2 『踊りの町』

「あら! アキさん、エミさん」


 クコが目をしばたたかせる。

 アジタとサーミヤとは別の踊りで近寄ってきたのは、アキとエミだった。アジタとサーミヤはクコ以上に驚いている。


「うそだろ? おれらのダンスを無視して別の踊りを?」

「そんな馬鹿な! あたしの《ダンスイミテーションスタイル》は、あたしのダンスが視界に入った人間を踊らせる魔法なのよ? それも、全員同じダンスになるはずなのに」

「踊るラナージャだね!」

「みんな笑顔でさいこーう!」


 アキとエミがだれよりも輝くような笑顔で踊っている。

 サツキから見れば、インド映画のダンスシーンのような光景が広がっていた。たくさんの人が全員そろって同じダンスをする。激しいステップや動きも多いが、ダンスの基礎すら知らないサツキも踊れてしまっている。

 だが、アキとエミだけ別なダンスも踊ってみたりと、改めて自由な二人組だと思わされた。

 ただ、アキとエミが時々ダンスを中断してパシャパシャと写真を撮ってきたのは、さすがのサツキも恥ずかしかった。

 アキとエミはアジタとサーミヤの手を取って踊り出す。


「こんな楽しい時間をありがとう!」

「また踊ろうね!」

「キミたちは何者だい?」

「なんか普通じゃないわね」

 アジタとサーミヤの疑問に、

「ボクはアキ」

「アタシはエミ」

「よろしくね。てことで、また会おう」

「ごきげんよーう!」


 最後にエミが華麗なターンをした。

 跳ねるような軽快さでアキとエミはダンスする群衆の隙間を縫うように駆け抜けて去って行った。


「おもしろいやつらだぜ」

「また会ったらダンス勝負したいわね」


 アジタとサーミヤは、アキとエミのことを気に入ったらしい。ダンスはそのあとも少しばかり続き、アジタとサーミヤの独壇場だった。つられて踊っているみんなも自然と笑顔になっている。

 が。


「ナイスダンス!」

「ブラボー!」


 バチッとアジタがウインクして、サーミヤが両手をあげ、二人がダンスをやめると、みんなも急に解放されたようにダンスする身体が止まった。顔からも笑顔が消えて疲れた様子である。

 サツキも息を吐き出した。


「身体が勝手に動いてくれた分、疲れは予想より少ないが……」

「それでも、疲れますね」


 と、クコがどこか楽しそうに苦笑した。

 突然、アジタはサツキになにかを投げた。サツキはそれを受け取る。


「キミたち、いいダンスだったぜ。それをあげよう。友好の証にね」

「グッドラーック」


『ガンダスの歌って踊る大泥棒ムービースター』アジタとサーミヤは、軽快な足取りで『せんきゃくばんらいこうわん』ラナージャの街の中に吸い込まれるように消えていった。


「騒がしい人たちだったわね」


 ルカはよほどダンスが嫌だったのか、ぐったりしていた。

 ミナトがサツキの手の中に収まった物を見て聞いた。


「なんだい? それ」

「ふむ。ゾウをかたどったようなキーホルダーだ」

「それはヴィナージャですね。この地方の神話に登場する神様です。マントラを使い、あらゆる障害を取り除き、富を生み、商業を実らせます。また、智恵を司り学問の上達にも通じています」


 クコの説明を聞いて、サツキはまじまじとゾウのキーホルダーを見つめる。


「そうだったのか。たいそうなものをいただいてしまった」

「サツキ様。ガンダス共和国は、晴和王国と仲がよいのです。それに対し、メラキア合衆国とアルブレア王国とは一定の距離を保ちつつ平和と友好を維持しています。だから晴和人が多いわたしたちを見て、それをくださったんだと思いますよ」

「つまり、ガンダス共和国は晴和王国を特別に信頼しているってことか」

「はい」


 クコによれば、ガンダス共和国が晴和王国と強い友情関係にあるのは、遙か昔からであるらしい。

 また、晴和王国についていえば、メラキアとアルブレア、どちらともガンダスと同じように友好を築いている。

 そして、メラキアとアルブレア同士も仲がいいという話だ。

 ルカは疲れも和らいだのか、いつものクールな表情でガンダス共和国について補足する。


「この国――ガンダスは、世界一の人口を有しているわ。ポジティブで行動力があり、自己肯定感が強いと聞くわね。多様性を受け入れる寛容さの反面、時間にはルーズなんだとか。晴和王国の人間から見れば、かもしれないけれど」

「ま、あたしたちは今回この国に長居しないし、気にする必要はないわ」


 と、ヒナが興味なさげに言った。


「そうだな」

「サツキ様、ガンダス共和国について聞きたくなったらわたしにいつでも聞いてください。それより、まずはラナージャで買い出しをしましょう。旅は長いです」


 にこりとクコが微笑む。


「うむ」

「おーし、食材の補給は任せてくれよ! 全員分プラス愛馬スペシャルの飯はオレが責任を持ってつくってやる。なんてったってオレは料理バカだからな!」


 どん、とバンジョーが言ってのけた。

 サツキはまだミナトを誘うかどうか、決定をしていなかった。石橋を叩いて渡るような慎重な性格もあるが、機会を逃し続けたのが理由である。仲間に引き入れたいがタイミングを計っているところだ。

 ミナトはバンジョーの言葉を悠長に聞き、


「僕も同行していいのかい? アテのない旅だからみながいいと言えばついてゆくが」


 明るい笑顔でサツキに問うた。

 ずっと答えを逸していたサツキも、本人からいいと言ってくれるなら誘ってみようと思った。


「俺は――」

「ん?」


 そのとき、背後が騒がしくなった。

 ミナトも目線を後ろへ投げる。

 見れば、町中にもかかわらず、十一人ほどの騎士が建物の影から姿を現した。

 クコがサツキの手を握る。


「(彼らはブロッキニオ大臣派の騎士です。リーダーは騎士団長の『じゅじゅつ蕪乱業致回ブラン・ゴーチェさん。わたしをここで待ち伏せしていたのだと思います)」


 ゴーチェ騎士団長はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「ようこそ、ガンダス共和国ラナージャへ。『千客万来の港湾都市』へ。クコ王女、そして士衛組のみなさん。我々は、あなた方を歓迎します。我々にくだるというのなら」


 高らかに呼びかけ、ゴーチェは士衛組の面々に目を走らせる。


 ――帽子……あいつがしろさつき。まずまずか。バスタークくんやオーラフくんに勝てるとは思われないが、潜在能力は高そうだ。常人には持ち得ない雰囲気さえ纏っている。他もなかなかの粒ぞろい……いや、あの剣士……情報はないが、ひと目見ただけでわかる。あれは騎士団長レベルはあるかもしれん。『万能の天才』以外では、あいつが圧倒的だ。


 しげしげと観察するゴーチェに、クコは言葉を返す。


「ゴーチェさん。わたしたちは降伏などいたしません。わたしたちには目的があります」


 クコはゴーチェについての評価を思い返す。

 強さは、バスタークやオーラフといった指折りの騎士団長クラスではないものの、騎士団長を任されるほどである――謀略に長け、その智謀を展開する網の広さは、自分さえ駒として動かせる俯瞰的視野を持っている。そして、小戦争を率いるにも難なく指先で兵を動かせる才略を持つ。


 ――ゴーチェさんは力の人ではない。この人数が目の前にいるということは、集団での戦いさえ計算は済んでいるとみていい。楽に勝てる相手ではありません。


 ただ、こちらも十人いる。玄内は様子見しながら助けてくれるが、フウサイは多数を相手取って余りある強さだろう。戦えば勝てる可能性が高い。しかしクコとしてはあまり戦いたくはなかった。

 手をつなぐことでクコの思考を共有していたサツキは、その判断に賛成だった。


「(これは、逃げるしかないな)」

「(はい。今ここにはいないようですが、このラナージャの支部には環図情荷選ワット・ナサニエルさんという強い剣士もいます。その方がいないのはラッキーでした。ナサニエルさんに見つかる前にも逃げましょう)」

「(うむ)」


 瞬く間の打ち合わせが終わり、サツキがみんなに逃走を呼びかけようと口を開きかけた。

 が。

 先に口を開いたのはミナトだった。


「やつらが見てるのはキミたち二人だねえ。敵かい?」

「そうだ」


 サツキは力強く答える。前に、詳しくは言えないが追われる身だ、ということをミナトには言っていた。

 だから、ミナトは賢くそこまで悟ったのである。


「やろうか?」


 まだミナトは闘争心も見せず穏やかにそう聞くのみで、むろん臨戦態勢にない。

 人数の上でも個人の戦闘力でも、おそらく戦えば勝てる。しかし町中での戦いは周囲へ迷惑がかかる。不意の事故にもつながる。

 やはり逃げが適切だった。

 こうして話している間にも、敵は動き出している。

 その距離、約十五メートルを切った。


「に、逃げま――」


 すでに、サツキとクコは相談して逃げを選んだ。

 しかし、クコが声に出した瞬間――言い終わらぬうちに、ミナトは刀を抜いていた。


「悪いなァ。ちょっとばかり遅かったや」

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