこんなことを言うのにも、理由がある。人前であえて治療までして盗賊団を助けてやることは、士衛組の情け深さを示すことになる。それがわかったので、ルカはあえてわかりやすく治療してやる。盗賊たちを倒す際に串刺しという形にしたのも、サツキのその意図がわかったからである。


 ――きっと、この風聞は士衛組をやさしみのある組織だと知らせることになる。血を流さず、こちら側についてくれる人を増やすことになるわ。


 また。


 ――さらに、サツキ自身の治療を後回しにするのも、サツキの情け深さと器の大きさを強調するのでしょうね。


 ルカのこの見立ての通り、もうすでに、士衛組の名を掲げたこの戦いから、サツキのアルブレア王国調略戦は始まっていたといっていい。

 サツキはこの世界に来てから、幾度となく新聞を見て、一つの事実に気づいていた。

 この世界の新聞は、サツキの世界と少し違っていたのである。

 より国内外の壁が薄かった。晴和王国やガンダス共和国など、大きな国では国内の情報ばかりの新聞紙もあったが、船の中でもいくつかの新聞を読めた。その際、他国のニュースをいろいろ知ることができた。


 ――言語の壁がないせいだろうか。


 とサツキは考えた。

 それもあるだろう。また、偏向報道も少ない様子である。玄内によれば、悪意に満ちた情報操作などもあまりないと聞くし、であるならば、サツキたち士衛組の活躍は世界にニュースとして知られるはずであった。

 だから、襲われそうになっていた老人夫婦から、


「わたしたちは旅行でこのバミアドに来ていたのですが、一時はどうなることかと。本当にありがとうございました」

「助けてくださったお礼に、お気持ちの謝礼を」


 という金銭の申し出も、サツキは玄内と同じ考えのもと断っている。

 サツキとしては正義は無償でないと人に通じないと思っていたし、それが美学であり価値があると思っていた。


「いいえ。俺たちはただ彼らの悪事を見過ごせなかっただけです。そのお金は、この街のために使ってあげてください。では、楽しい旅行になりますように」


 街を想っての断り文句として、これも街人に好まれた。

 去り行くサツキたち士衛組への感謝は大きなものだった。

 サツキはルカに言った。


「まず、クコと合流しよう。きっと近い。『カルハザード記念碑』はそのあとだ」

「わかったわ」

「では、私とナズナが上から探しましょう」

「任せて、ください」


 建物の上に駆け上がるチナミと空飛ぶナズナ。

 サツキとルカとシャハルバードとクリフの四人は地上を移動する。




 クコは、バーンが民家に逃げ込むのを確認する。


 ――市民の方たちに危害を加える前に、なんとか……!


 走る足を急がせた。

 バーンが悪さをする前に、なんとか倒さなければならない。



 そのバーン、民家のドアを開けて中に入る。


 ――人の気配はある。それより、台所……!


 台所がどの辺りにあるのか、大きくもない家だしこの近辺を拠点にするバーンには察しがつく。


 ――あった。アタシの、オアシスが。潤う。つるつるになる、アタシの天国。


 バーンはやっと台所に来ると、鍋を発見した。

 おあつらえ向きに、鍋には油も張ってあった。


「アタシの心は、晴れ渡るっ! たどり着いたわシャングリラ」


 身体を油状に変えると、魔法《オイルボディ》によってにゅるっと油の鍋の中へと飛び込んだ。



 クコがやっと民家のすぐ近くまで来ると。


「ぎゃああああああ!」


 叫び声が聞こえた。

 そして、民家からバーンが身体中をただれさせてどだどだと走って出てきた。身体は燃えていた。

 クコは思わず脚を止めた。


「いったい、なにが……」


 バーンが地面に転がって火を消している。

 クコは追いかけながらも《せいおうれん》で魔力圧縮しており、その力でやれると踏んで、王剣『聖なる導きの王剣ロイヤルキャリバー』を振った。


「いきます! やああああ! 《ロイヤルスマッシュ》!」


 風が巻き起こってバーンは吹き飛ばされ、すぐ数メートル先にあるどこかの家の壁にぶつかってしまった。白目をむいて、なにやらしゃべっている。


「アタシ、身体の底から燃え尽きた……。でもね、本当に焼かれたかったわけじゃないの。パトスを感じたかったの。不安の色で埋め尽くされたアタシの心の曇り空、燃えて焼かれて、気がついたら痛いくらいに晴れていた。アタシの心は、太陽に照らされたのね」


 ガクッと首をもたげ、バーンは気を失ってしまった。

 当然ながら、油状になっていない状態のバーンは、物理的なダメージをしっかりと受ける。

 バーンを捕まえることに成功したが、フウサイは聞く。


「このままでは、いつでも油状になって逃げられるのでは?」

「はい。でも、早めに先生のところへ連れて行って、気を失っているうちに魔法を没収してもらえば大丈夫だと思います」

「名案にござる。では、拙者が」

「お願いします」


 フウサイがバーンを担ぎ、クコがつぶやいた。


「でも、いったいなにがあったのでしょう……」

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