ガンダス共和国編

1 『千客万来の風』

 時はそうれき一五七二年七月十七日。

 しろさつきあおによって異世界から召喚されたのは、この年の四月一日。

 つまり、三ヶ月半が経過したことになる。

 最初の半月は晴和王国を旅して、船旅は二ヶ月半。

 クコの故郷・アルブレア王国へと向かって海に出たサツキは、ようやく港町に到着した。




 士衛組を乗せた船『アークトゥルス号』が停まったのは、ガンダス共和国。

 ガンダス共和国については、船の中でクコから話を聞いていた。

 それによると。

 現代における世界地図上では、インドにあたる。この世界がサツキのいた世界に地図模様がよく似ており、サツキが召喚された晴和王国が日本、目指すアルブレア王国がイギリスに相当した。

 また、サツキはインドについて詳しくなかったが、降りる港はムンバイのあたりということになる。

 ここでは、ラナージャ州といった。都市の名でもある。


「ふむ。これが、四大国の一つか」

「はい。晴和王国、アルブレア王国、メラキア合衆国、そこにガンダス共和国を加えた四カ国が、この世界の四大国になります。特にここラナージャはガンダス共和国の中でも最大級の都市です。『せんきゃくばんらいこうわん』として、この地方では有数の金融センターにもなっています。商業地でもあるんですよ」


 街の雰囲気はクコの記憶からも見て知っていたが、実際にここの空気を吸ってみると、サツキにはインドの他にヨーロッパや中国――それらが渾然一体となって新しい文化をつくっているように感じられた。また、アラビアンナイトの世界のような雰囲気もわずかに混じっている。

 行き交う人々も、肌が褐色の人や褐色がかっている人が多い。

 サツキとクコを中心とした組織・えいぐみはほとんどが晴和王国の人間だが、いろんな人がいるし人種も気にならない。

 サンバイザーをかぶった二人組が数歩駆け出す。


「よーし! 久しぶりにガンダスのカレーを食べに行くぞー!」

「写真もいっぱい撮らないとね!」

「まずは『ガンダス門』を撮ろうよ!」

「うん! レッツゴー!」


 二人は、旅の道連れとなっていためいぜんあきふく寿じゅえみ

 トレードマークのサンバイザーには日の丸が描かれ、アキには『必勝』、エミには『安全』の文字がある。一部では『トリックスター』とも呼ばれる二十歳。今度の一月で二十一になる。背は共に一六五センチ。今日もおなじみの半袖パーカーに、アキがズボン、エミがスカートだった。

 アキとエミが士衛組を振り返る。


「そういうわけだからみんな、また会おうね!」

「ごきげんよーう!」


 さっとアキが手を振り、エミがターンしてウインクを送り、二人はラナージャの街の中へと消えていった。


「元気いっぱいですね!」


 クコが笑顔でそう言うと、サツキもぽつりと返す。


「今度はいつ会えるか……」

「すぐに会えますよ」

「うむ。そうだな」


 と、サツキはうなずいた。

 士衛組のメンバーでサツキと同い年、ウサギの耳のカチューシャをつけた少女・うきはしが些事であるように言った。


「どうせ会いたくなくても会うんだから心配しても無駄よ。あたし、あの二人とは晴和王国でも何度も何度も会ってるんだから」


 ヒナの言う通り、これからもアキとエミとはいくらでも会うことになるのだが、三ヶ月も船でいっしょだと少し離れるだけでも寂しく思うサツキだった。


「確かにな」

「そうだよ、サツキ。きっと、またあえる。友情は永遠だ」


 そう言ったのは、いざなみなと

 ミナトもサツキとヒナと同い年で、先の船旅で同乗し仲良くなった少年である。サツキはミナトを士衛組の仲間にしたいと考えていた。袖にだんだら模様が入った白い羽織、長い髪を後ろで一つにまとめたポニーテール。腰には刀を差した、底知れぬ力を持つ剣士。サツキはまだミナトの本当の実力を知らない。まだ士衛組に誘っていないが、ぜひとも力になって欲しいと思っている。

 士衛組一行が歩き出すと。

 すぐに、アキとエミとは別の若いカップルが現れた。サツキたちの近くを踊るような軽快さで通り過ぎる。


「ねえ、アジタ。あたしら今度はなにを盗む?」

「そうだなあ。おれらは『ガンダスの歌って踊る大泥棒ムービースター』だから、大泥棒らしく金を持ってそうな人から、お宝を盗むってのはどうだ? サーミヤ」

「それしかないわね。貧しい人や困ってる人に配ってあげて、世界を幸せにしないとよね。でも、だれからがいいかしら?」

「今、このラナージャには、結構知られた商人が来てるって噂だぜ」

「商人?」

「そうとも! 『ガンダスのかぜ』って呼ばれた商人、『ふなり』シャハルバードさんだ。その人から盗もう」

「わお! ビッグネーム! さすがは『千客万来の港湾都市』ね。オーケー、アジタ」

「どんな顔をしてるのか、調べないとな」

「ええ。これだけ人がいるんだもの、知ってる人だってきっといるわよ」


 こんな公共の場で、堂々と泥棒宣言して歩くカップルは、見た目はまるで違うのに、どこかアキとエミに似た空気を感じられる。

 ヒナも小声で、「うわぁ……なんかアキとエミに似てる……」とつぶやいている。面倒事には巻き込まれたくないといった顔だった。

 不意に、アジタが振り返って、サツキを見た。踊るような足取りでするするとにこやかに近づいてきた。


「やあ。キミたち、晴和人かい?」

「わたしが半分、晴和王国の血が入っていて、バンジョーさんは忍者の末裔だそうで晴和の血が入っています。あとはみなさん晴和人ですよ」


 クコがサツキに代わって答えた。サツキが異世界人なことは言えないが、サツキの出身もこの世界で言えば晴和王国みたいな感じだと言っていたから、晴和人だということにした。また、バンジョーことだいもんばんじょうは士衛組の料理人でメラキア合衆国の出身、今年十九歳になり、短く逆立った金髪とオレンジ色のスーツが派手で目を引く。

 アジタはウインクして親指を立ててみせた。


「そうか! おれは晴和人が好きなんだ!」

「性格もガンダス人と違うからこそ親友になれると思ってるの!」

「だから踊ろう!」

「ミュージック、スタート!」


 パチンとサーミヤが指を鳴らし、アジタが右の拳を前に突き出す。


「行ってみよう! 《ダンスミュージックスタイル》」


 叫ぶと、アジタが踊り出した。

 ダンスが始まると、今度はどこからか音楽が鳴り出した。陽気な音楽がダンスを盛り上げる。


「なんだなんだ?」

「どこから音楽が鳴ってるんだろう?」


 バンジョーとミナトが言うと、ヒナが魔法《うさぎみみ》で音の発生源を聞き分ける。


「あのアジタって人よ。どういう理屈か知らないけど、おそらく魔法で音楽が奏でられるってことね」


 ヒナの魔法は遠くの音も聞こえるし、普通の人間が聞き取れない小さな音も拾える。また、音が音になる前の音も聞こえるらしく、音の発生源を探ることもできる。


「愉快な魔法です」


 ぽつりとつぶやき無表情に眺めている少女は、かわなみ

 チナミはヒナと幼馴染みの十二歳。学年で言えばサツキとヒナより一つ下で、小柄だがかなり動ける。

 軽快なダンスでアジタがサーミヤを誘うようにステップを踏むと、サーミヤも踊り出した。


「行くわよ! 《ダンスイミテーションスタイル》。みんなも踊りましょう?」


 サーミヤもウインクをする。

 途端に、サツキたちは全員が踊り始めてしまった。


「身体が、勝手に……」

「へ、へんだよ……。クコちゃん」


 ベレー帽の少女・おとなずながクコを見上げた。

 ナズナはクコといとこ同士、チナミとは同い年の幼馴染みで家も隣同士だった。気が弱くおとなしい性格で、信頼しているクコに助けを求める。だが、クコも踊り出してしまっていてどうにもできない。


「わたしたちも踊ってしまっています! どうしましょう!」

「いや。おれらだけじゃねえ。この周囲にいるやつら、全員だ」


 げんないは踊りながらもそれを訂正する。

 士衛組の御意見番であり『ばんのうてんさい』と称される玄内は、現在カメの姿になっている。年齢は不明だが五十歳くらいだと思われる。

 あらゆる魔法を扱える玄内でさえ踊らされており、バンジョーは周囲を見て目をむく。


「マジじゃねえか!」


 バンジョーの視界で見えている人たち全員が、同じ動きで踊っている。アジタとサーミヤだけは自由な動きもしており、まるで周囲の人間すべてがアジタとサーミヤのバックダンサーになったかのようだった。しかも勝手に笑顔になってしまう。ダンスのステップもどんどん激しくなる。


「こう明るい音楽だと楽しくなるねえ」

「のんきなこと言ってる場合か」


 楽しんでいるミナトにサツキがつっこむ。


「なにか問題が? あ、サツキ。恥ずかしいのかい?」


 ミナトに茶々を入れられる。サツキはやや顔を赤らめながらも否定した。


「違う。こんな派手なことをして、アルブレア王国騎士に見つかったら大変じゃないか」

「ああ、サツキの敵か」


 ――前に、追われる身って言ってたもんねえ。


 と、ミナトは思い出す。船の中でそんな話をした。詳しいことは伏せていたが、いずれにしろ目立ちたくはないらしい。

 だからサツキはただ恥ずかしがるのでもなく、その目は警戒を滲ませ光っている。

 いつもはサツキの参謀部として常に冷静に全体を見渡しているたからも、踊るのは恥ずかしいらしく落ち着きを欠いていた。


「どうなってるっていうのよ」


 自分の意志とは無関係に踊り続けるサツキたち。アジタとサーミヤは所々で自由に動いてサツキとクコに近づき、


「楽しいね!」

「いっしょに踊れば、あたしら友だちだよ」


 と言ってくる。

 お祭りのように賑やかなダンスステージと化したこの一帯に、アジタとサーミヤの他に自由な動きをする者があった。二人組で、ソーラン節みたいな踊りをしてサツキとクコの元まで近づいてくる。

 先程別れたばかりのアキとエミであった。


「なんだか楽しい音楽だね! サツキくん」

「誘われて戻ってきちゃったよ! クコちゃん」

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