38 『空白の時代あるいは幻の島』

 クコたち女子メンバーが湯に浸かるのは夕方にするということで、みんなでおやつになった。

 バンジョーが用意していた大福をいただきながらお茶を飲む。今度は生八ツ橋ではなく本物の大福になっている。たった一日で完成したのも、海老川博士えびかわはかせが丁寧に教えてやったからだった。


「では、始めましょうか」


 サツキがそう言って、おやつを食べながらの会議が始まる。

 最初の話題は、ふじがわはかからの手紙である。藤馬川博士は、クコとリラの家庭教師で、ブロッキニオ大臣の企みに気づき、二人を城からこっそり旅立たせてやった博士だ。


「クコ、頼む」

「はい」


 指名され、クコが切り出す。


「わたしたちがここへ来た目的は、藤馬川博士からも聞いていてご存知かと思います。アルブレア王国を大臣から取り戻すためのアドバイスをいただきなさい、と博士はおっしゃいました」


 大きく、ゆっくりと、海老川博士はうなずいた。


「ええ。そうですね。ただ私は優れた策を提示できないかもしれない。戦略に関してはサツキさんが優れている。あなたになら任せられます。だから、この世界について――特に、古代人についての話をしましょう。それがなにかの助けになるかもしれません」


 それから、『えいきょがん』海老川博士は話し始めた。


「私がこのしんりゅうじまで研究しているのは、主に竜についてです。種族としての竜は、実は今から約一万年前にも存在したことが、化石により確認できました」

「わたし、古代人のこと、すごく興味があるんです。博士から話を聞くのも好きでした。メイルパルト王国で聞いたことを合わせると、サツキ様がいたかもしれない時代の話、ということでしょうか?」


 船の中で、メイルパルト王国で発見した碑文については情報を共有している。そこから海老川博士なりに考えたらしい。


「おそらく、サツキさんの生きていた時代より、約千年ほどあとでしょう」

「千年?」


 サツキが目を丸くする。

 であれば、世界が滅びたとされる三〇三三年頃ということになる。


「我々学者仲間の中では、空白の時代があったと言われています。それが百年だったのか、千年だったのか、一万年だったのか、十万年だったのか、まるでわからなかった。古代人と我々現代の人類の間にどれほどの時間があり、恐竜の時代などもあったのか、人間のほかに栄えた文明的な生物があったのか、わからないことが多かった。しかし、それを紐解く鍵が、みなさんが碑文から読み明かした歴史によりわかるのです」


 ルカが口を挟む。


「つまり、サツキたちが生きた三〇三三年と、私たちが生きている約一六〇〇年、その間のこともわかったということですか?」

「ええ。その期間が、約一万年です。高い確率で、九五〇〇から一万と千年の間だと思われます。サツキさんの時代からいえば、三〇三三年に世界が一度滅んだ。その後、約一万一五〇〇年頃に世界が再興した。そして、それらを踏まえると、今はサツキさんの世界の暦で言うところの西暦一万四千年頃になります」


 と、海老川博士が年表のようにまとめた。

 クコが生を受けたこの世界は、現在そうれき一五七二年。

 つまりクコは創暦一五五八年九月五日生まれになる。

 サツキがいた世界が一度滅んでから、この創暦での一五七二年を含めて約一万二千年が経過したと考えられる。つまり、古代人がつくった科学や建築物が自然にさらされ一万千年が経ったのである。


「確かに、それだけあれば金属も腐敗する。銅などは残るかもしれないが、熱によって破壊が可能になる。古代文明を悪しく思う人間たちに処理されることもあり得るな」


 サツキが考えたことを口にすると、ルカもうなずいた。


「そうね。文明を築いたのが自分たちであろうとしたい人種は多いわ。起源主張をする活動家とかもそう。また、自分たちの文明で塗り替えたい人種もね。そうやって過去の文明は淘汰され、新文明がつくられてゆく」

「うむ」


 と、サツキが腕を組みこくりとうなずく。

 ミナトは小さく首をかしげて、


「そうなると、サツキのいた世界の暦が終わる、三〇三三年――その少し前に、あの恐竜たちが誕生したことになるのかな」

「はい。もしかしたら、サツキさんのいた世界……いや、時代に、恐竜がいなかったことを考慮すると、科学技術によってつくられた存在かもしれない。もしくは、魔法によって鳥類などが変異あるいは逆行した姿かもしれない」

「そう考えると、浪漫」


 と、チナミはほくほくした顔でつぶやく。


「そうだね……なんだか、おもしろいね」

「うん。リラもそういうお話を聞くの楽しい」


 ナズナとリラも知らないことを聞くのを楽しんでいた。

 ヒナが眉をひそめて聞いた。


「サツキ。前に、神龍島だけはサツキの世界にもなかったって言ってたわよね? だったらさ、神龍島ってもしかして……」

「だろうな。この幻の島は、人工的につくられた可能性がある。場合によっては、恐竜を産み出すための場所だった可能性もな」

「うん。すなわち、実験施設だったってことね」


 クコは口元で手を押さえて驚いた。


「確かに時代と合わせて考えるとあり得る話です……! ど、ど、どうしましょう」


 心配そうな顔でクコがサツキの顔を見るものだから、サツキはつい笑ってしまった。


「な、なんで笑うんです? サツキ様」


 恥ずかしそうに聞くクコに、サツキは言った。


「別にどうしようもないからな。恐竜が人為的につくれられたとしても、俺たちにはどうすることもできない。ここで大事なのは、なぜ空白の時代が約一万年だったとわかったのか、だ」


 海老川博士はにっこりと微笑んだ。


「はい。それを言いたかったのです。サツキさんのいた世界が、この世界の過去なのだとしら――サツキさんのいた世界が終わるときに、世界が滅びると同時に、世界には多くの植物が芽吹きます」


 それが、自然の摂理というものである。生命の危機に、植物は子孫を残す。そこで生まれた子孫は、中には今日まで生きているものもある。それが、大樹である。たとえば、サツキの知っているところでも、アメリカには樹齢四八〇〇年の大樹が存在した。力や魔法の力による補助、植物の進化などから、一万年以上生きる樹木があってもおかしくない。


「植物、特に樹木の研究によって、今から約一万千年前に誕生したものが見つかったといいます。そんな木がいくつもあったのです。すなわち、サツキさんのいた世界が終わった頃です。それが研究者たちの間では不思議でした」


 それらを咀嚼して、


「つまり、そこから逆算すると、私たちが生きている約一六〇〇年の歴史よりも、さらに約一万千年前に、大きな異変があった。それが、サツキのいた世界の終わりである西暦三〇三三年と一致する。ということかしら」


 ルカに他意はないが、つい海老川博士ではなく、サツキに向かって聞いていた。


「そうだな。元々、空白の一万年説ってのがあった可能性さえあるな」

「ええ。空白の一万年というのが、古代人の存在を信じる学者の中でも、さらに植物研究もされた一部の学者の意見でした。その説は支持者が多くありませんでしたが、おかげでこれが定説になるかもしれません」

「あの。家の前の湖は、川との合流がない湖ですよね。だったら、湖の底の地質を調べれば、なにかわかるんじゃないですか?」


 サツキが海老川博士と玄内に尋ねると、玄内が答えた。


「やってみる価値は大いにある。底の地層を抜き取るには、海老川博士だけじゃあ手間でやれなかったろう。今はおれもいるし、調査してみるか」

「ありがたいことです。地質調査ができれば、サツキさんの予想と合致する部分もあるかもしれませんね」


 そんな海老川博士たちの会話を聞いて、チナミが問うた。


「おじいちゃん。湖の底の地層を抜き取ると、なにがわかるの? 川との合流ってサツキさんも言ってたけど」


 孫からの質問に、海老川博士は噛み砕いて教えてあげる。


「川との合流もない純粋な湖は、堆積物がそのまま積み重なって、いくつもの層をつくる。そして、この層は一年ごとに分かれて縞模様をつくるんだ。これをねんこうといってね、調べるといつどんな気象があったのかなどがわかるんだよ」

「そっか」


 つまり、仮に一万年以上前の地層が取れれば、この湖はそれ以前から存在したことになり、神龍島はすでにあったことになる。また、この島の生物が特殊な進化をすることになった原因が気象にあれば、異常気象がいつどれだけの期間あったのかもわかるのだ。


 ――もし本当にここが実験施設として作られた人工島なら、年縞がある時点より以前が不自然になるはずだ。


 もう一つ、サツキは期待していることがあった。


 ――それに、実験用の人工島だとすれば、外の魚や鳥類さえも、この島には海流や気流のせいで容易に入り込めないのも納得できる。不思議な海流と気流をつくるために、近海にいくつも小さな島をつくっていると思われるからだ。これによって、島の外の生物との接点をなくし、この島独自の進化と生態を観測する狙いがあったと俺はみている。それゆえに、俺の知ってる世界地図に比べ、この近海は小さな孤島が多いのだと考えた……。地質調査の結果によっては、その辺までわかるかも。


 それらが解明されれば、さらにこの世界はサツキのいた世界に近づく。地続きの世界だと言える可能性がもっと高まるのだ。

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