140 『リトルプラネット』

 ヒヨクは、手の中にも《中つ大地ミドルアース》を創れる。

 今構えを取ってみせたヒヨクに、無策で近づくのは望ましくない。

 サツキは慎重だった。


 ――《中つ大地ミドルアース》は、小さな星と同じだ。引力がある。この星は、手の中に創って仕込んでおくことで、引力によって人や物を手の内に引き寄せられる。


 それはミナト相手に実証済みだ。


 ――柔術使いのヒヨクくんは、相手をつかむ技を駆使する。相手に近づけば引き寄せられるのだから、バトルスタイルともかなり噛み合いのいい魔法だ。


 今までは気づかれずに使ってきたことだろう。

 この魔法を知らない相手は、手を払えばいいと考えて、手に近づくリスクは計算しない。それゆえ、紙一重の差で発動することで、確実に相手を引き寄せてつかむことができる。相手は技を決められても、それはヒヨクの柔道技術と思うばかりで、この魔法の正体には気づけまい。


 ――ヒヨクくんは視線誘導もうまい。ツキヒくんの凶悪な《シグナルチャック》のおかげで気が抜けないし、すぐにそちらを意識させられてしまう。こんな中で手の中に仕込んだ《中つ大地ミドルアース》を相手にするのは、なかなかハードな戦いになりそうだ。


 仮に《空中散歩エア・ウォーク》にしか《中つ大地ミドルアース》を使わなければ、恐れるのはヒヨクの柔道技術とツキヒの魔法だけで済んだだろう。しかし、《中つ大地ミドルアース》はいくつもの顔を持つ魔法だ。

 サツキは右の拳に力を込める。


「刀は使わなくていいのかい?」


 確かに、刀のほうが有利に戦えるだろう。しかし、サツキには試してみたいこともある。


「俺も素手でいく」

「無理しなくていいのに」


 余裕の微笑みを口元に浮かべるヒヨク。


「いや。無策ならこう言わないさ」

「それもそうだね。見せてもらおうか、サツキくんの力を」

「うむ」

「さあ、ぼくも見せてあげるよ。《中つ大地ミドルアース》の本当の力を」

「……」


 ヒヨクもまた、無策でそんなことは言わないだろう。

 つまり、《中つ大地ミドルアース》にはもっと有用性のある使い方が隠されているということである。


 ――本当の力、か。もっとすごいことができるのか。おもしろい。


 サツキは狙いを定め、ヒヨクと体術勝負に出た。

 双方の距離が近づき、サツキの突きと蹴りがヒヨクを襲う。しかし、ヒヨクもサツキの攻撃を払い、つかみかかってくる。


 ――なるほど、引き寄せられる! なかなかの力だ!


 思った以上に、磁石的なパワーを持つ引力である。

 右腕をつかまれそうになって、サツキは抵抗してみる。


 ――まるで本当の星だ。人間が地球の重力に逆らって浮いていられないように、ある一定以上の範囲に入ってしまうと、逃れることはできない。吸い付く。


 ヒヨクの手の中に吸い付くようにサツキの右腕が引き寄せられて、つかまれてしまった。

 しかし、サツキは左手で自分の身体に触れる。

 これによって、《打ち消す手套マジックグローブ》がサツキの身体にかかった魔法効果を打ち消して、引力を感じなくなった。

 つかまれた右腕を力任せに引くと、


「なんてパワー」


 ヒヨクがつい手を離してしまった。


「サツキ選手、逃れたー! 一度つかんだら離さない驚異的な握力を持つヒヨク選手から逃れ、腕を引いた! すごいぞ!」


 クロノがしゃべったあと、ヒヨクが言った。


「そのパワー、例の《波動》の力だね。本当にすごいや」

「そっちこそ、俺の《波動》でも振り払うのはギリギリだった」

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