117 『メフィストフェレス』

《エリクサー》をふりかけられたサツキの左腕は、十秒とせずに修復された。見た目には治ったようにも見える。


「すごいですね、ルカさん。サツキの腕がくっつきましたよ。霊薬って本当にあるんだなァ」

「ええ。私も驚いているわ。砕け散った破片の分も補完されて綺麗に修復され、元通りになっているんだもの」


 しかし、ファウスティーノは喜ぶミナトとルカに言った。


「言ったはずなのだ。完全ではない、と。つまり、これはくっついただけで、治ったわけではない。城那皐が意識を取り戻しても、この左腕を動かすことはできない。神経がつながっていないのだ」

「じゃあ、いよいよ《悪魔ノ手》とやらのお出ましですね。どんな魔法なんです?」


 ミナトに問われて、ファウスティーノは答える。


「我が魔法はまさしく、悪魔そのものを呼び出す召喚術なのだ。悪魔の名は、メフィストフェレス」


 ファウスティーノは短剣『アゾット剣』を腰に戻して、今度はえんぴつを手に取る。

 床に円を描き、なにやら描き足していった。

 魔法陣である。

 すると、円が光り輝き、そこから全身真っ赤な服に身を包んだ紳士が出てきた。人間の姿をしており、年齢はわかりにくい。二十代や三十代にも見えれば、四十代か五十代とも思える。しかしその顔は吸血鬼のような妖しさが見える。

 メフィストフェレスは恭しく一礼した。


「やあ、ファウスティーノ。ボクを呼んでくれて嬉しいよ。久しぶりに会った気がするね。いや、わずか数日ではある。それはわかっているが、ヒマを持て余すというのはそういうものなのさ。今日もまた治療かね? ボクにかかればどんな人間も治してあげようじゃないか」


 流暢にペラペラしゃべってから、ミナトとルカに顔を向ける。


「おっと、お客さんはこちらだったか。初めまして。ボクはメフィストフェレス。かの名医、『かみ照座理這捨乃チェーザリ・ファウスティーノの友人にして彼に使役される悪魔だ。よろしく」

「初めまして。いざなみなとです」

「……たからといいます」


 ルカは警戒しながら名乗るが、ミナトはメフィストフェレスに興味津々のようだった。


「おや。どうも治療されるべきはキミたち二人ではないようだね。そこに寝ている少年か。うん、血がだいぶ抜けているね。左腕もただぶら下がっているだけだ。これは随分とひどくやられたと見える。この症状は……なるほど、コロッセオの魔法戦士で『破壊神』と戦ったのかな。どうだい? 彼には勝ったかい?」


 クツクツと笑いながら問いかけるメフィストフェレスに、ミナトはにこりと答える。


「ええ。僕といっしょにダブルバトルの大会に出て、ちょうど勝ってきたところです」

「ほう」


 イタズラっぽい笑いをさっと引っ込め、驚いた顔になる。


「やるね、キミたち。あれに勝てるのは相当な腕だ。で、キミは『破壊神』に壊されてないようだね?」

「見ての通りです」

「へえ。キミはただ者じゃないようだ。腰の剣も普通の剣じゃない。どうもキミとボクは相容れないらしいが、それはどうでもいい。どのみちボクはこのファウスティーノに使役されていて、キミと外で遊べないことに変わりはないのだからね」

「それは残念だなァ」


 おしゃべりしているミナトとメフィストフェレスであったが、ファウスティーノが会話を遮る。


「メフィストフェレス。治療が先だ」

「そうだったね、我が主よ。さっそく彼を見てみようか」


 と、メフィストフェレスはサツキに目を向けた。

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