50 『キラーマシーン』

「あ、試合が始まりますよ」


 ミナトが指差した。

 青年が舞台に上がってきた。

 まずは、シングルバトル部門の特別マッチ――バトルマスター・ロメオの対戦が始まろうとしている。

 レオーネは場内のベンチに座った。

 ベンチは、一階席よりも近くで試合を観戦できる特別席だが、試合に出る選手さえ普通は使用できない。ほとんどレオーネとロメオの専用席になっている。バトルマスターがそこにいるほうが盛り上がるのもあり、特別マッチのシングルバトル部門とダブルバトル部門がどちらもあるとき、レオーネとロメオはその特別席に座るのが定例だった。

 ロメオの待つ舞台に上がってきた青年は、堂々と中央までやってくる。

 選手の入場に、クロノが実況を始めた。


「さあ、まずはシングルバトル部門です! 今回、バトルマスターのロメオ選手に挑戦するのは、『戦闘狂キラーマシーン邪湖荷岸取甫ジャッコーニ・ガンドルフォ選手! ガドルフォ選手は、ここまで五十勝七敗という好成績で来ています! 年はお互い二十一歳。これは熱い試合になりそうだ!」


 クロノからの紹介を受け、ガンドルフォは義手の右腕で拳を握り、高々と空に掲げた。

 こちらも五十勝してきただけあって、人気はあるらしかった。歓声も上がっている。

戦闘狂キラーマシーン』ガンドルフォは機械仕掛けの義手を下ろしてロメオに声をかける。


「ロメオ。やっとおまえと戦える。この日をどれだけ楽しみにしてきたか。今日は最高の試合にしようじゃないか。シングルバトル部門のバトルマスターがオレになるわけだから、おまえにとっては最悪の試合になるわけだが」


 ガンドルフォは、身長が一八二センチほどで、筋骨隆々、顔立ちも身体つきも力強い印象である。槍や剣は持っていない。機械仕掛けの右の義手が武器になる。

 声色は落ち着いているが、敵対心と競争心は前面に出ている。


「あなたとは一度お手合わせしたいと思っていました。ですが、ワタシも負ける気はありません。お互い、力を尽くしてよい試合にしましょう」

「ああ。オレの名を、このコロッセオの歴史に刻んでやる。史上最強の魔法戦士としてな。これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な興隆である」


 クロノは水球貝を握りしめ、


「ロメオ選手、頼もしい言葉です! ガンドルフォ選手も負けじと絶対王者への挑戦状を叩きつけました! この試合、どうなるのでしょうか。これでガンドルフォ選手が勝てば、ロメオ選手とバトルマスターの座を交代することになり、ロメオ選手が勝てばその座を守りガンドルフォ選手はまた一からやり直すことになります。勝利はどちらの手の中に!? それでは、シングルバトル部門、バトルマスターをかけた特別マッチを開始します!」


 観衆は見守るように静まり、


「レディ、ファイト!」


 試合の開幕が宣言された。




 開始の合図と共に、また会場が沸いた。

 ロメオは右の拳を握り、相手の攻撃に備える。

 対する『戦闘狂キラーマシーン』ガンドルフォは、右腕の義手をビッと横に伸ばす。


「出ました! ガンドルフォ選手の魔法《機械仕掛けの右腕ライトアームストロング》! メカニカルな義手は、ガンドルフォ選手の魔法操作によって様々に形を変えます。機械を動かすことで多様なツールを引き出し戦うスタイルは、ロメオ選手が得意とする魔法のすり抜けや無効化の対象外です。一度短剣を出せば、魔法を使い終わっているわけですから、ロメオ選手にとってはやりにくい相手かもしれません」


 実況通り、ガンドルフォの右腕からは、短剣が飛び出している。

 五十回以上の試合をしてきたガンドルフォのことは、ロメオも当然知っている。何度か試合も観戦した。逆に、バトルマスターであるロメオの魔法も知られている。それゆえ、クロノが魔法について解説しても戦闘への影響はない。


 ――ここで戦うことは、魔法を大勢の人間に知られることにもなる。しかし、これから数日の参加で、俺やミナトの魔法が語られることもないだろう。目立つ使い方は、俺はしない。ミナトがどうかというところだが、ミナトも魔法など使わずにいきそうだ。


 アルブレア王国側には、サツキの魔法は知られている。《波動》の力と《打ち消す手套マジックグローブ》は知られていないかもしれないが、サツキとしては知られても構わなかった。これでどんな技を今後生み出していくのか、戦い方をどう工夫していくか、それが重要だからだ。


 ――それよりあの義手、スチームパンクの世界みたいだ。おもしろい。どんな構造なのか気になるな。


 サツキが目を緋色にして短剣に着目する横で、ミナトは言った。


「始まるね」


 実況が続く。


「さあ、短剣が飛び出したガンドルフォ選手の右腕を、ロメオ選手は素手で迎え撃ちます!」


 クロノの呼吸の切れ目に、ガンドルフォは動き出した。

 これに、ロメオは自分も飛び出して応じる。

 肉弾戦が始まる。

 両者、互いに激しく攻撃を繰り出し、相手の攻撃は紙一重に捌いてゆく。

 ロメオは、サツキとの戦いのときには見せなかったダイナミックな蹴り技も放ち、短剣をうまく避ける。


 ――さすがはロメオさんだ。


 が。

 短剣が、ロメオの頬をかすめた。


「ひひっ」


 一撃をかすめた喜びが顔ににじむガンドルフォだが、


「ぐほわっ!」


 ロメオの拳がガンドルフォのみぞおちにめり込んだ。

 一歩後退するようによろめくが、吹き飛ばれることもない。相当のダメージにも見えるが、ガンドルフォは腹を押さえるのみで立っている。


「みぞおちが入ったー! ガンドルフォ選手の短剣がロメオ選手の頬をかすめましたが、同時に、ロメオ選手の拳はガンドルフォ選手を捉えていました! さすがの拳の速さです!」


 さっとロメオは距離を取って、様子を見る。

 ガンドルフォは痛みが少し和らいだらしく、体勢を直した。


「やるな、ロメオ。だが、今の攻防でオレもおまえの動きは捉えたぜ」

「……」


 冷静に、気を抜くことのないロメオ。

戦闘狂キラーマシーン』ガンドルフォは義手の右腕を真横に伸ばして、


「《機械仕掛けの右腕ライトアームストロング》は、短剣以上にリーチを稼げるものもある。それが、これだ」


 一メートル近いランスが飛び出した。さっきまでの短剣はせいぜいが五十センチ弱だったから、倍近くも長くなったといえる。


「おーっと! 今度はランスになったぞー! 鋭く磨かれたランスは、ロメオ選手をくし刺しにするのでしょうか。それとも、また捌いてしまうのか。攻防はさらに激しくなりそうです!」


 クロノの実況で観衆がどよめく。

 両者は再び、距離を詰めて、互いにものすごい速さで攻撃を出し合ってゆく。

 しかし、三十秒としないで、ロメオがランスをグローブでつかんだ。正面同士、ロメオの左手がガンドルフォの右腕を捉えた形になる。


「捉えたつもりか! ロメオ!」


 ガンドルフォの頬がゆがみ、右腕からロープが飛び出した。

 ロメオの左腕に巻きつき、行動が制限されてしまう。

 さらに、ガンドルフォの右手は鉤爪に形を変え、ロメオを切り裂きにかかった。

 そのとき、


「ハァッ!」


 勢いよく、ロメオの右足が上空に伸び、自身より背が高いガンドルフォのあごを蹴り上げた。


「うっ!」


 ガンドルフォはふらりとしながらも、その目がロメオを見下ろす。


 ――まずい! 追い打ちは避けないと!


 右腕の鉤爪が別の武器に切り替わる。今度は大きなハサミだった。


 ――シザー!


 シザー、つまりハサミでロメオの左腕に巻きついたロープを切り、距離を取った。

 まだふらつきかける足を踏ん張らせて、ガンドルフォはロメオに言った。


「そうこなくちゃおもしろくない。オレも自分の力を出し切って、おまえには勝ちたいからな」

「では、最後はお互い全力でいきましょうか」

「望むところだ」


 そう言って、ガンドルフォは腕を真横に伸ばす。

 今度は、固そうな鉄の拳に、ナックルダスターが装着された。

 二人の会話を聞き、『戦闘狂キラーマシーン』ガンドルフォの腕を見て、クロノが実況を挟む。


「器用な武器変換で展開をリードしたと思われたガンドルフォ選手でしたが、やはりロメオ選手は強い! ワタシが実況を挟む隙もない激しい攻防戦もいよいよ次で最後となりそうです! 最後の一撃を決めるのは、ナックルダスターを装着したガンドルフォ選手か、絶対王者ロメオ選手か。みなさん、最後まで目を離さないようにお願いします!」


 観客席では、シンジが興奮したように言った。


「やっぱロメオさんすげー! かっけー! 強いよな、ロメオさん。あんなに強いガンドルフォさん相手に、余裕もあるように見えるしさ。最初はヒヤヒヤしたけど、これはロメオさんの勝ちだな。ねえ、サツキくん」

「そうですね」


 口ではそう言っても、ガンドルフォ相手にロメオが危ういかもしれないなどとヒヤヒヤしたことはない。


 ――さすがにバトルマスターの試合は見応えがある。ただ、見たところ、パワー・スピード・反応すべてにおいてロメオさんが勝ってる。ガンドルフォさんに決め手はあるのか?


 冷静に試合の流れを見るサツキの横で、ミナトは試合中ずっと黙っていた。


 ――ミナトの目には、どう映ってるんだろうな。

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