3 『剣の高み』

 カチン、と。

 ミナトはもう、きれいな動作で刀を腰に収めていた。

 抜刀と納刀の音がほとんど変わらなく聞こえたほどである。

 唖然とする一同。クコは口を両手で押さえており、バンジョーは間抜けな顔をして大口を開けバッグを地面に落としている。


「ぼげー」

「……」


 ルカはいつでも攻撃できるよう構えていたが、呆気に取られる。ヒナもすっとんきょうな声をあげた。


「ひょええ! な、な、なに?」

「ミナトさんが、一人で十人くらいを……?」


 チナミも驚いている。ナズナは恐怖が驚きと困惑に変わる。


「えっと……どうなって……」

「まさか、ゴーチェさんを相手に、こうもあっさりと……」


 智謀も計算も準備も人数さえも、この神速の剣はねじ伏せた。クコは呆然としてしまう。

 フウサイはサツキたちからは姿が見えない場所で冷静に観察していたが、玄内もまた、冷静にミナトを見ていた。


いざなみなと。それがおまえの剣か」


 不敵な笑みで玄内はつぶやいた。

 そして、


 ――この侍、剣術はいずれ必ず名人に至るべき者なり。


 と評価を下した。


 ――あれがミナトの本気じゃねえなら、剣での決闘じゃあこのおれでも勝てねえな。まあ、なんでもありなら、話は別だが。


 最終判断を下し、玄内は小さく笑った。

 それぞれが呆然となっている中、

 騎士たちからは血が噴き出ていた。

 倒れゆく騎士のうちの一人の口元が、ニヤリとゆがんだ。確か騎士団長の『じゅじゅつ』ゴーチェといったか。それを、サツキは見逃さなかった。


「《しゅうけつ》」


 ぽつりとそれだけつぶやいた。だが、その声はサツキには届かない。


 ――斬られて、元々……? 最後、なんて言った?


 計画として、斬られてもほんの少しの足止めができれば充分だったのか。あるいは、サツキたちの存在が衆人の目にさらされればよいとの考えからなのか。サツキにはわからない。状況把握を優先させて、サツキがヒナにゴーチェのつぶやきがなんだったのか聞こうとすると、


あさです。まだ死んじゃあいないが、逃げましょう」


 あっさりとそう言って、ミナトはサツキたちの元へと戻ってくる。

 バンジョーは愛馬スペシャルの馬車の運転席につき、


「こっちだ」


 呼びかけて、一同は馬車に乗った。


 ――ヒナには、あとで聞こう。


 サツキもゴーチェを一瞥し、ミナトたちに続いて馬車に乗り込んだ。




 一同は馬車に乗って移動した。

 騒ぎの現場からも無事逃走に成功し、喧騒から抜け出す。

 馬車の中で、サツキはヒナに聞いた。


「ヒナ。あのとき、ゴーチェは最後、なんてつぶやいたかわかるか?」

「ゴーチェ?」

「最後に斬られた騎士だ」

「うーん、顔も思い出せない。覚えてないわ」

「そうか」

「なにか気になることでもあった?」

「魔法かもしれないと思っただけだ」

「ま、倒して逃げ切ったんだしいいじゃない」

「うむ。そうだな」


 チラとサツキの表情を覗き見る。ヒナの目にも、サツキはこれ以上考えても仕方ないと思ったのか、もう気にしていないようだった。

 馬車は、やっと静かな場所まで来た。


「ここで一度、休もう」

「はい。バンジョーさんに馬車を停めていただくようお願いしますね」


 クコが小窓からバンジョーに声をかける。

 馬車を降りて、ナズナとチナミが周囲を見る。


「もう、大丈夫、だよね」

「たぶん。ここまで来れば逃げ切り成功。少なくとも、ミナトさんが敵はみんな斬り伏せてるし、追っ手はまず来ない」


 あとから馬車から飛び降りるや、開口一番、バンジョーがミナトに言った。


「やっと落ち着けるぜ。それより、どうなってやがんだよ。ミナトはどんな魔法を使ったんだ?」


 まだ頭の整理がつかないバンジョーが疑問をぶつけると、ミナトはさらりとそれをかわすように答える。


「刀は魔法じゃあないですぜ、旦那。バンジョーさんは魔法を知らないらしい」

「ちげーよ! そんな剣術見たことねーってんだよ」


 つっこむバンジョーに、サツキはさらにつっこみを入れる。


「いや、見えてもないだろ、あれ」

「……う。たしかに、見えなかったぜぃ」

「……あたしも。見えるわけないし」


 言葉を詰まらせたバンジョーと、苦い顔のヒナである。

 ミナトは頭の後ろで手を組み飄々と言った。


「バンジョーさんとヒナに見えてちゃあ、かなわない。僕もそれを聞いて安心しましたよ」


 にっこりとした笑顔のミナトを見ると、バンジョーとヒナは肩の力が抜けた。ユルさにまいってしまったのである。


「おまえ、そんな強かったのな。ただの明るい変なやつかと思ってたぜ」

「それはあんたのことでしょ」


 ヒナがつっこみ、バンジョーは「そうだったぜ」と思考を放棄したように納得してしまった。

 それからヒナはジト目でミナトを見る。


「ミナト、おかしい」

「そうそう。すげーよ」

「いいえ。まだまだですよ」


 バンジョーにも言われて、ミナトはやわらかな風が吹くように微笑んだ。

 この一連の騒動から、ミナトの強さを実感した一同であった。

 サツキは船上で見知っていたが、改めて驚く太刀筋である。

 フウサイだけはミナトの実力を知っていながら、あえてサツキに話していなかった。だから驚きもないが、マサミネや自分を相手にしたときのような一対一ばかりでなく、浦浜での艦隊ぶった切りでもなく、複数人をさらりと斬り伏せる技には感服する。


 ――サツキ殿にも言わなかったが、ミナト殿はやはりかなりの腕……。


 ここで、サツキは、みながミナトの強さを知ったことで、もう隠す必要もないと思い、直接聞いてみることにした。


「ミナト。船の上で見たこと、言っていいか?」

「あれま。言ってなかったのか。許可を取るなんて、サツキは律儀者だねえ」


 それを承知の合図と受け取って、サツキはみなに話す。


「実は、あの船旅で起こった人斬りは、二件ともミナトによるものだ。俺は偶然、ミナトがマサミネさん――あの船にいた『けんせいがきまさみねさんと勝負したところを見た。一瞬で、ミナトがマサミネさんを斬った。ちなみに、おさろうさんのときは、相手が先に剣を抜いたからミナトは応じただけのことなんだ」

「マジかよ……」


 バンジョーは、半分納得、半分驚きの顔である。

 ナズナとチナミは、


「それじゃあ、ミナトさんが悪いわけではないですよね……?」

「だね。護身のためなら仕方ない」


 とミナトの立場に理解を示した。


「チナミちゃんもそう思うよね。あ、あたしも、そう思うわ」


 ただしヒナは、チナミに同意していても、そこまで強く涼やかでさわやかなミナトに、若干の怖さを感じているらしい。


 ――で、でも、まあ、あたしたちが戦う前から倒してくれるなら、いいわよね。味方が強い分には、ね。


 玄内が片目を閉じてヒナを見やる。


「最近じゃあ『かぜめいきゅうとびがくれさとでも船の上でもおれたちゃ命を賭して派手にやり合ってんだ。やらなきゃやられる。そういう戦いの中にいくことを、ヒナも覚悟しておけよ」

「は、はい! わかってます」


 ヒナが動揺しながらもはっきりと返事をしてみせた。このあたり、もう船の中での約三ヶ月に渡る修業で、すっかりヒナは玄内の弟子になりきっていた。


「それで、本題は?」


 黙って話を聞いていたルカが、身じろぎなく冷静に促した。サツキの意図が知りたいのである。いや、なんとなく、ルカにはもうわかっていたが。

 サツキはクコに目配せした。

 クコは目を閉じ、うなずいた。


「そうだったのですね。サツキ様も、それを言いたくて、でも言えなかったのですね。みなさん、実は、わたしはサツキ様と二人で、ミナトさんをこの旅に誘うことを相談していました。ミナトさん、わたしたちのことを知った上で、それでもよろしければ、いっしょに旅をしてくださいますか?」


 この点、サツキとクコは以心伝心していた。サツキが言い淀んでいた理由がわかり、こうなったときのサツキの意向もクコにはわかる。

 これまで口を開かなかったフウサイがサツキとミナトへ順番に一言ずつ述べるには。


「ミナト殿の実力は、だれよりも拙者が保証するでござる。だが、サツキ殿をトップとする組織。それはゆめゆめ、忘れなきよう」


 サツキとしても目的や組織のことを説明しておきたい。


「まずは、こっちの事情を打ち明ける」


 しかし、ミナトは陽気な笑みで言った。


「それは、あとでゆっくりと聞きたいなァ。バンジョーさんのうまい料理をいただきながらがいい」

「へへっ。てことは――」


 と、バンジョーが期待のまなざしでミナトを見る。


「ええ。僕は、サツキとクコさんのゆくところなら地獄でも行ってやる。剣の高みを目指すには結構な旅になりそうだ」


 ミナトの答えを聞いて、クコは慇懃なお辞儀をした。


「ありがとうございます。改めて、よろしくお願いいたします。ミナトさん」

「よろしくな、ミナト。うまい飯ならいくらでもつくってやるさ! 前にも言ったが、オレは料理バカなんだ。オレから料理を取ったらなんも残らねえってもんよ」


 と、バンジョーがミナトの肩をたたく。


「ふふ。そんな卑屈なことを胸張って言えるとは、バンジョーさんは器の大きなお人だ」


 チナミも淡々と、


「ぺんぎんぼうや好きに悪い人はいません」


 と言った。


「へえ。よく知ってたねえ」

「はい」


 ミナトは不思議がるでもなく流すが、チナミはぺんぎんぼうやミュージアムでミナトを見かけた記憶がしっかりとある。

 他のみなもよろしくとの挨拶をして、正式に、ミナトが仲間に加わった。

 サツキは質問した。


「一つ、聞いておく。あまみやでの人斬り事件。あれを解決したのはミナトか? 性格を考えると、おまえは率先してあんなことしないとも思うんだが」

「あれかァ。ありゃあ騒がしくていけないね。僕が歩いてるときも刀を向けられてね、冗談じゃなく喉笛まで刃が迫ったから斬り返してしまった。おそらく彼らが人斬りだ。いや、一人だけかな」


 と、ミナトはリョウメイとの会話を思い返す。


「うん。僕が関与したとすればそれ一件だね」

「だと思ったよ」


 と、サツキは小さく息をついた。

 要するに、ミナトが人斬りを返り討ちにしたから、あの日、天都ノ宮での人斬り事件が終わり、静かになったのである。互いに『だいおんみょうやすかどりょうめいの名前は出さないが、それぞれの記憶がそれらを補完させた。


「あの人斬りを斬りやがったのかよ、ほぇー」

「喉笛に刃が来てから斬り返すって、遅すぎじゃない? いや、ミナトの剣が速すぎっていうか」


 バンジョーとヒナは呆気に取られている。

 ただ、ヒナはふと思い出したことがある。


 ――そういえばあの晩、橋の上で殺されかけた人がいたような……。でも、音もなくてあたしには判別できなかった。あれ? でも、あの柄の悪いのは人斬り事件とは関係なかったみたいなこと、聞いた気が……。ああもうわかんない!


 考えるだけ無駄ね、とヒナは諦める。

 実際、ヒナが見たのは斬られそうになるミナトであり、返り討ちに遭ったのは『れいしょうしにがみ』イッサイでも『ばくまつさいあく』ガモンでもなく、『ごくさつじん』ケンタという青年だった。微妙に事件が異なる。

 ミナトに「ボディーガード頼むぜ」とこっそり耳打ちするバンジョーだが、「へえ」と返事にならない言葉で一笑に付される。

 それはさておきといった調子で、ミナトが聞いた。


「時にサツキ。キミたちのこの組織は、なんて名前だい? キミがリーダーなんだろう?」

えいぐみ。俺たちは、士衛組だ」


 ミナトはうなずいて、


「ふむ。いいね」

「旗印は、『勇』。アルブレア王国を目指し旅をする正義の味方だ」

「了解した。僕も今日から士衛組だ」

「はい。よろしくお願いします、ミナトさん」


 クコはサツキの背中に手をやって、


「サツキ様も。改めて、ミナトさんにひと言、どうですか?」

「そうだな」


 うなずき、サツキは帽子を取ってミナトに言った。


「改めて、よろしく頼むよ」

「こちらこそ。みなさんよろしくお願いします。お世話になります」


 ミナトは、いつものにこにこした笑顔をはりつけて、しかし飄々とした振る舞いではなく、うやうやしいほどの礼儀正しいお辞儀をしてみせた。

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