15 『ホーネット』

 魔法、《いろがん》でサツキがカルロスのボクシンググローブを精細に観察する。

 その少し前……。

 会場に到着した二人組がいた。

 せいおうこく出身の少年コンビ、ゆうよく壬生みぶつきである。

 共に十三歳、サツキとミナトの二人と同い年で、一昨日、サツキとミナトを相手に勝利したバディーだ。

 ヒヨクが舞台に目をやる。


「あ。やってるやってる。間に合った」

「よかったね~、ヒヨク。もう始まってるみたいだけど」

「ツキヒが寝坊したせいだぞ?」

「えへへ~。ヒヨクが起こしてくれてよかった~」

「まったく。しょうがないなあ」

「で、戦況はどうかね~?」

「うーん、様子見中ってところか」

「サツキくんとミナトくんの相手は……だれだ~?」


 まるでわからないというように首をかしげるツキヒに、ヒヨクが面倒見よく教えてあげる。


「ほら、前回優勝コンビの……」

「そんな強そうじゃない~」

「だから、そのコンビと戦って負けたコンビだよ。ベスト8止まりだったんだ」

「へえ。納得~。……納得? ベスト8ってそんなに強くないんだっけ?」

「結構強いはずだよ。ちゃんと見ようぜ、ツキヒ」

「だね~」


 観客席の二階を歩いていた二人を見て、観客たちがざわめいている。


「おい、ヒヨクとツキヒがいるぜ」

「だれ? シード選手?」

「最近のダブルバトルじゃあ常勝で一番の注目株! 今一番強いのもあいつらだって言う人もいるくらいだ。二人が参戦したのは一年以内だから、前回大会にも出場してなかったけど、もし出てたらわからなかったと思う」

「あんなに美形なのに、そんなに強いの? あたしファンになっちゃおうかなぁ」


 などとしゃべる人たちがいる中、一部の席ではヒヨクとツキヒを見てキャーキャー黄色い声を上げるファンもいる。


「来たわよ、ヒヨクくんとツキヒくん!」

「かっこいいー!」

「こっち向いてー!」


 しかしヒヨクとツキヒはファンのほうへは反応せず、サツキとミナトの試合を見る。


「おっと、そろそろ始まるみたいだよ。ツキヒ」

「お手並み拝見」


 二人が見ていたのは、カルロスがサツキを相手に連続攻撃しているところだった。

 そして、カルロスが魔法を使って攻撃をしようとしていたところで、サツキは《いろがん》を発動させた。


 ――どんな魔法が来る?


 サツキがそれを確認しようと攻撃を待つ。

 そのとき、チャクラムが飛んできた。

 放たれた二つのチャクラムのうち、一つはカルロスの近くへ。

 もう一つはサツキのほうへ。こっちのチャクラムの狙いは、サツキを切り裂くことではない。デイルの魔法《空間省略スペースカット》を発動させて補助することだ。

 ミナトはデイルの魔法には手を出さない。ただ見守る。

 カルロスはさっきまでと同じように、ストレートを繰り出してきた。


 ――拳にまとった魔力に、なんらかの効果があるはず。


 チャクラムの穴を、カルロスのストレートが通過した。


「《ビー・スティンガー》! らああ!」


 吠える。

 突如、もう一つのチャクラムの穴を通って目の前に現れた右のストレート。これを、サツキは左腕で受けた。


「しゃあああ!」

「……」


 セコンドのハッセが「いいぞー!」と叫んでいる。


「ああ、そうだ。おまえは落ち着きさえすればどんな相手にも負けない、どんな相手の急所も突けるんだ!」


 カルロスはさらに連続攻撃を仕掛けていく。


「カルロス選手、燃えるような拳が炸裂! だが、頭はクールだー! サツキ選手はカルロス選手の《ビー・スティンガー》をまともに受けてしまったぞー! 大丈夫かー?」


 サツキは攻撃をかわしながら考える。


 ――もう彼の拳にまとった魔力はなくなっている。無駄口が減って集中力は上げているようだが、クロノさんの言葉からも、カルロスさんは魔法による攻撃を完了したとわかる。でも、まだなんともない。発動までに時間を要するのか?


 分析しているときだった。

 自身の動きが鈍くなったのがわかった。

 そのときには、カルロスの左ストレートが顔面に直撃した。

 脳がぐらりと揺れる。


 ――まずい。今追撃されたら相当なダメージを負ってしまう……!


 三メートルほど後退しながら倒れそうになるが、なんとか持ちこたえる。


「……」


 ――なぜ今飛び込んでこなかった? ノックアウトする絶好の機会なのに。


 会場からはわーっと歓声が上がった。


「ついに動きが鈍ったー! そして、カルロス選手の左ストレートが、サツキ選手の顔面に入ったー! サツキ選手、吹っ飛ばされてふらつきながらも、倒れずに堪える! だが、ここからが厳しくなるぞー!」


 クロノの声を得意げに聞き、カルロスはニヤリと口の端を歪ませる。

 サツキが構えようと腕を上げたそのとき、


「!」


 ――腕が、上がらない!


 目を見開いたサツキに、カルロスが話しかけた。


「お? 効いてきたようだな」


 ――いや、ゆっくりとだけど上げられる。そうか。


「やっぱり、魔法……」


 サツキはまた力が抜けるのを感じた。つい片膝をついてしまう。

 カルロスはニヤリと口を歪ませた。


「そうさ。そうだよ。このオレの魔法、《ビー・スティンガー》を受けたやつはこうなるのさ」

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