幕間冒険記 『船-戦-先 ~ First Voyage ~』

『船乗り』シャハルバードの冒険。

 そしてこれは第一の航海である。

 者遥波渡シャハルバードはガンダス共和国の故郷から旅立つことを決めた。

 冒険に出ようと思い立ったシャハルバードは、妹に財産を残して旅立った。

 シャハルバードが二十歳のときである。

 航海の途中、緑豊かな島に降り立った。

 旅客船であったために他の乗客たちといっしょに陸地に出て行ったが、どうやら大陸が動いているように思われた。


「なんだ、ここは……」


 動く大陸は数時間もせずに暴れ出した。

 なんと、そこは大きなクジラの背中だったのである。

 クジラは海中に沈んで乗客たちは次々に溺れていってしまった。

 船長は自分だけ脱出し、船に帆をかけて逃げてしまう。

 うまいこと流されてシャハルバードは島に漂着する。どうやらひとり助かったらしい。しかし、そこには木も生えていない。島といっても岩でできた孤島だった。広さも数十メートル四方程度しかない。

 魔法の力を使って移動することにした。


「ワタシの魔法、《風船カザフネ》を使えば風に乗ることができる。しかし、風は不規則で不安定だ。イチかバチか」


 強い風が吹く日を待った。

 風に乗ればどこまでもゆけるが、風が止まればたちまち海に放り捨てられる。

 だから、風が強い日を待ち続けた。

 数日が過ぎると、その日が来た。

 幸運だった。


「よし。今だ。《風船カザフネ》」


 見えない風の船に乗るように、シャハルバードは風に乗って移動した。

 どこに行けるかは完全に運。

 風が強いと足も速い。

 流されるまま陸を探して。

 とある島を見つけて、上陸した。




 島では馬が飼われていた。

 馬番は驚く。


「どこから来たんですか!?」

「さあ。ワタシもわからないんだ。あえて言うなら、空かな」


 小さな島であり、そこの馬番に話を聞くと、馬番は島の王様に拝謁させてくれるとのことだった。

 シャハルバードは自らの冒険を語ると、歓待を受けた。


「キミはよほど運がいい青年のようだ。しかもなかなか強そうじゃないか。そうだな、港湾隊長をやってみないか」

「はい」


 王様の任命を受け、シャハルバードは仕事をもらった。

 生活するアテもなく、お金もなく、故郷に帰る方法もない。だから仕事を頑張るしかなかった。

 しかし、三年の月日が経ち、シャハルバードは知らない土地で知らない人と暮らす生活にさみしさを覚えてきた。故郷がなつかしい。


 ――故郷に帰りたい……。


 そう思ってから、考え直す。


 ――だが、ワタシは冒険をするために海に出た。だから、ずっとここにいるわけにはいかない。冒険をしよう。


 再び冒険に出ることを決意する。

 いざ王様にその許しを得ようとしたその日、港に船が入った。

 シャハルバードたち乗客を見捨てた船長の船だったのである。

 残念ながら船長はシャハルバードを覚えていなかった。しかし、ちょうど島を出ようと思っていたところだったので、シャハルバードは王様にいとまを乞い、港湾隊長の仕事で稼いだ財産と共にその船に乗り故郷に帰ることになった。

 昔のことにはこだわらないシャハルバードだけに、船長に対していつまでも恨みを持つことをせず、次の冒険のことを考えることにした。

 一度故郷に戻り、準備をしたら、どこへ行こうか。そもそも、準備はどんなことを、どれだけの期間すればいいだろうか。

 そんなことを考え続けた。

 二か月ほどで、船は故郷の国まで戻ってきた。

 我が家に帰り着き、シャハルバードは改めて冒険に出ることにした。


「冒険に出るには、お金も必要だ。商人となり、船を持ち、自らの手で世界を渡り歩こう」


 こうして、シャハルバードは商人として再出発したのだった。

 シャハルバード、二十三歳のときである。

 そして第二の航海をするため、とある商人の元で一年間修業の旅をした。

 やがて独立する。

 船を買う資金を集め、一人馬車に乗って旅する途上で、シャハルバードの馬車が襲われた。

 襲撃したのは、たったひとりの少年だった。

 まだ十六歳の少年、金色の髪で片目を隠した西洋人である。

 少年はナイフ片手にシャハルバードに斬りかかる。

 しかし、シャハルバードは戦闘の腕にも覚えがあり、港湾隊長をやっていたときにも鍛えられたので、返り討ちにしてしまった。


「ワタシはシャハルバード。キミの目当ては金か?」


 問いかけつつも、シャハルバードは金の話をしたいわけではない。この少年について知りたいと思った。


 ――この少年の目。生きる希望を持たぬ人間の目だ。


 少年は答えた。


「そうだ。オレはスラムで育った捨て子、気づいたときには暗殺者アサシンになってた。オレに生きる価値もない。殺せ」

「なるほど」


 そこまで言われると、シャハルバードは考えてしまった。


「ワタシの知らない世界は、この広い浮世にいくらでもある。ワタシはキミの生きてきた世界がどれほど残酷で暗いものであったかわからない。だが、知る努力はしよう。逆に、話したくないなら聞かない」

「は? なにを言ってやがる」

「こう見えて、ワタシは人を見る目があると自負してる。そして、ワタシはキミを忠臣の素質と能吏の素質があるとみた。ワタシと共に冒険をしないか?」


 思いがけないシャハルバードの誘いに、少年は困惑した。


「キミ、名前は?」

「……オレは、繰譜クリフ。素性もわからないのに、どうして……」

「さっきも言ったじゃないか。ワタシはキミに、ワタシの片腕となる素質を見出した。暗殺者アサシンなど辞めて、ワタシと共に来るんだ。さあ、クリフ」


 クリフは、差し出された手を握っていた。

 それからのシャハルバードは、クリフを片腕に商人として旅を続け、船も購入できるまでになった。

 船を買うと、かねてより海に出てみたいと言っていた妹も連れて、三人で冒険に出ることになった。


「さあ。『船乗り』シャハルバードの冒険の始まりだ!」


 船は世界中を旅する。

 商人としての活躍はもちろん、シャハルバードの冒険譚は本にすれば評判を呼び、いつの間にかだれが呼んだか『ガンダスのかぜ』と異名をとるほどになった。

 何度も航海に出て、七度目の航海となった一五七二年――。

 シャハルバードは多くの出会いを迎える。

 その先に待ち受ける最初の出会いは、とある少女だった。

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