9 『プレシャスメモリーズ』

 ナズナに手を引かれ、もう少しケーキに近寄ると、クコは嬉々として胸の前で手を合わせた。


「近づくとわかりますねっ。細かく丁寧にいろんな形が作られています。あ、この黄色の花……キスゲ畑! サツキ様、見てください」

「懐かしいな。いっしょに寝転んだら、クコがすぐに昼寝をし始めて、起こすか迷ったんだ」

「そ、それは……っ。お恥ずかしいです」


 と、クコは照れ顔で笑った。話題を変えようとして、クコはその横を指差した。


「あら? でも、リラたちはそのときいませんでしたよね」


 このときはまだ、サツキとクコの二人旅だったのだ。


「クコ、実は、参番隊のみんながどんな場所だったか俺に聞きにきたんだぞ。それを三人が再現したんだ。何度も作って、それっぽくできているか俺に聞いてきてさ。クコの辿ってきた旅路を、一つ一つ思い出として形にしてあげたかったんだって言って」

「そうでしたか。だからどの場所もよくできているんですね」


 ケーキをじっくりと見ていき、再現された場所を一つずつ口に出してゆく。リラやナズナがポイントについて説明してくれて、クコも思い出を話した。

 順番に回って、ついにメイルパルト王国まできた。


「このメイルパルト王国のファラナベルで、リラと会えたんですよね」

「はい、お姉様」


 そこで、士衛組のみんなの表情もただ明るいばかりでもなくなった。理由は、リラとの合流後にある。


「リラと出会えたうれしさと同時に、苦しんでいた仲間を粛正したり……つらく苦しいこともあったな」


 実は、仲間になってくれた壱番隊隊士・れんどうけいが、士衛組に潜入するスパイだったのだ。ファラナベルで裏切りが発露し、サツキが命じて壱番隊隊長のミナトに粛正させた。この町での思い出とそのこととは切り離すことなどできない。ケイトの件のつらさとリラとの合流のうれしさがない交ぜになった士衛組のみんなが黙ってしまったので、サツキはあえて口にした。


「……ですね」


 ちょっと胸が痛んだ顔で苦笑するクコに、サツキも同じ微苦笑を返した。


 ――あのときは、わたし、泣いてしまいましたね。これまでも、サツキ様の遠謀深慮に助けられていたのだと思うと……悲しくなってしまったんです。


 人を殺めることを嫌うサツキが、仲間だったケイトを粛正する決断を下した理由を聞いたとき、クコは涙を流した。泣きじゃくってしまった。サツキの優しさと読みの深さが、ケイトや士衛組を守るためだとわかり、そのつらい判断をさせてしまったことに言い様のない涙が溢れて止まらなかったのである。


 ――でも、おそらくこれからも、サツキ様の才識や未来を読む力がわたしを助けてくれるのでしょうね。


 今もサツキは毎日勉強を積み重ねて、士衛組を守るための知恵を磨いている。クコはそんなサツキを見ると、自分も頑張ろうと思う以上に、なぜだか抱きしめたくなるのだ。


「……あれから、あっという間だった」

「……はい」


 あのときのクコの涙は、サツキしか知らない。二人にしかわからない視線を通わせ合って、サツキはさっきの旅の話の続きをしてくれた。互いに、ここでみんなには話せることじゃないとわかっているからだ。


「メイルパルト王国の遺跡と神龍島では、歴史を紐解いたな」

「驚きましたね。リラが碑文を読み解いて、先生や海老川博士たちと話し合って、もしかしたらここがサツキ様の世界の一万年以上未来の世界かもしれないと導き出したのですから」

「うむ。俺たちは世界の秘密を少しだけ知った。おかげで、俺はこの世界が前より身近に思えたし、前より好きになったよ。きっと、この士衛組のみんなといっしょに冒険してきたからそう思えたんだ。クコ、この世界に俺を喚び出してくれて、そして士衛組のみんなと出会わせてくれて、ありがとう」


 サツキの言葉に、士衛組のみんなもヴァレンたち『ASTRAアストラ』のみんなも笑顔になった。


「俺、クコと出会えて、本当によかった。そして、これからもクコの隣で、いろんな思い出をいっしょにつくっていけたらうれしい。もちろん、士衛組のみんなもいっしょに」


 クコの目に、また涙が溢れた。しかし、今度はメイルパルト王国のときの悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。


「今日だけで、何度も泣いてしまいそう」


 とつぶやき、クコは目の端の涙を拭った。それからサツキに微笑みかける。


「わたしも、ずっとサツキ様の側で、サツキ様と、士衛組のみなさんといっしょに、たくさん思い出をつくっていきたいです!」


 うむ、とサツキがうなずいた。


「それに、感謝しているのはわたしのほうですよ。士衛組のみんなと出会えたのも、サツキ様がいたからです。わたしも、この世界に来てくれて隣にいてくれたのが、サツキ様でよかった!」


 そう言って、クコはサツキの手をとった。

 ここで、ミナトが茶化すように口を挟む。


「いやあ、みんなの前で二人してそんなこと言うなんて、僕ら士衛組も照れてしまうなァ」

「うふふ。そうですね! でも、リラたちも気持ちは同じです! みなさんと出会えてよかったですっ」


 と、リラも明るく言った。ナズナもうれしそうに、


「わたしも、だよ」

「王都にいたら、ヒナさんくらいにしか会うこともありませんでしたしね」

「ちょっとチナミちゃん、そんな言い方ないよー」


 チナミに抱きついてつっこむヒナを見てみんなも笑う。

 ここで玄内とフウサイは黙って見守っているが、バンジョーは腰に両手を当てて、


「でもよ、サツキがそんなこと言ってくれて、オレはうれしいぜ。士衛組が信じ合える仲間になってるのもな」

「バンジョーはともかく、サツキにしては結構気恥ずかしいこと言うのね」


 ヒナがニヤリとサツキを見やった。

 ミナトとリラ、そして最後にヒナにまでそう言われて、サツキはちょっと恥ずかしくなる。クコに手をつながれたままの格好だが、取り繕うようにして、みんなに呼びかける。


「まあ、そういうことだから、明日からまた頑張るぞ」

「わたしも、頑張らせていただきます!」


 いつものクコのセリフである。


「明日も修業よ、クコ」

「はい! お願いします、ルカさん」


 ルカに言われ、クコは笑顔で応えた。


「参番隊も頑張っていこう」

「そうだね」

「もちろん」


 と、リラとナズナとチナミの参番隊が言って、リラが「参番隊」と声をかけると、「えい! えい! おー!」と声を合わせた。

 弐番隊のヒナとバンジョーも気合を入れる。


「裁判だって近いし、頑張ることはいろいろあるわ」

「オレは料理と《りょく》の修業だぜ! 忙しいってサイコーだな。な、フウサイ」

「悪いことではござらん」


 めずらしくフウサイとバンジョーの意見が合う。

 玄内はフッと笑って、


「潜在能力の解放には、それをしっかりものにする工程も必要不可欠だ。この年でおれも潜在能力の解放をしてもらって、おれも修業を楽しんでるところだ」

「先生も修業するんすか!」


 バンジョーが驚き、玄内は「当然だ」とおかしげに答える。

 ミナトが透き通るような微笑みをサツキに向けた。


「いやあ、頼もしい仲間たちだねえ。局長殿」

「その言い方はよせ」

「あはは。みなさんの成長も頼もしいが、僕たちは僕たちでコロッセオを駆け上がろうぜ。目指せ『ゴールデンバディーズ杯』優勝だ、相棒」

「うむ」


 サツキは小さく微笑んだ。

 クコは爛々たる瞳でサツキを見つめて言った。


「サツキ様、いつもありがとうございます! これからも、よろしくお願いしますね!」

「こちらこそ、これからもよろしく。クコ」

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