神龍島編

1 『合流あるいは報告』

「ここは、一度崩壊したあとの世界であったらしい」


 サツキはそう言った。タルサ共和国の港町マリノフにて、えいぐみの一同とかわはかを相手にである。


「困るなあ。サツキの話は要領を得ない」


 ミナトはおかしそうな笑顔を浮かべた。




 十三歳の少年・しろさつきは、ある日、異世界に召喚された。

 サツキを召喚したのは、アルブレア王国の第一王女でサツキより一つ年上の少女・あおだった。

 アルブレア王国は現在、悪い大臣に乗っ取られようとしている。クコは、せいおうこくからやってきた新しい家庭教師で学者のふじがわはかにそのことを聞き、それを阻止しようと考えた。そのためにも、異世界から勇者を召喚するのがよいと博士に勧められ、サツキが召喚されたのだった。

 悪い大臣に挑み、王国を取り戻す。そのために力を貸してほしいと言われて、サツキはクコと旅をすることになったのだが、その道中で仲間を増やし、士衛組という組織を結成した。

 士衛組には役職もある。

 組織のトップでリーダーが局長のサツキ、サブリーダーが副長のクコ。

 参謀役で局長の秘書を兼ねる総長が医者の娘・たから、壱番隊隊長が不思議な剣士のいざなみなと、壱番隊隊士はキザなアルブレア王国騎士・れんどうけい、弐番隊隊長が亀の姿をしたダンディーな『万能の天才』げんない、弐番隊隊士は陽気なメラキア人の料理人・だいもんばんじょうと地動説証明のためにイストリア王国を目指す少女・うきはし、参番隊隊長がクコの妹で第二王女のあお、参番隊隊士はクコのいとこで空を飛べる少女・おとなずなとそのナズナの幼馴染みで祖父が藤馬川博士の学者仲間でもあるかわなみ、そして偵察や局長の護衛を担う監察が超一流の技を持つ影の忍者・よるとびふうさい

 ちなみに、局長・サツキと副長・クコと総長・ルカの三人組は、組織の頭脳でもある司令隊と呼ばれる。

 この世界はサツキのいた世界とよく似た地図になっており、ちょうど日本からイギリスに行くような旅をしないといけない。召喚された場所が日本の位置にある晴和王国という島国だったから、海を渡る必要もあったし、そのあとの大陸移動にも時間がかかる。文明レベルでいえば西暦一八五〇年から一九〇〇年くらいだから自動車も飛行機もない。

 現在、メイルパルト王国というエジプトと同じ位置にある砂漠の国でリラと合流を果たし、中東域を抜けて、東欧にあるタルサ共和国に到着した。トルコがある辺りである。

 ここに来た理由は、チナミの祖父で藤馬川博士の学者仲間・かわせいという人がいるからだった。藤馬川博士からの伝言で、海老川博士に良い知恵をもらうようにと言われていたのだ。

 そこで、リラとの合流を目指す組と、海老川博士と合流する組に分かれた。玄内、バンジョー、ヒナ、チナミの四人には、先に海老川博士を探してもらい、サツキたち他のメンバーは遅れてタルサ共和国に到着したというわけだった。




 時はそうれき一五七二年八月二十七日。

 タルサ共和国の港町・マリノフに来たサツキは、海老川博士たちと合流すべく波止場前の開けた場所にやってきて、カモメが飛ぶのを見ていた海老川博士たちを発見した。士衛組の先行組である玄内、バンジョー、ヒナ、チナミもいっしょだったから、すぐにわかった。

 ここでやっと、二手に分かれていた士衛組は、リラという仲間を新たに迎え、ついに再び集まった。

 だが、他にも変化がある。

 仲間たちと再会し、サツキたちは海老川博士と初対面の挨拶を交わした。リラのことも弐番隊の三人とチナミと海老川博士に紹介した。

 そして、壱番隊隊長のミナトからは、


「局長、報告が」


 と憂いを帯びたさみしげな笑顔で、ある事実を告げられた。


「壱番隊隊長として、敵方の間者であった壱番隊隊士・連堂計人さんを斬りました。あと、アルブレア王国を救うって、約束もしました」

「そうか」


 サツキはうなずく。

 ミナトの表情から、それは察していた。

 また、再会したとき、ミナトの髪を結ぶ布は、ケイトの首元に巻かれていたスカーフに変わっていた。それを見た瞬間にはわかってしまっていたが、改めて言われると、胸がきりきりと痛む。どんな顔をしていいかわからない。きっと斬ったミナト本人はもっとつらかったろう。二人がどんな話をしたのか、それもサツキは聞かなかった。ありがとうとお礼も言えず、すまないと謝ることもできなかった。

 実は、ケイトは悪の大臣であるブロッキニオ大臣に差し向けられたスパイだったのである。現在王国の実権を握っているブロッキニオ大臣が、手下のアルブレア王国騎士を使って士衛組を追いかけている。それをことごとく払ってきたが、スパイとしての潜入は初めてだった。しかも、すっかり仲間だと信じていた。ケイトも、サツキたちに心を許していたようにも見えるが、サツキには真実はわからない。

 だが、ミナトの言った約束からも、ケイトは悪い人ではなかったように思えた。それだけにサツキはそんなケイトをミナトに斬らせたことがつらかった。

 サツキと目が合うと、ミナトはすぐにまたいつもの透き通った微笑を浮かべる。


 ――笑顔で心をかばって、また平気なフリをしてみせるんだな。おまえは。


 それさえも、サツキには胸が痛んだ。

 ミナトがクコに顔を向ける。


「それと、副長」

「は、はい。なんですか? ミナトさん」

「どうぞ。この剣でお間違えないでしょう?」


 すっかり剣のことを忘れていたクコは、慌ててミナトから剣を受け取ってお辞儀した。


「あっ、ありがとうございます。すっかり忘れていました。ミナトさん、お手数をおかけしました」

「いやだなあ。お忘れになるものじゃありません。剣は肌身離さず持つものですよ」


 この少年特有のどこまでも透明で抜けるような笑顔に、沈みかけていた場の空気が、明かりが灯ったように変わる。

 リラは、改めてミナトという少年を見て、


 ――サツキ様が気に入るわけだわ。まるで正反対。


 と思った。


「はい。もう忘れません」


 クコも明るい笑顔を取り戻して、愛用の剣『聖なる導きの王剣ロイヤルキャリバー』を腰に下げる。

 サツキやミナトも知らない、剣を盗んで組織を脱走したケイトの思惑は、ケイトを妬ましく思うブロッキニオ大臣の手下の騎士による言葉だった。嘘の指示をでっち上げ、剣を盗んで組織を抜けろと命じたのである。だが、それを確かめられる人はもういない。嘘の指示を下した騎士はとある一件で盗賊団と間違えられて捕まってしまい、仲間とは連絡も取れないし、だれにもその騎士は気にされていない。

 ケイトの思惑はわからずじまいだったが、なんとなく、ケイトの心はサツキとミナトにはわかったような気がしていた。

 報告と情報共有を終えると。

 さっそく、サツキは次の発表に移った。メイルパルト王国で読み解いた碑文からわかったことを言ったのである。

 それが、ここは一度崩壊したあとの世界であったということだった。

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