43 『尾を現したコブラ』

 大きな二つの目がまばたきする。

 サツキを差すように見つめるのは、コブラのように頚部を広げた、その左右に位置する瞳。

 不気味に動いたそれは、なんらかの効果を持っていそうだった。


「ぺひ」


『バミアドの蛇使い』ペラサは笑う。

 魔法《コブラ踊りロープダンス》によって、ここまではロープを操ってみせていたが、ペラサはただ操るだけにはとどまらない。ペラサの十八番だった。

 だが、その笑顔は引きつる。


「……ぺひ?」

「なにかね?」


 冷静に聞き返すサツキに、ペラサは笛を吹くのを忘れて声を荒げる。


「そんな馬鹿な! 貴様、あの目を見なかったのか!」

「見たが」

「見たら、動けなくなるんだ! にらまれると身体がしびれて、動きが……」

「なるほど」


 見る。

 そのことに関しては、サツキの専売特許だった。


「俺の《いろがん》は目に関する魔法攻撃をキャンセルできる。残念だったな」

「なんだと! ぺひゃあああああ!」


 ギリっと奥歯を噛み奇声を上げるペラサだが、取り乱しているわけではなかった。ペラサは立ち上がる。


「へん。いいぜ。こうなれば力でおまえを制するのみ。わしの本気をお見せしよう。ぺひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃぺひゃああああああああ!」


 独特の奇声で呼吸のリズムを作り、笛を口に当てる。

 ぶおー、と太い笛の音が鳴ると、蛇の姿をしたロープがさらに巨大化した。その体長、およそ十メートル。

 そこからは、サツキの剣とロープとの攻防が息をつく間も無く繰り広げられた。

 音色が深くなるつれ、ロープの動きが速く鋭くなる。

 ロープが、サツキに向かって絡みつくように飛んできた。


「……っ」


 と下段から上段に剣を払い、ロープの攻撃を流す。

 笛の音色が、リズムを変える。

 すると、ロープが別の踊りを始め、一度、二度、とサツキにかすってしまう。右腕に服の上から浅い傷が入る。遅れて、血がにじんだ。痛みはある。だが、まだまだ戦える。

 さらに短いスパンでまた別の音色に変えると、今度は頬をかすめた。

 怪しげな笛の音色は怒濤のように鳴り響く。

 頬にも傷がつく。


「ぺひ」


 気分が乗ってきたペラサは、最大音量で笛を吹いた。


「びぃぃぃいいい!」


 力強い音に連動して、ロープがサツキの喉元めがけてきた。


「やっとたまった」


 サツキは桜丸を袈裟に斬る。


「《おうれつざん》」


 右上から左下へ、薙ぐような剣尖。

 木の幹のように太いロープが切断される。


「ぺひぃぃっ!?」


 ――本気の硬さにした、鋼鉄並のわしのロープが切られただとぉぉぉ!?


 即、サツキは刀を帽子の中に消す。

 素手になり、ペラサへと飛び込む。

 切られるとも思っていなかったロープが切断され、虚を衝かれた形になっているところへ、サツキの拳が向かってきた。


「ぺひゃあああああ!」


 声を張り上げ、勢いをつけて笛に口をつける。

 が。

 サツキの拳はもうペラサの身体を捉える寸前だった。


「はあああああああああああ! 《ほうおうけん》!」


 拳が『バミアドの蛇使い』ペラサを吹き飛ばす。

 衝撃はかなりの大きさだった。

 後ろから戦闘を見ていたルカは、舌をまく。


 ――そういえば、ラナージャでレオーネさんに潜在能力を引き出してもらって以降、この大技を使ったところを見たことはなかった。溜めの時間が少なかったのに、今は、これほどの威力が出るって言うの? 人間が、砲弾で飛ばされたみたいに宙へと……。


 十数メートルは吹き飛ばされたペラサだが、起き上がって血を吐き出し、膝をついた。


「ぐっ、ごほっ」

「降参したまえ」

「ぺ……」


 が。


「ぺふ」


 仕方ないことだが、ペラサにしゃべる余裕はなかった。バタリと正面から突っ伏すように倒れた。

 サツキは帽子のつばをつまみ、向きを整える。


「終了」

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